鼓動
郁人の周りはとても騒がしかった。
今までにない騒がしさ。
「GPSではこの辺りだ!廃墟といっても5つもないだろ。隠れられそうな所を徹底的に探してくれ!」
「分かった!」
「柴田!どこだ!?」
1つの小さな廃墟を隅々まで見回る。
そうだ、携帯を鳴らしてみよう・・・!
恋にかければどこかで音が鳴るはず・・・
プルルルルル
プルルルルル
応答がない。ここじゃないみたいだ。
「くそっ・・・!!」
携帯をバチンと閉めて、別の廃墟に向かう。
うわ・・・デカい・・・
次に郁人が来た廃墟はとても大きい。
「見つけるか・・・」
門をくぐって大きなドアを押す。
困ったものだ。
プルルルルル
プルルルルル
ん?
向こうで何か鳴らなかったか?
もう一度耳を澄ます。
軽快な音楽がかすかに聞こえる。
これは幻聴じゃない。
「柴田!?」
声をからすほどに叫んだ。
そこになにかがあると信じて。
音のほうに近付くと、ドアがない広い部屋がある。
そこから聞こえる、軽快な音楽。
話し声はない。
音だけがずっと鳴り続ける。
「柴田・・・・?」
静かに中へ入った。
高鳴る心臓の音は、人一倍大きい。
部屋には監視カメラの映像を届ける部屋だ。
いくつかのモニターが明かりを照らして一定の場を映している。
1つはさきほど郁人が入ってきた門。
もう1つは・・・
エレベーター。
1人の女の子が倒れている。
横になっているその子の制服は、郁人と同じだった。
「・・・っ・・・柴田!!」
倒れこむ恋はつらそうだ。
なにかあったのか___・・・
いそいでこの大きな廃墟の中のエレベーターを探すことしか出来なかった。
苦しい・・・
息が・・・しずらい・・・・・
空気が・・・・・いつもと違う・・・
目を開けば、白いボヤがでている。
・・・火事・・・?
いや・・・違う・・・焦げた匂いなんかじゃない。
薬、・・・毒薬。
あぁ、これってもしかして、眠らせるときに使う薬?
眠らされたって困る。
困ることをしてきてるんだけど・・・・
頭が痛いよ・・・
誰か来て・・・
郁人・・・・・・!!
柴田・・・・・・!!
ガチャガチャッ!!
?
エレベーターの前の南京錠。
何かで壊す音。
誰?
「柴田!!」
今まで聞いたことないくらい叫ぶ。
郁人・・・!?
「い・・・・いく・・と?」
「柴田!?いるのか!?」
その瞬間、鉄が思い切り壊れる音がした。
「柴田!柴田!柴田!」
ドアをこじ開けて入ってきたのは、郁人だ。
「郁人・・・・」
「・・・・」
倒れこむ私を抱き起こす。
そのまま強く抱きしめた。
「いくとー・・・」
「お前・・・怖かっただろ?ごめんな、もーちょっと早く助けにこれば・・・」
「・・・いく・・・」
強く、強く抱く郁人の手は、とても熱い。
熱い。
「あ・・・、はははっ・・・私・・・馬鹿だね、さっさと逃げればよかったのに・・・」
「・・・」
「さ・・・・さっさと・・・・・」
もう、抑えれない。
どっと涙があふれ出た。
「あのね、すっごく怖かったんだよ、蹴られたり、変な薬かがされたり・・・。暗くて・・・怖かったんだよ・・・」
「分かった・・・、分かった・・・!」
そう言ってなだめる彼も、小刻みに震える。
そしてまた強く抱きしめられる。
恥ずかしさはとんでいた。
密着とか気にしてなかった。
本気で泣きくずれて騒いだことなんて忘れてた。
ただ、
寂しかったんだ、
そんなことだけ気にしてた。
「来たのが俺で悪かったな・・・真白とかほが良かったろ。」
郁人が抱きしめてくれたことで、震えが収まったんだ。
たくさん名前を呼んで、
鍵を壊してそばに来てくれる。
息を荒くして、
硬いドアを強く開いてそばに来てくれる。
周りの匂う薬なんか気にしないで、
引き寄せて強く抱きしめてくれた。
たくさん名前を呼んだぶんだけ、
息が切れてきたぶんだけ、
私の事しか気にしてないってぶんだけ、
私はとっても嬉しかったんだよ?
それなのに、
『俺で悪かった』なんて、
言わないで。
別に警察が来たって、胸の痛みは抑えられない。
でもね、
郁人だから、
来てくれて嬉しかったんだよ?
私は、
待ってる間、
郁人のこと、ずーっと考えてたんだよ?
少しでも気づいてくれてるといいな・・・
私は、自分の思いに、うっすらしか気づいてないけど―・・・・
郁人の背中に回された恋の小さな手、
その手はしばらくブレザーを握っていた。




