小3
小学校3年生
そのころまでの私は、
無口な子だったって、
母親に聞いた。
『いつからだっけ、アンタいきなり友達を初めて家に連れてきたんよ。その日から大分アンタ変わったわ」
そうポツリと母はつぶやいた。
ノートを取り返してくれたその子は、とても近い所に住んでいた。
家の、裏の裏
と、言ったところだろうか。
その子の名前は新山郁人。
明るくて、モテて、運動神経もよく、
なにより、
誰に対しても同じ態度で接し、ちゃんと話ができる子だった。
新山郁人なんて名前は知らずに生きてきて、
いきなりまぎらわしい私の『恋』という名を
間違わずに言ってくれた。
郁人くんを知りたい。
そんな風に思わない人は少ないだろう。
そこで私は勇気を出して話しかけた。
「この前はありがとう」
「えっ」
ちゃんとした言葉を伝えたくて、お礼の言葉を述べた。
「俺なんかした?」
そうとぼけた顔で言われた。
「えっと、ノートを取り返してくれて・・・」
「あぁっ!あれね!困ってたみたいだから」
「・・・うん、どうも」
昔は髪を腰まで伸ばしてうつむいていた。
今も恥ずかしくてうつむいている。
「ねぇ」
郁人くんが急に私の髪を持ち上げるように、頬に両手を合わせた。
「真っ直ぐ俺見れない?」
正面から手を回し、私の髪を後ろに回した。
至近距離で男の子を初めて見た。
でも
悪い気はしなかった。
「み、見れる」
ゆっくり視線を上げる。
郁人くんの意外に大きい上靴
カーキ色で膝までのズボン
赤ギンガムチェックのはおり物に、黒のTシャツ
私の頬をつかんだ暖かい手
不思議そうに開いた口元
そして
郁人くんの
引き込まれそうな瞳
「・・・」
「・・・」
2人とも黙ったままだった。
黙ったまま、
せっかく上げた顔をうつむかせた。
「・・・その調子・・・!」
郁人くんが思いっきり微笑んで、頬にあてた手を離した。
私は
この笑顔を好きになった。
ごめんね
郁人
私、
郁人のことが前にも好きだったんだ。
あぁ
知ってるか
そうだね
知っているよね
あんなことを忘れるほど馬鹿じゃないか。
「思い出したんだ」
郁人がポケットに手を突っ込み、安心したように笑う。
「私、馬鹿みたいだ」
腕を組んでそっぽを向く。
「純粋だった男の子が、こんな風に男臭くなっちゃって。」
「うん」
「思い返してみよっか」
「うん」
2人の間の空気は、温まっていた。




