物語る日記帳-徒然なるままに-
八百万の神を数えようとすれば、そこかしこに神は宿っているのだから、その全てを数えきることなど一生をかけても無理だろう。
万物に宿る神の中には、人間の強い想いによって生まれたモノもいる。
それらは付喪神と呼ばれる存在で───なんて上品な前口上なぞいらないか。
付喪神は純正なアマツカミやクニツカミとは違って、人の世ありきで生まれた言うなればヒヨコだヒヨコ。ヒヨコガミ。神の末席に座ることすら烏滸がましい程の弱い神格しかない。
かく言う小生もその一柱なのだが……まぁ、それは置いておこう。
小生の場合、生まれが少々特殊でな。
もっと言えば、持ち主も特殊でな。
さらに言えば、小生のあり方もなかなかに特殊でな。
まぁ、何が言いたいかと言えば、小生は人の想いではなく、妖怪の───付喪神の想いによって生まれた付喪神である。
人の想いで付喪神が生まれ、その付喪神の想いから小生は生まれた。つまりは孫付喪神である。
なるほど、意味がわからん。
通常、付喪神は人の想いに感化されて意識なるものが芽生えるが……小生は付喪神の想いが強い妖力を伴い、小生という意識となった。それほどに小生は、小生を産み落としたモノ達の想いを知り尽くし、尚且つその妖力に触れ続けてきた。
付喪神と呼ばれ神格を得ようと、元は大切にされた古き物の化生である。微々たるものではあるが、生を得られるほどの強い力を持つ奴らに違いはない。
閑話休題。
前口上もそこそこに、小生はこれを伝えなければならない。
小生が知り尽くす、小生を生みし付喪神達の言葉を。
小生は日記の付喪神である。
表紙が緑に染められた、和紙を綴じた和本である。
持ち主は高天ヶ原より落とされし神烏の契約者たる少女である。
小生は、神烏が高天ヶ原に至るため、地上にいる神の想い───もはやクニツカミは眠りにつき、アマツカミは高天ヶ原におわします───を収集するための道具にすぎなかった。
だがしかし、それも今ではこうして立派な付喪神である。
人生ならぬ物生、何があるか分からんな。
そんな小生は、今まで見聞きしてきた付喪神達の想いをそれはそれは真摯に受け止めてきたが、それもそろそろ溢れそうだ。
溢れてしまうほどに、小生の体に刻まれた喜びや悲しみ、怒りは、沢山ある。
小生の体には限りがある。
綴じられた真白の頁には限りがある。
八百万とまではいかないが、小生の体からはみ出そうなほど、人の想いで生まれた付喪神達は皆、豊かな情緒を持っているのだ。
そのあれやこれやの片鱗を、小生は是非とも誰かと共有したい。
そもそも小生の本質は『交換日記』である。
持ち主は契約者であるという少女と神烏であれども、小生が付喪神の間にて交わされる『交換日記』であることには変わりない。
通常、個人の、個人による、個人のための日記ではあるが、『交換日記』はそうではない。
誰かと、日常の徒然を共有するための覚え書きである。
それは確かに秘められるべき思いもあるが……その秘せられるべきものを覗き見ることができる資格を小生を手渡されたモノたちは持っているのだ。
それなのにその付喪神たちと来たら……目先のモノに囚われて、過ぎたことには目を向けん。全く嘆かわしいことである。
時折、持ち主の少女が小生の中身を暴きはするがそれだけだ。綴られた文字とも呼べないような文字を撫でて、面白そうに目を眇る。
……そうだな、それが原因よな。
小生は付喪神の日記。
奴らは人のような文字を持たない。
稀に人の文字を書く物もいるが、そんな殊勝で健気な奴はなかなかいない。
小生の体は文字とも呼べぬ、蚯蚓の方がまだ安らかにくねるだろうといえるような文字が多く綴られている。奴らは何をもってこれを文字と呼ぶのか遺憾の意。
だが、そこに綴られた文字には確かに想いはあるのである。
文字が書けずとも、書き手たちの想いはこの小生がきっちりと覚えている。
その想いは確かに小生の体を埋めていく。
強い想いにのせられて、微弱な妖力が小生の意識を覚醒させていく。
小生はまだ意識が生まれたばかりで他の付喪神達のように自由に動き回れたりはしないが……それでもあちこちに持ち主の少女が運んでくれるから退屈はしない。
小生の夢は、いつかこの体に手足を生やすこと。
足を生やせば自分で付喪神の所まで行けるし、手を生やせば文字の書けぬ付喪神のために代筆もできるし、文字を教えることもできる。だから手は指があることが望ましい。筆を持たねばならないからな。
素晴らしい夢であろう?
持ち主にすら気づかれないほど、まだまだ弱小な小生ではあるが、そんな野望を胸に抱いて、今日も付喪神の想いを受け止める。
統一されない文字体系に憤慨しながらな!
はぁ……、いい加減、美しい文字を持つ物に巡り会いたいものだ……。




