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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第一章 出発
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第六話 銃器

 甘い匂いが男を包む。

 いや、ただ甘いだけではない。

 嗅いだ瞬間、我を忘れる様な洗礼された高貴な甘さだ。

 思わずムシャぶりつきたくなるような、それでいて彼女の前に膝を突き請い願いたくなる様な、不思議な感覚に包まれる。

 戦いの最中だというのに、それすら忘れて剣を落としてしまいそうになる。

 明燐と呼ばれた美しい少女が、自分の耳元に唇を寄せる。

 そして最初の音が、鼓膜を打つその時だった。


「お、お頭」


 部下の言葉が、陶酔にも似た気持ちに水を差す。

 それは強い苛立ちとなって、男についついキツイ物言いをさせた。


「なんだ!」

「あ、その、い、良いんですか?」

「何がだ!!」


 体を捻って長の剣をかわし、剣を横に凪ぐ。

 腕の中の少女を傷付けないように、慎重に間合いを詰めていく。


「だから、目的」

「あぁ?!」


 その時だ。


「大根、大根、大根ダンス~」


 くるくると男の視界に何かが映った。

 それは、長の耳にも届いたらしく、二人して固まった。


「大根~」


 果竪はくるくると回る。


「大根~」


 更に回り続ける。


「大きくな~れ~」


 それは成長促進のダンス。

 確か、昔人間界である幼い姉妹がこうやって種を芽吹かせ、巨大な木に成長させた内容のアニメがあった。

 それを徹夜で研究し、果竪独自のダンスを開発し極めたのだ。


「おりゃぁぁ!!」


 下から上に、下から上に。

 激しい踊りに、誰もがその奇怪な姿を前に凍り付く。


「果竪! 何してるのです!!」

「成長促進の舞よ!!」


 タイミングばっちり。

 流石は王妃とそれ付きである。


 ん?王妃?


 この時、長と男はようやく思い出した。


「王妃!」

「忘れてた!」


 部下の男が言いたかったのも、これ。

 王妃の存在を忘れて、王妃付きの少女の存在で争う二人は、ようやくそれぞれの目的と守るべき対象、奪うべき対象を思い出した。


 長かったけど。


「だぁぁいぃぃぃこぉぉぉん!!」


 その時、ニョキニョキっと大根の芽が生えた。


「すげえ」


 何がだ。


「流石は王妃」


 何がだ。


「これが凪国王妃の力!!」


 どこがだ。


「果竪!! その下手な歌をやめなさいっ」

「いえ、歌自体はとんでもなく上手いですけど――ひぃぃっ!!」


 ツッコミを入れた男に、明燐は懐から取り出した小刀を投げつける。

 至近距離のそれを寸での所で逃れた男も凄いが、明燐も凄い。


「あの子の歌が上手いのは分かってます」

「さっきと言ってる事が逆じゃないですか?!」

「でも、それをどうして貴方に聞かせなければならないのですか!! あの子の歌を聞けるのは私達、王宮の上層部だけですわ!!」


 果竪の歌声を聞いたとなれば、生かしておけない。

 明燐の中で、今度は男が抹殺対象へと変わった。


「大人しく死になさい!!」

「嫌です」

「ってか、そこまでしてどうして明燐様を離されないのだ……」


 呆れて、長は攻撃の手を止めて呟く。

 明燐に攻撃されながらも、それを全て避けきる男。

 しかも明燐を抱き締めたままだ。


 あれか?気合いか?気合いだな!!


「恋とは恐ろしいものだ」


 勝手に恋情有りと判断する長。

 彼も若い頃は、今の妻を捕まえる為にそれはそれは苦労した。

 毎日のように物陰から見守り、何処に行くにも付いて回り、誰かに付けられている気がすると怯える妻の為に、護衛を買ってでた。

 そしてそれが縁で結婚した自分達。

 長は全く気付いてない。

 そのストーカーこそが自分で、とっくの昔に犯罪の道に入っている事を。


 一方、そんな騒ぎに気付かずにせっせと大根の為に良い環境を作っている果竪。

 大根の為なら、果竪はその場が戦闘地域に入っていようと気にしない。

 もしかしたら、周囲が果竪を前線に出さなかった理由はそこかもしれない。


「大根、大根、大根!!」


 るんるん、らんらん。

 鼻歌歌って雑草を抜く。

 決まったメロディーはない、ただ思うがままに奏でていく旋律。

 それは、その場に居た者達に一瞬状況を忘れさせた。


「ああ、みんなに無視されて傷ついてるのね!!」


 哀しげに叫ぶ明燐。

 しかし、みんなは激しく首を横に振った。


 いや、めっちゃ楽しんでます、あの王妃。

 めっちゃ自分の時間を満喫してます、あの王妃。

 寧ろ自分の道を爆走してます、あの王妃。


「離しなさい!!」

「っ!!」


 パンっと男の頬を平手打ちにし、明燐は自由を取り戻す。


「ま、待ちなさい!」

「果竪は誰にも渡しませんわ!!」


 既に色々と何かが間違っているが、明燐は凄まじい速さで果竪へと近付いていく。


「やっぱり、こんな土壌じゃ駄目だわ!!」


 愛しく艶めかしい肢体を持つ大根の寝床は、それこそふかふかの羽毛布団すら足下に及ばない土壌でなくてはならない。


 こんなボロボロ土は、問題外!!


「この土壌改善の為にも王宮に戻らないと!!」


 王と離縁する為だった。

 瑠夏州で起きた事件の真相を調べる為だった。

 しかし、今の果竪には大根の寝床改善しか頭にない。

 それどころか、このままでは鶯州の領主に詰め寄りかねなかった。

 他の男に必要以上に近付いたなんて知れたら、二十年前の王なら速攻で抹殺対象にしただろう。


「行くわよ、みんな!! 大根の安眠の為に!!」


 場所も状況も全てを顧みない王妃の宣言。

 だが、振り上げようとした拳が中途半端に止まる。


「きゃっ!」

「明燐っ?!」


 ドンッと空気を振るわす音と共に、明燐の前に鋭いものが飛んでくる。


「こ、これは」

「まさか――っ!」


 蓮璋はその恐ろしい事実に叫ぶ。


「銃かっ?!」


 音、火薬臭、そして銃弾痕。

 これは、人間界で発達した銃器。

 しかも、これは――。


「ライフルっ!!」


 暗黒大戦でも大量に使用された銃器類。

 暗黒大戦以前は、銃器類の使用は殆どなかった。

 あっても、人間界の銃器類とは違い弾薬は火薬のそれでなく、神力で作ったものだ。

 しかし、暗黒大戦が勃発してからは、前天帝軍側は天界以外の世界の武器を大量に取り入れた。


 その一つとして、銃器があった。

 神力を使用する天界のそれとは違い、火薬さえあればいくらでも撃てるそれは、前天帝軍側には大変重宝する代物だった。

 そうして、それで沢山の天界の神々が殺された。


 だが、一つ疑問がある。

 強靱な肉体を持つ神々は、人間界ではある意味不死にも近い状態で、そこで作られた代物では神々を殺す事は出来ない。

 しかし、ある前天帝軍の狂術者が、その銃器を神々を殺す事が出来るように作り替えたのだ。


 銃器だけではない。

 他の世界の武器全てにその技術を応用し、結果として大量虐殺に拍車がかかったのだ。

 それどころか、その技術で作った代物を他の世界に逆輸入し、他の世界の滅亡すらも促進させた。


 忌まわしき、兵器。

 暗黒大戦以降は、その取り扱いに対しては何度も危険性を提起されたが、それらの兵器は各地に広まっており、中には所在の分からないものもある。

 また、天界十三世界には、大戦時に魔界から流入した魔獣が至る所に居り、神々の命を脅かした。前天帝達を討ち、同時に政治関係は機能せず、自分達の身を守れるのは自分達しか居ない。


 現天帝や十二王家がすぐに即位したが、それでも壊れゆく不安定な世界を支える方に集中しなければならず、それどころではなかった。

 また建国した国に守ってもらおうにも、国自体にそれだけの力はなく、王や貴族、上層部も行う事が多すぎて一々構っていられない状況だった。

 かと言って神力を使用するにも、したが最後世界の不安定さに拍車をかけ、自分達の住む場所への消滅にも繋がるとなれば、誰もが躊躇し断念するしかなかった。


 その為、神々は暗黒大戦で使用された兵器を使用した。

 中でも、持ち歩きがしやすい銃器は好んで持ち歩かれた。

 失われた世界が再創造され、新たな土地が多かったから、その開拓に入る為の護身用にも持ち運ばれた。


 そんな事もあり、いくら危険性が叫ばれようとも、強制的に銃器を取り上げる事を天界十三世界の上層部は出来なかったのだ。

 他の者達が守ってくれないなら、自分達で身を守るしかない。

 その為の武器なのだ。

 それが嫌ならお前達が守ってくれと言われても、手が空かない上の者達が出来る筈もない。

 そうして自分達の手が回らない部分を、その銃器を使用を容認する事で不満を回避したのだ。


 そんなわけで、今もなお暗黒大戦の負の遺産は結構な数が残り、なおかつ生活に取り入れられているという例は実は結構多い。

 また銃器作りの技術も、科学技術の一つとして研究され、各世界に広まっていた。

 そうして最近では、使い手の悪意を感じ取れば安全レバーが作動し、撃てなくなるような技術開発も進められているという。


 ただ銃器類は、その危険性から持ち込みや使用には制限がある。

 その一つとして、銃器の全てにナンバリングがされ、売買される時には持ち主のリストが作られるのだ。

 また売買には、身分証明するものが必要となる。

 それほどに取り扱いに厳重だった、それ。


 とはいえ、大戦から三百年が経ち、少しずつだが国も安定した今。

 中でも凪国は、炎水界の中ではどの国よりも安定しているとされており、当然ながら民達への救済及び援助も他国よりは行き届いているだろう。

 その為か、少しずつだが各町村が持つ銃器類の数が減ってきているとされていた。


 基本的には王宮の目や手がすぐに届かない辺境の地であればあるほど、銃器を持つ傾向は強い。

 しかし少しずつ生活も安定し、国による援助がされるようになり、銃器類は確実に減ってきていた。


 そう、減ってきていたのだ。


 だが――男は断言する。

 鶯州に関しては、その常識が当てはまらない事を。

 なぜなら、鶯州では銃器類の類は殆ど無い。

 全て、領主が取り上げてしまっているからだ。

 隠し持っている者達は厳しい処罰を受け、処刑までされた。


 なのに、どうしてそんなものが!!


「しかもライフルなんてっ」


 大戦時には、狙撃手が好んで使っていた獲物だ。


「くっ!」


 木々の合間に、光るものを見つけた。

 ああ、やはりライフルだ。


 しかし、発射された二撃目の銃弾に男は明燐を抱えて後ろに飛ぶ。

 その時、ジャキンと何かを装填する音が聞こえた。

 男の注意が、音のした方向へと向けられる。


「明燐!!」


 王妃が、こちらに走ってくる。

 それを狙う光るものが、木々の合間から見えた。


「来るなあぁっ!!」


 叫んだ途端、三撃目が来る。


「果竪!!」


 明燐が此方に向かってくる果竪へと手を伸ばす。

 まだ遠く、届くはずもないのに。

 空気を振るわす様な重い音が響いた。


「あ……」


 開いた穴が見えた。

 何の変哲もない穴。

 それが、王妃の肩になければ、特に注意すらしなかっただろう。

 どぷりと、赤い液体が穴から溢れ出した。


「ひぃいっ!!」


 部下の男が悲鳴をあげる。

 王妃を守る使者団とあれほど斬り合っていたにも関わらずに、だ。

 小さな肩から流れ出た血は、衣服を染め、地面に赤い染みを作っていく。

 染みこみきれず、地面の上にも溜まっていく血。

 反面、顔から血の気が失われ、果竪はその場に倒れた。


「いやあぁぁ!!」


 明燐が果竪に駆け寄ろうと男の手を振り払おうとする。


「ま、待って!」


 と、再び銃弾が打ち込まれる。

 それは、先程自分達を狙っていた者達のものだ。


「くっ! 皆殺しにする気かっ」


 明燐を庇い、銃弾の飛んでくる方向を確かめる。

 しかし、何かが引っ掛かった。

 自分達に打ち込まれたのと、王妃に打ち込まれたもの。

 何かが、違うような気がした。


 音?火薬?銃弾?


 分からない。

 だが、それよりも考えている暇がなかった。


「うわ!!」

「おい、ぐっ!」


 部下が打たれたのに気を取られた長が、銃弾を背中に浴びる。


「ぐっ……くっ……」

「長!!」

「すいません、ここに居て下さい!!」

「え?! ちょっとっ」


 男が明燐を抱き抱えて安全な場所へと置くと、そのまま踵を返して木々の合間から自分達を狙うものへと飛ぶようにかけていく。

 パンっと、銃弾が頬を掠める。


「舐めるな!!」


 黒いフードを被った狙撃手を見つける。

 その相手に、剣を振り下ろした。

 ボスンっと、有り得ない音と空を切る感触が腕に伝わった。


「え?」


 肉を切りあがる血はそこにはない。

 まるで中身だけ空気に溶け込んだかのように、黒い衣だけが残っている。


「な、なんだ、これ」

「果竪!!」


 明燐の悲鳴に我に返る。

 その時、男は気付いた。

 もう一つの気配も消えている。


「一体、これは……」


 見れば、武器であるライフルもない。

 だが、間違いなく此処に居た者が自分達を撃ったのだ。


「果竪、しっかりして!!」


 男は黒い衣を手に取ると、そのまま明燐達の元へと戻った。

 王妃は重傷だった。

 意識はなく、肩からは血が今も流れている。


「このままでは失血死だ」

「っ――」


 泣きじゃくる明燐に、男は果竪の傷を見る。

 深いその傷は、いますぐに処置しなければ間に合わない。


「……」


 手に、力を集中させる。

 その瞬間、ぐにゃりと奇妙な違和感が体を駆け抜け、足が地面に沈み込む感覚に陥った。


「っ」


 駄目だ。

 力は使えない。

 一か八かで治癒の術を使おうと思ったが、力を貯めて術式に入ろうとしただけで、大きく場が歪んだ。


 明燐は果竪に掛り切りでそれに気付いていないが、他の者達は気付いた者もいるらしく、場の歪みが与えた体への影響が出ている。

 吐く者、立ちくらみを起こす者、地面に手を突く者。


 たった一瞬でこれだ。

 術を使えば、歪みが体に影響するだけではない。

 この場所自体が消滅する。

 そこに王妃を巻き込む事は出来なかった。

 王妃は、自分達の希望の証でもあるのだから。


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