第五話 人材
「明燐様から離れろ!!」
敬愛する主のたった一人の妹君。
宰相閣下が溺愛し、命よりも大切にする方というだけでも使者団の長にとっては守るべき存在。
しかし、それを差し引いても聡明で麗しく気高い凪国一の美姫である明燐。
侍女長としても優秀で、王宮にとって不可欠な人材という、凪国の国民達の憧れの花。
そんな方に賊が触れるなど、許されて良いことではない。
その汚らしい手が、明燐の肌に触れた瞬間、使者団の長の頭に血が上った。
そうして、本来守るべき筈の果竪の存在をすっかり忘れ、お頭と呼ばれる男と激しい戦いを繰り広げていく。
「ちっ!」
お頭と呼ばれた男が長の刀を弾き、振り下ろす。
「甘いわ小童!!」
「それはこっちの台詞だっ」
凄まじい闘気ぶつかり合う場に、他の者達はいつしか斬り合うのを止めて、その戦いに魅入られていく。
それは、男達が生来持つ純粋なる闘争本能を刺激していた。
「すげえ」
「流石、お頭!!」
そんな中、果竪はと言うと。
「あ、これ野生大根だ」
明燐の元に向かおうとした途中で、野生の大根を見つけて寄り道中だった。
「って、何これ!! いくら野生だからってこんなやせ細っているなんて!!」
干涸らびたミイラ寸前の大根に果竪は苦悩混じる悲鳴をあげる。
こんな、こんな大根認められない!!
「即座に土壌改善に努めなきゃ!!」
そしてせっせとサンプルとして土を集める果竪だった。
「明燐様はそなたになんぞ渡さないぞっ!!」
「くっ!! あんたはこの方の一体何なんだ?!」
もしや、彼も明燐を思っているのか?!
「明燐様は主の妹姫だっ!!」
安心した。
どうやら、恋愛感情はないらしい。
にしても、この少女は「めいりん」と言う名なのか。
確かに、美しいこの少女にはその名がよく似合う。
ああ、どういう字を書くのだろうか?
出来るならば、この少女から直接教えて貰いたかった。
だが、今は何よりも自分と戦う相手が、この少女に恋情を抱いていない事が分かって良かった。
ホッとした男だったが、そこで会話に出て来た「姫」という単語を思い出す。
確かに、王妃の側に居られる存在ならば、姫――貴族の姫ぐらいの身分は必要だろう。
凪国の王宮は身分に関係なく開かれ、能力さえあれば貧しい平民にだって出世の機会はある。
しかし、未だ選民意識が強い者達が、一部に現役貴族として残っており、民達の中にも選民意識や身分制度に敏感な者達はまだまだ多い。
それは、暗黒大戦以前に骨の髄にまで叩き込まれた、理不尽なまでの圧倒的な身分制度と選民意識によるものだ。
大戦が終結するまでは、生まれから全てが差別され、平民の子供は一生平民に、貴族の子供は一生貴族のまま過ごす完全なる世襲制度がとられていた。
たとえどれほど子供に能力がなかろうと、あろうと関係ない。
グズグズに腐った血は、終には暗黒大戦を勃発させるきっかけまで作ってしまった。
そんな身分制度や選民意識も、あの全てを崩壊させた暗黒大戦で破壊されたと言われているが、それでも完全に民達や貴族達の中から消えたわけではない。
なぜなら、暗黒大戦以降も絶対王制や貴族社会は続いているし、完全どころか中途半端でも、国民主権となる共和制の国なんて殆どないのだから。
それは、天界十三世界全てを見てもそうだ。
天帝と十二王家は別として、世界に数多ある国々は、未だ残る王や貴族が統治している。
王や貴族の大半が一新され、その多くが様々な身分にあった者達だとはいえ、だ。
更に、王や貴族はその意味、役割に関しても大戦以前と大戦以降では大幅に変わっていた。
知っている者達ならば知っている。
王や貴族――各国の上層部は、ただの支配者ではない。
『生贄』であり『世界を支える柱』なのだと。
だが、それでもその特殊性から多くの権力が王や貴族達に集まるのだ。
もちろん、王や貴族達が今も残るのは、その理由を紐解けば「どうしようもなかった」、「そうしなければならなかった」と誰もが思わざるを得ないだろう。
しかし、たとえ意味が違っても王や貴族と言う名が、制度が残り、絶対王制が支配する。
だからこそ、選民意識や身分差別が無くならないのも致し方ない事であり、男が王妃付きになれるのは貴族の姫なのだと思い込む事も当然だった。
それに、生まれつきの考え方など、そう簡単には変わらないのは当然である。
王や貴族を決める時に、『天帝と十二王家』がその本来の意味を、その真の理由を告げたとしても、年月が過ぎれば少しずつ情報は歪曲されていくし、最初から誤解して受け取る者達だっている。
それが、今も王や貴族をただの権力者として、権力目当てに擦り寄っていく者達だった。
「明燐様! どうぞこちらにっ」
「くっ!」
長の攻撃をかわし、男は明燐を抱き寄せる。
「ちょっ!」
「大人しくしていて下さい」
そう耳元で囁き、長の剣を弾いていく。
その姿に、明燐は騒ぐのを止めた。
この男は中々出来るようだ。
自分というお荷物を抱えながら、使者団の長と互角に戦う様子からして、その剣の技術は凄まじいものがある。
使者団の長も中々の使い手だ。
しかも、あの王宮では宰相である兄や、各軍の将軍達と鍛錬をしていたらしい。
将軍達はもとより、兄は武術の腕は恐ろしいさえ言える。
大戦の中で、王の軍に所属する中で磨き抜いた腕。
剣だけでなく、あらゆる武器を使いこなし、眠っていた王に次ぐ強大な神力すらも目覚めさせ、軍の軍師としてだけではなく、前線に赴いて戦う事も多かった。
そう……普段、いや、涼雪の前でこそオトメンだが、あれで兄は意外に男らしいのだ。
見た目は『男の娘』そのものだろうと。
というか、凪国上層部の大半が『男の娘』だから特に気にする事もないが。
そんな兄とも鍛錬をしてきた長と互角に渡り合う男は、紛れもなく本物の使い手だろう。
欲しい――。
それは、明燐としてではなく、王宮に勤める者として思う気持ちだった。
この貴重な人材が欲しい。
それは別に凪国だけでなく、天界十三世界全土で慢性的な人材不足が発生している今、使える人材を見つけるのはどこの国でも頭が痛い悩みだった。
なにせ、暗黒大戦で神にも大勢の死者が出たのだ。
一部助け出した人間達や他の世界の者達も居たが、彼らを長く神々の世界におく事は出来なかった。
だから、神の世界の事に関しては神か、半神と呼ばれる片親だけ神の血を引く存在が必要なのだ。
ゆえに、使える存在を見つけたならば、速攻で欲しいと願うのは当然の事だった。
特に凪国は、大国であるが故に他の国よりも多くの人材を必要としている。
この百五十年。
上層部の者達は休む間もなく走り回されていた。
何か地方で事が起きれば駆け付け、領主から懇願されれば事態の収拾に向かい、天界十三世界全土で問題視されている世界の不安定さがもたらす歪みが発生すれば、その安定化の為にかけずり回る。
上層部の誰もが叫んでいた。
他の者達に押し付けられるなら押し付けてしまいたいと。
だが、それには代わりとなる人材を集めなければどうにもならなかった。
欲しい――。
明燐は強く望む。
この人材が、この男が欲しい。
特に、瑠夏州に屋敷勤めの者達を残してきた今は、喉から手が出るほどだった。
明燐は、男に抱きかかえられたまま、その手を背中に這わした。
「え?」
男が、驚いて明燐を見る。
その表情に、明燐は満足げに笑った。
そして紅く濡れた唇を耳元に近付ける。
貴方が欲しいと、囁くために。
感想ありがとうございます~♪
世界観が分かりやすいと言って下さり嬉しいです♪
こんな感じで、少しずつ世界観、状況などを盛り込んで行きたいと思います。
さて、以前はあっさり捕まった果竪。
でも、今回は使者団の長という強い味方がいるので、結構粘っています。
そして明燐に関しては、『彼』が気になっているのに、公の部分が優り、人材として見てしまっているという……。




