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柿色のセカイ  作者: 萩乃
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記憶

「柴田・・・お前さ、前に『昔一度会った?』って聞いてきたよな」





楽しいはずのキャンプの途中、郁人に呼び出された。





「え、な、なに突然・・・」





「言ったよな」





真剣な顔に変わりゆく郁人。





「ゆ・・・言った・・・・」





「会ったよ」





・・・え?





いきなり呼び出され、いきなりその話をされ、会った、とは?





「何年も前にな」





残酷な言葉に聞こえた。





1つにまとめた髪がそれに合わせて小さく揺れる。





「ど、どういうこと・・・?」





夏の暑い空気が、郁人の話し声と共に流れた。





それは私が小学校3年生の頃らしい。





「ねぇねぇ、恋ちゃんてぇ、すっごい性格悪いらしいよ」





昔から人見知りで、愛想が悪い私はそうやって噂にされた。





新しいクラスになり、その噂は悪化する一方だった。





それに、この恋って名前、





「『恋』 だってさ!『こい』って読めるよね!そんな感じの顔じゃないじゃん!」





昔からうつむいてばかり笑顔を見せない記憶はたくさんある。





そんなことはハナから相手になんかしなかった。興味がなかったんだ。





でも、その記憶の中に、いつ郁人が?





私の疑問視した表情に、郁人は続けた。





「話をしたんだ」 と。





何にも興味を示さない私にだって、許せないことがある。





一度、クラスの人間に、大事にしていたノートを取られてしまった。





「か、返してっ」





「ハァ?これ、面白いもん描いてんだろ!?見せろよ!」





「やめて!」





前から私はノートのすみに絵を描いていた。





それに興味を示したんだろう。





「うわっ!見ろよこの変な絵!気持ちわりぃ!」





「か、返してよ!」





なかなか返してくれない。





さすがに困った記憶があるんだ。









思い出した。





この頃の記憶は





鮮明に描かれている。





郁人と私





覚えている。





自分でも驚くほどに。





「やめろ!」





小3の喧嘩に割って入ったのは、少し自分より背が高い男の子だった。





新しいクラスで、名前は知らなかった。





「お前ら趣味悪いんだよ!ノート取ってなにが楽しいんだ!」





大声で叫び、私のノートを取り上げた。





「はい」





「あ、ありがとう」





「うん」





くしゃりと笑ってノートの折れた部分を元に戻し、手渡してくれた。





「な、なんだよ、お前もどうせ見たいんだろうがよ!」





男子の集まりが、大声で文句を言う。





間違ったことを訂正したくないのがこの年頃。





「見たいよ」





助けてくれた男の子が、真剣な顔で言った。





意外な答えだった。





「見たいよ。そんな風に取り上げて『気持ち悪い』とか言わずに、その絵の話をちゃんとしたい。」





なんて強い返事だろう。





そう思ったのは、つかのまだった。





「とか言って、そいつの見方して・・・、もしや好きとか!?」





「えっ、ホント!?」





「それあるかもー!」





クラス中が大騒ぎ。





どうしてそんな方向へ持っていくんだろう。私は分からないままだった。





そのざわめきを止めた言葉は、私の心を変えた。











「お前らより、ずーーっと!恋ちゃんのこと好きだよ」











瞬時的に、渡してくれた自分のノートを両手で抱いた。





のどの奥が痛かった。





ぎゅっと詰まって痛かった。





歯を食いしばらないと、こぼれてしまうなにかを





私は待っていた。





小刻みに一瞬震えた体は、ポカポカに温まった。





「ありがとう」





その言葉が私からのお返しです。





ありがとう





君になんと言っていいか。





振り返って私のほうを見る男の子。





ノートを指さしてこう言う。





「柿色のノート、可愛いね」





笑顔でノートと私を見つめる。





「あ・・・ありがとう」





また歯を食いしばる。





「今度、絵、見せてよ!俺にも教えて!」





「うん・・・! ・・・うん!」





溢れそうな何かを抑えながら、笑顔で何度もうなずく。





そう





この男の子が





郁人なんだ。





その瞬間





ポツリと涙がこぼれた。





たくさんありすぎて





手で抱えきれず





落ちてしまった柿のように。





「あ・・・、あれ・・・・?」





そう言って大粒の涙を隠す。





「・・・その後のことは・・・・覚えてる?」





優しい笑顔で微笑んでくれる郁人。





私は小さくうなずいた。



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