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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第一章 出発
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第七話 止血

警告)果竪が、痛い目にあってます。

嫌な方は、この回は飛ばしてください。

「くっ……仕方ない」

「果竪、果竪っ!!」


 完全にパニックになっている明燐の隣で、男が懐から燐寸を取り出す。

 そして近くに落ちていた木の枝と、馬車の中にあった布を組み合わせて松明をつくる。

 布部分には、持っていた油を染みこませた。

 シュボっと松明に火がつく。勢いよく轟々と燃える。


「これはやりたくなかったけど……」


 先程傷口を確かめた時、銃弾は貫通していなかった。

 それからすれば、体の中に銃弾を残すという危険性があるし、それ以外にも危険はあるかもしれない。

 しかし、銃弾は深くめり込んで傷口の奥深くに存在し、直接火に炙られる事はないだろう。


「どいて下さい」

「果竪!!」

「どけ!!」

「っ!!」


 男の叫びに、明燐が体を震わせる。

 そんな少女を後ろに押し、男は地面に横たわる果竪の前に立った。

 その小さな口に猿轡を噛ませる。


「果竪に何をっ」


 男の様子に嫌な予感を感じた明燐が叫んだ時だった。

 果竪の傷口に、燃えさかる松明の火が押し付けられる。

 果竪の目が見開かれた。


「うんぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうっ!!」


 絶叫が当たりに木霊する。


「ぅぅぅぅうっ!!」


 悲鳴を上げて抵抗する果竪を押え付け、男は傷口を焼く。

 止血するためだ。


 焼灼止血法という、出血面を焼くことで止血する方法である。

 特別な技術や薬品の類は必要とせず、安価に行えるとされていた為、医師も物資も不足していた暗黒大戦時には広く使われてきた手法だ。


 しかし、傷口を焼くというのは患者に対して酷い苦痛を伴わせる方法でもあり、いわば止血する代わりに熱傷を負わせる治療法である。

 その為、適切な治療にはある程度の経験と、また矛盾するが、ちゃんとした技術も必要とされていた。

 それこそ、出来るならば軽々しく行って良い方法ではない。

 下手すれば重傷の火傷や感染症で死なせてしまう、賭け的な手法なのだから。

 やるなら、相手の命を背負う覚悟で、他に一切の手段がない最後の最後の賭けとして行われるべきものだ。


 しかし同時に、今回の果竪のように、大量出血して一刻も早く止血しなければならない場合にはかなり有効な手段であるのも真実だった。

 果竪の傷は、もう一刻の猶予もなく、秒単位での治療が必要とされる夥しい出血をしていた。


 だからこそ、男は決断した。

 それに、ここを乗り切れば何とかなるという希望があったからだ。

 自分達の住む里に居る、彼ならばきっとその後の火傷の処置を行ってくれる。

 その時、果竪が頭を激しく振り、地面に猿轡の結び目が擦れて外れてしまう。


「いやあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁああ!!」

「っ!!」


 もう一度猿轡を噛ませる。

 火力が足りないのか、中々血が止まらない。

 泣き叫ぶ果竪に、明燐が耐えられなくなった。


「やめなさい!! やめて、やめて、やめろ貴様あぁぁっ!!」


 男に飛びかかり、松明を持つ手に爪を食い込ませる。

 だが、男は明燐の腕を掴んで引き離す。

 その間にも果竪の叫び声が響く。

 痛みに絶叫し、涙が流れ落ちる。

 肉が焼ける音が耳を貫き、その生々しい匂いが鼻を突く。


「ううぅ……ふぐぅぅぅぅうっっ!!」


 激しく暴れる体は男に押え付けられ、それでも手が助けを求めるように宙をかく。

 それでも痛みは襲い、ぱたりと地面に落ちた手は、今度は固い土をひっかき続けた。

 爪が割れ、指が血に染まっていく。

 見開かれた目から、止めどない涙が流れ続けるのを見た時、明燐の中で何かが壊れた。

 もう見ていられなかった。

 明燐は、術式を組み始める。

 ぐにゃりと場が歪み、体が地面に沈む。


 だが、構わない。

 例え、この場が消滅しようとも、果竪だけは。

 その時、グッと腕を掴まれる。


「っ!!」


 集中が途切れ、術式が崩壊する。


「何をする貴様!!」


「それはこちらの台詞です。貴方はこの場を崩壊させるつもりですか?」


 男の言葉に、明燐の頭に血が上る。


「それがどうしたと言うのです! 果竪が助かるなら」

「この場に居る全ての者達を巻き込むと?」

「っ」

「確かに半分は襲って来たオレ達です。しかし、もう半分は貴方がたの仲間な筈」

「そんな事」

「分かってない。分かっているなら、その方法は選んでも強行しようとはしない。此処に居るのは王妃様だけではないんだ!!」


 明燐の目が見開かれる。


「それでも、行うのですか? 王妃様の方が大切だと。その他の命全てを見殺しにして」

「……お前達に、何が分かる」


 お前達に、何が。

 何が。

 何が。

 何が。


「そうですね。でも、王妃様の気持ちだけなら分かりますよ。オレと同じだと」

「なんですって?」


 お前と、果竪が同じ?

 ギロリと自分を睨み付けてくる明燐に、男はそっと空いた方の手で指を指した。

 その指を辿り、自分の袖を見た明燐はハッとした。

 座り込んだ際に広がった袖。

 それを、果竪の手がしっかりと握っていた。

 まるで、明燐の術を止めようとするかのように。


「オレが貴方の手を掴むのと同時に、王妃様も貴方の服の袖を掴みました」


「か……じゅ……」


 痛みに悲鳴をあげながら、もうろうとする意識の中、それでも明燐を止めようとした果竪。


「必ず、王妃様は助けます。オレ達だって王妃様を殺したいわけじゃない」


 そう、殺したいわけじゃない。

 ただ、自分達を……。

 しかし今は、それを除いてでも王妃を助けたかった。

 自分と同じように、傷の痛みに苦しみながらもこの場に居る者達の命を助けようとした彼女を。


「大丈夫」


 死なせない。

 だから、選んだのだ。

 この、危険な治療法を。

 ポロポロと、自分を睨み付けていた少女が涙を流す。

 その美しい涙に思わず手を伸ばしかけた。


 美しい。

 恐ろしいまでに美しい。

 手を触れる事も躊躇わせるほどの、美しさだ。

 初めて見た瞬間から、その美しさに囚われた。

 そんな彼女が、他の全てを犠牲にしてでも助けようとした王妃。

 男は、初めて王妃に興味を持った。


 今までは、ただ目的を遂行する為の大切な客人としか見ていなかった。

 しかし今は、この美しい人にここまでさせるだけの存在として、またこの場にいる者達を救おうとした その優しさ故に、強い興味が湧いた。


「果竪、果竪」

「っ……」


 男はようやく松明を果竪の傷口から離した。

 完全に血は止まっていた。

 代わりに、痛々しい火傷が目に付く。

 だが、一秒でも早く離せば血は止まらなかった。

 というのも、血を止める為に松明を押し付けた時、まるで自分の行動を弾く様な感触が腕に伝わってきたからだ。

 その傷口に近寄らせないと言うような、よく分からない何かが。


「これで、大丈夫です」

「ああ、果竪……」


 と、その時だ。

 ガラガラと、遙か遠くから何かの音が聞こえてくる。


「ちっ! 商人達だ」


 此処を通る予定の商人達の一団。

 瑠夏州から鶯州の州都へと向かうそれは、この州の治安状況から多くの警備を雇った団体一行だった。

 自分達が王妃一行を襲撃した後は、彼らに襲撃して負傷した者達を任せるつもりだった。

 情報では、彼らは悪意ある商人達ではなく、善良に輪をかけたような者達だと聞いていたからだ。

 間違っても、怪我人達を放っておいたり、人買いに売り飛ばしたりはしない。

 そう思っていた。

 どうやら、思いの外此処に留まりすぎていたらしい。


「退くぞ!!」


 部下達に命ずる。

 幸いにも、部下達の負傷は少なかったようだ。

 まあ、怪我は多少なりとも負ってはいたが、王妃を守る護衛達の方は銃弾を浴びた者達も多く、部下達以上の負傷である。


「貴方にも来て貰いますよ」


 果竪を抱き上げると、男は明燐の手を掴む。

 すると抵抗なく立ち上がった。

 まるで望むところだと言わんばかりの視線だった。


「どちらにしろ、王妃様の治療もありますしね――」


 それに、いつまでも此処に留まるのは得策ではない。

 王妃を狙撃し、自分達を狙った二つの気配の持ち主がいつ戻ってこないとも限らない。

 それを思えば、安全なる警備がある場所に王妃を連れていくべきだとも思う。

 しかし、今の自分達は王妃を失えない。

 もしここで王妃を手放せば、それは自分達の最後の命綱を失ったと言ってもいい。

 もう二度と、機会は訪れないだろう。

 魔手が迫り限界が近付く中での、全ての条件が揃った最後の機会なのだから。


「さあ、行きますよ」


 だが、その足をグッと掴まれる。

 驚き視線を向ければ、そこには使者団の長が居た。


「貴方は……」

「私も……つれて行け」


 傷の痛みに呻きながら、キツイ眼差しを向ける。

 今の状態で王妃と明燐を賊らから取り戻す事は不可能だった。

 ならば、せめて自分も行動を共にし、もしもの時には命をかけて守る。


「……他の部下の方達は」

「補佐に……任せた」


 そう……比較的軽傷だった補佐に任せた。ついでに、持っていた応急処置の道具も全て。

 本当なら、それで王妃を治療したかったが、傷が深すぎてそれでは間に合わなかった。

 それに――長の中で、賊の頭である男への印象が変わり始めていた。


 この男なら、王妃に害を為さないだろうと。

 あの治療は見事だった。その手際の良さも、思い切りの良さも。

 そして暴走しかけた明燐を止めた時の、その気迫も。

 正しく、人の上に立つ存在だと言える。

 それも、賊達の上だけで収まらず、もっと上の。


 そう――領主として相応しい気概の持ち主だ。

 だから、強引に奪い返すのは止めた。

 もちろん奪い返したい気持ちもあるが、この男の剣術の腕は先程の戦いで分かっているし、今の王妃の状態からすれば長引くのは危険だ。

 それでも強引に奪い返すならば、相打ちを覚悟しなければならない。


 しかし、それでは王妃と明燐をこの場に放置する事にもなりかねない。

 馬車は壊され、荷物もばらけた今、それこそ丸腰で放り出されてしまう。

 もしかしたら、善良な商人達に拾われるかもしれないが、明燐のあの美しさにトチ狂わないとも限らない。

 ならば、この男に賭けてみるしかない。


「私も……」

「お、長……」


 荒い息をつきながら、必死に訴える相手に、男は目を閉じる。

 次に目を開けた時、彼は言った。


「仕方ない。誰か、肩を」

「お頭!!」

「危険じゃ」

「今は時間がありません。それに、もう商人達も迫っている。ここで断れば、彼は何としてでもオレ達を阻もうとする筈だ」

「ですが」

「なら、殺すのか?」

 部下の男達が黙る。

「出来ないだろ? いや、そんな事はしないだろ? それならば、何の為にオレ達は危険をおかして足止めだけですむように剣を振るったんだ? 最初から殺すつもりなら、そうしていた」


 だが、無駄な血は流さない。

 命は奪わない。


「そう、オレ達は奴と違う。無血は無理でも、命だけは奪わない。重大な傷は負わさない。そうするって決めたはずだ」

「お頭……」

「そしてそれを実行したあんた達を、オレは誇りに思う。例え誰が何と言おうと、だ。オレについてきてくれた事にも、心から感謝する」

「……行きましょう、お頭」

「その男は、あっしが背負います」

「頼む」


 男はそう言うと、長を見る。


「という事だ。もう少ししたらここに商人達が通る。善良な性質の者達だそうだから、残った者達も無事に助けられる筈だ」

「そうか……」


 使者団の長はホッとしたように息を吐いた。

 また、明燐も安堵する様に息を吐く様に、男は微笑んだ。

 王妃を思って暴走したものの、この少女は此処に残される自分達の仲間の事もしっかりと気にかけていたらしい。


 ああ、自分の思ったとおりだ。

 厳しく恐ろしいけれど、同時に優しい少女。

 男は表情を改めると、声を上げた。


「時間がない!! 行くぞ!!」


 お頭と呼ばれる男の声が上がるや否や、すぐさま果竪達を連れて一同は根城へと駆けた。


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