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物語る日記帳  作者: 采火
本編
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49/63

翡翠の恋心2


 平静を装って学校へ行くと、校門の目の前にある緩やかな坂の途中で蛍野光に会った。

 光はいつも通り明るく元気に満ちあふれていて、梨香に気づくとすぐに大きく手を振って近づいてきた。先輩、と呼ばれ梨香は微笑む。


「あら、なあに?」

「おはようございます」


 きちんと挨拶をするところ、やはり良家の子といったところだ。梨香もつられておはよう、と挨拶する。

 朝の挨拶は大切だと大人は言う。なるほど、気分が優れないときでも挨拶すればなかなか気が晴れるものだと感じた。

 梨香は朝から優れなかった体調も少しだけ良くなった気がして、気分をよくした。光に感謝だ。

 後は自分の不調に気づかれなければいい。いらない心配をかけてしまうかもしれないから。


「先輩、ちょっとこれお願いします。なんか問題出してください」


 光が茶色を基本にしたモダンな表装の英単語帳を鞄から取り出した。懐かしいその小冊子は一年前、梨香も使ったものだ。

 受け取って中をめくれば、ほとんど使われた形跡がなかった。梨香は頬をひきつらせながら、笑って尋ねる。


「蛍野君、勉強してる?」

「まあ、そこそこ?」

「小テスト合格してる?」

「……まあ、そこそこ?」


 何だろう今の間は。

 梨香は溜息を着いて、もう一度単語帳を開いた。範囲を聞いて、さあ問題を出そうとしたとき、周囲がざわついた。

 二人とも顔を見合わせて、ざわついている方を向く。ざわついているのは主に女子のようだ。どうやら校門に何かがあるらしい。

 どうせ通るのだから、と好奇心に負けた光が梨香の腕を引いた。梨香はたたらを踏みながら手を引かれて苦笑する。

 固まる女子の間をうまくすり抜けた先で待ちかまえていたのは、転校生のようだった。黒髪で短髪の、清楚な雰囲気を醸し出している色白の少年だった。

 どくん、と梨香の記憶が脈打つ。

 私はあれを知っている。でも何か思い出せない。ざわざわと沸き上がる何かに、梨香は冷や汗を流す。どうして今、妖力がざわつくの───


「先輩? ちょ、先輩!?」


 息苦しそうにしてふらついた梨香に気づいて、光は彼女を支えた。がくがくと梨香は震え、青ざめてすらいる。

 転校生とおぼしき少年もそれに気づいたようで近づいてきた。膝を折って、梨香の顔を覗きこむ。梨香は己の妖力を抑え込むのに精一杯で気づかない。ぎゅっと目を瞑ってしまっている。

 転校生が光に声をかけた。


「大丈夫ですか? 保健室に運ぶのでしたら、手を貸しますよ」


 爽やかな声に光は一瞬惚れ惚れとしたが、何かが頭の角に引っかかった。それが何かは分からないが、気にしないで答える。


「大丈夫です。俺一人で運べますから」

「そうですか? 遠慮せずとも……」

「貴方がいると他の生徒もやってきて病人には酷だと思いませんか?」


 真っ直ぐに見据えて言えば、転校生はそれ以上食い下がることはなく渋々と身を引いた。

 再び人混みに飲まれながらその場を離れ、昇降口までたどり着く。梨香がふぅ、と息をついた。


「大丈夫ですか?」

「人に酔っちゃっただけよ。大丈夫」


 言ってもまだ心配する光に、梨香は仕方なく保健室につれられる。でも、その途中でまたふらついた。

 目眩がひどい。一瞬だったが、歩くのが困難になって倒れそうになった。


「全然大丈夫なんかじゃないですよっ!!」


 怒った光は、梨香の腕を強引につかむとたかたかとスリッパを鳴らして足早に歩く。残念ながら、光は梨香を颯爽と抱き上げて運べるような体格も体力も持ち合わせていなかった。

 途中、先生にあった。部活顧問で面識のある、梨香の担任の椋田雪斗だった。椋田はホームルームに向かう途中のようで、手には当番に渡すための日誌しか持っていない。

 椋田は光に気がつくと、よっ、と軽く挨拶してちょうど良さそうに日誌を手渡した。


「ちょうど良かった。お前今日日直だから。お前んとこの担任が今日出張でいないから代わりに渡しておこうと思って」

「え、マジですか! ……じゃなくて。先生、これから先輩を保健室に運ばなきゃ行けないのでちょっと退いてください」

「結姫か?」


 椋田は改めて光の後ろにいる結姫に顔を向けた。俯いて、いつもの活気がない。休みが続いた後の数日も活気なく俯いていた時が多かったが、今はそれとも違うような気がした。

 ちょっといいか、と椋田は光に断りを入れて身長が同世代の平均にすら至っていない梨香の顔をのぞき込む。その顔色の悪さに思わず手を伸ばせば、バチリと本当に小さく火花が散った。

 瞬間、椋田の顔か嶮しくなる。


「先生、今の静電気ですか? すごい痛そうなんですけど……」

「あ、ああ、まあ少し痛かった」


 光にも火花は見えたらしい。でも、これは決して静電気じゃない。そんな予感がしてもう一度梨香に触れようとすれば、また火花が散る。椋田は確信した。

 これは静電気ではない。椋田はまだ梨香に触れていないのだから。

 静電気は電子の移動だ。物体に触れない限り起きない。触れずに起きるなら、それは雷程度の超自然現象だ。それを考慮すると、これは異常。

 光は触れていても平気なようだ。自分と光の差を考えて何が原因かを思案する。思い当たるとしたら霊力だろうか。でもどうして霊力が反発するのか。

 熟考する椋田に、光が申し訳なさそうに声をかける。


「先生、行ってもいいですか……?」

「あ、ああ。先生も行くよ。一応担任だからな」


 理由にしては物足りない気もしたが、それは気にしないでおく。光も梨香を保健室に連れて行くことに意識を向けているからか、特段気にしてこない。

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