プロローグ
この世界を創ったものがいた。すなわち、創造者と呼ばれし者。暗いくらいただ時間だけが存在する混沌。創造者はその混沌にひとつの種を蒔いた。全くの気まぐれだったが創造者は自分の涙を与えてそれを育てた。やがて混沌に海が生まれ、創造者んの蒔いた種はやがて大きな樹になった。
しかし、その樹はすぐに枯れて朽ちてしまった。樹はその巨体を静かに海に横たえた。長い時を経てバラバラになった樹は「大陸」となったのだ。樹を育てるのに飽いた創造者がついた溜息で大地に風がおこった。そして雲が生まれ雨を降らし乾いた大地を潤した。
創造者には妻がいた。死の女神だ。大地に雨が降った次の日最愛の女神が目を覚まさなくなった。死と誕生は同時に存在する。死そのものである女神が目覚めなくなったその日、一日だけ世界の誕生は滞った。創造者が悲しみのあまり創ることをやめてしまったのだ。
創造者の涙が枯れ果てるころになっても女神はまだ目を覚まさなかった。創造者は自分の孤独を癒すために女神を模した最初の「人間」を創った。しかし、彼女が創造者を愛することはついぞ無かったという。
虚ろなるものを哀れに思った創造者はたくさんの人間を創った。女神が目覚めない間に創られた人間という存在には当然のごとく死が与えられなかった。それは後に彼らの世界に災厄をもたらすこのになるのだった。
長きにわたって孤独にに蝕まれた創造者は遂に狂った神となり果てた。
創りだした人間を戦わせ始めたのだ。ルールも秩序もない狂気のゲーム。大地は焼けただれ、人間は戦うために戦った。戦うことを止められなかったのだ・・・そう、女神が目覚めるまでは。
女神が目を覚ましても創造者が正気を取り戻すことはなく、死を与えられなかった憐れな人間は戦い続けていた。女神は彼らに死を与え、すでに命なき者はやっと、死ぬことを許された。
女神が次にしたこと。それは創造者を終わらせてあげることだった。そして、創造者は死に、戦いは終わるかと思われた。しかしその死をもってしても戦いは終わらなかった。
その惨状に嘆いた女神は創造者の魂を借りて自らのからだから「竜」を生みだした。女神の御子は地上に舞い降り清浄の炎をもって狂気の戦いを遂に終結させたといわれている。
長い月日がたったある日ふたりの人間がこの話を聞いた。二度と悲劇を繰り返さないために女神から告げられたのだ。彼らの名はともにコルトニア、サイザスと言った。二人はそれぞれ違うものを神と崇め、悲劇を繰り返さぬよう後世にこれをひろめたという。コルトニアはこの地に正常をもたらした死の女神を、サイザスは創造者を。それは、現代まで続く長い信仰の歴史であり、対立する二つの宗教の長い聖戦の歴史でもあった・・・
何度となく聞かされてきた言葉が無意味に耳を通り抜けていく。朝の集会のために大勢の市民が教会に集まっていた。ここパルステビア王国の月曜の朝の変わらない始まりだった。集っているのは国教にさだめられたコルトニア正教の信者たち。といってもこの国でコルトニア正教の信者でないものなどたかがしれている。
両親に連れられてしぶしぶといった様子で長椅子に座っている少年ですら、この話は空で唱えられるというほどだ。退屈をもてあました少年はふと、隣に座る同い年ぐらいの少年の存在に気付いた。彼も熱心に聞いているわけではなさそうだ。ボーっと窓の外を見やっている。首を傾げ、頬づえをついている。その横顔はどこか切なげで、いまにも消えてしまいそうだった。太陽の光が窓から差し込んで少年の輪郭を曖昧にする-----
----消えないでっ!衝動的に少年がその華奢な肩に触れようとしたその時、彼は不意に席を立ち、こういった。
「竜が、来るよ」
「あっ・・・・」
しかし周りの大人たちは気付いていないようで、誰もこちらを見ていなかった。
「ねえ、お母さん。竜が来るってほんと?」
「静かにしなさい。お話の途中でしょ、だれがそんなことをいったの」
「えっ?さっきそこの子が立ちあがって言ったじゃないか。そのときは注意しなかったくせに」
「何言ってのかねこの子は」
母親は呆れたようにそうつぶやいた。
本当のことだというために、隣の少年を振り返ったがもうそこに彼の姿はなかった。そして、たいくつな司祭の話が終わっても彼が戻ってくることはなかった。そして、次の月曜もその次の月曜も彼は教会に来ることはなかった。
竜が来る・・・
どういう意味なのか聞いとけばよかったと、少年は教会を訪れるたびにそう思うのだった。