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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第六章 動き出すもの
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第五十一話 間違う頑張りどころ

 同時刻――。


 自室となって久しいその場所で、果竪はグフフフと妖しい笑みを浮かべて自作の地図を眺めていた。

 着実に、けれど決してひっくり返る事のない確実な一手を置き続けて幾日目。

 この隠れ里に来てから今日で三週間目のこの日、ようやく機は熟した。


「ふっ! これでこの里は愛する大根達の新たな愛の巣として、その名を歴史に深く刻み込ぶっ!」


 ゲシッと果竪の後頭部に投げつけられたのは、引きちぎられた大根人形。

 素材は柔らかいが高速で投げつけられた衝撃に果竪は地面とお友達になった。


「むきゅう~」

「全く、目を離すとロクな事をしませんわね」


 身も蓋もない明燐の言葉。

 しかし、実際にロクでもない事をしているのだから言い訳は出来ないだろう。

 果竪以外であれば。


「酷い! ロクでもなくないもんっ! むしろこの隠れ里の食糧自給率を上げる為に頑張っただけだよっ!」


 この隠れ里に来てから三週間。

 大根の溢れる愛で、この里を更によりよいものにしようと決めてから二週間近く。

 果竪は毎日の様にせっせと働いてきた。


「大根しか植えてないでしょう」

「大根は食料の神よ! あの艶めかしい肢体を前にして『はぁはぁ! お、俺の大根、もう我慢出来ないうおぉぉぉぉっ!』ってならない神がどこにいるのっ! それだけ大根は愛されて求められる魅惑の存在だというのにっ」


 その愛し方が少々変態チックで通報レベルに入っていると思えるのは何故だろう?


 物陰から飛び出していくタイミングを完全に逃した蓮璋は心の中で突っ込んだ。


「むしろ大根など無くてもこの隠れ里の食糧自給率はどうともなりませんわ」

「酷い! 根本から揺らぐじゃないっ!」

「いや、そこまで脆い基板は築いて――すいませんすいません大根愛してます!」


 果竪のギラリとした視線を受け、蓮璋は本気で謝った。

 その視線はまさにハンター。

 命を刈り取る狩神の冷たい眼差しはそれだけで相手を土下座させられる。


 というか、一体何だってこんな事になっているのか――。


 と、考える蓮璋だったが、その行為自体がもはや何度目なのか分からない。

 とりあえず王妃がこの里で目覚めてから、既に三桁近くは行っている行為である事は間違いなかった。

 

「しかもお忙しい隠れ里の皆様まで巻き込んで」

「べ、別に強制はしてないもん! ただみんなが大根の愛らしさに胸キュンして自ら私の愛する大根達が更に美しくなる為の手足となってくれただけで」

「ってか、よくそこまで口が回りますわね」


 明燐は大きく溜め息をつきながら頭を抱えた。

 大根が絡めば言語中枢フル稼働って何よ。

 大脳の神経接続間違ってるだろ。


「むぅぅぅ! 明燐と私はどこまで言ってもわかり合えないと言うのね」

「大根に関してはこちらからお断りいたします」


 鬼だあぁぁという果竪の叫びも、明燐は耳を塞いで無視。

 だから、本当に明燐は王妃の侍女長なのか――と、蓮璋はもう何度目になるか分からない疑問を覚えた。


「くっ……明燐、あなたとはいつか時間をかけて私の白く艶めかしい大根の愛らしさについて話し合わないといけないわね」

「断固拒否します」


 0.5秒のばっさり拒否だった。


「お、王妃様……」

「……」


 床に突っ伏し涙の水たまりを作る王妃に蓮璋は寄り添った。


「蓮璋、あまり甘やかすとつけあがりますわよ」

「いや、甘やかすとか違いますから」

「蓮璋~~」


 人間、いや、神だろうと優しい相手につく、これ基本。

 しかしそんな事はこの女王様の辞書にはなかった。


「果竪!」

「はぅぅっ」


 女王様モード覚醒五秒前の明燐に果竪が蓮璋にしがみつく。

 あ、これやばい。

 蓮璋は死を覚悟したが、それでも果竪を捧げないところに男気が感じられる。


「果竪、蓮璋の命が惜しければすぐに離れなさい」

「大丈夫、いざとなったら蓮璋連れて逃げるから」


 問題はそこでなく、むしろ自分だけ置き去りにされるという事実に明燐の中で何かが切れた。


「酷いですわ果竪! 私を弄んだ末に新しい男と逃げるおつもりですかっ! この私を捨てて?!」


 なんでそうなる!!


「ち、ちが、え」

「この私というものがありながら、別の男に手を出すなど信じられません事よっ」


 そうしてハラハラと涙を流す明燐に蓮璋は思わずグッと来た――こんな時だというのに。

 逆に言えば、明燐からはそれほどの壮絶な色香が匂い立っているという事だ。


「しかも夫が居る身でありながら、別の男にしがみつくなど」


 まあ確かにそれは問題だろう。

 そこだけは蓮璋も同意した。


「萩波はよく色んな男性に抱きつかれてたもん」


 まあそうだろう、王ならばどんな美姫だって――。


「び、美姫(男)?」

「女性にも抱きつかれてましてよ! まあ、全体の九割九分九厘は男でしたけれど」

「殆ど男じゃないですかっ!」

「陛下の男の娘っぷりを舐めないで下さいませ! どんな男だって下半身爆発血みどろスプラッタですわよっ」

「死ぬでしょうそれっ!」


 いや、確かに凪国の王の美貌は遠方の地まで轟くほどの絶世と言われている。

 しかも、女性と見紛う性別を超越した美しさと色香は、炎水界でも五指に入るレベルと謳われていた。


 女性ならば、確実に炎水界中の国々が後宮入りを巡って争っていただろう――と言われるほどに。


「拉致監禁未遂、夜這いに集団暴行未遂事件は数知れず! 更には男、しかも王でありながら自分の花嫁に迎えようとする馬鹿貴族や豪族達は星の数ほど! もちろん、王の花嫁になりたいという女性は星の数ほどいましたけど」

「だよね~、私も萩波の寝台に男の神が潜り込んでいるのはいつも見ていたし」


 いつも?!

 というか、警備の厳しい筈の王の私室にそんなに潜り込まれていたのか?!


「欲望に狂った神の行動力はそれほど恐ろしいという事ですわ」

「ってか、上層部の男性陣の殆どが同じ目に遭ってたよね~」


 こわい!男って恐い!


 蓮璋は男の娘揃いの上層部に降りかかった身の不幸に涙した。

 そして間違えまくっている男達の欲望に恐怖した。


「だから果竪。男は狼ですの。男の娘に下半身ズドンしまくる変質者ですの。だから近づいてはいけませんわよ」

「それだと萩波とか朱詩達にも近づいちゃ駄目って事?」

「萩波達は別ですわ。あれは『男の娘』ですから。男とは違う生き物です」

「そっか~」


 どうしよう……着実に凪国で『男の娘』という単語が新たな性別として定着しつつある。

 え?なんで国レベルかって?それはもちろん王妃が納得しかけているからである。


「ちなみに蓮璋はどっち?」

「『男の娘』に下半身ツッコんでる男ですわ」

「それ殆どアウトでしょうっ!」


 血を吐くような叫びとはこの事を言うのだろう。


「大丈夫だよ、蓮璋。萩波とか朱詩とか明睡とか茨戯とかはもう完全に『男の娘』なんだって」


 何が大丈夫なのか。

 そしてあの方達と比べないで欲しい。


「けど、そうか~……王宮に戻るっていう事は、またそういうのを日常的に見るって事か~~」

「そういうのって?」

「もちろん、陛下達が男に追いかけ回されている姿を、ですわ」


 見るのか?!

 そして日常茶飯事なのか?!


「加えて、オレの女に手を出すなっていう馬鹿な男達も続出しますわね」

「そもそもが性別逆転カップルって馬鹿にされてたしね、私と萩波の結婚って」


 そこで百合カップルと言われないのは、果たして何故なのか?

 それは、萩波に盲目的な愛を押し付けてくる者達が果竪を女として認めないからだ。


「……よく、それで陛下と結婚しようと思いましたね」


 思わずぽろりと漏れた本音に慌てて口を手で覆ったが遅かった。


「蓮璋」

「は、はいっ」

「言っておきますが、果竪は陛下と結婚する気などサラサラありませんでしたのよ」

「そ、そうですか――って、はい?」


 それはどういう事ですか?!と顔にでかでかと書かれた蓮璋に明燐はため息をついた。


「まあ、これを知るのはごく一部の者達ですからねぇ」

「そうなんだ」

「当たり前ですわ、果竪。あんな犯罪行為を自分達の王がしたなど知れたらこの国の民達は集団自害確定ですわよ」


 犯罪行為?

 混乱する蓮璋に明燐は頷いた。


「そうですわ。この国に『無理矢理婚』という言葉の礎を築いた存在こそ、我が国の王」


 心底ロクデモねぇ!!


 蓮璋は今初めて、王に対する思いに負の感情が加わった。


「ち、因みに、どんな経緯での結婚で」

「今日も天気が良いですわね」

「え?! そんなあからさまな話の切り替えが行われるほどなんですか?!」


 一体何をされたんですか陛下。

 どんな犯罪行為に手を染めたんですか、陛下。

 というか、そもそもだ。


 蓮璋は王妃と出会ってからずっと思い続けてきた。

 現在十七歳の王妃。

 けれど、どう見ても見た目は十七に見えない幼さ。

 それは雰囲気とか、たぶんその真っ平らな胸と寸胴な体型とか、皆無な色気が関わっているのだろう。


 加えて、いつも側に居る明燐という存在がその見た目に拍車をかけている。

 同性から見ても悩ましい蠱惑的な肢体、匂い立つ妖艶な色香、そして絶世の艶麗で清楚な美貌。


 凪国一と謳われる完璧な美姫と並べば、そりゃあ余計に影が薄くなってしまう。

 蓮璋が今まで見てきた美女や美少女達ですら、明燐と比べれば十人並としか映らない状態なのだ。


 平凡な容姿の王妃であれば、ちんちくりんの子供としか周囲が思えなくなるのも当然である。


 にも関わらず、明燐でなく王妃を妻とした王。

 これはやはりあれか?

 RO・RI・KO・Nの気質を持っていたという事か。


「けど――まあ、陛下の女性を見る目は確かですけど、ね」


 ボソリと呟く明燐の言葉に、蓮璋はハッと我に返った。

 そして、その言葉の意味を認識した途端、蓮璋は心の中で同意していた。


 この王妃の神柄を知っていく中で、蓮璋の中で生まれていった思い。

 蓮璋が予想していた王妃とは全く違うけれど、それでも蓮璋はこの方が王妃で良かったと心から思うようになっていた。


 突然攫われた身の不幸を嘆くわけでも無く、しっかりと現状を把握して前を向いた王妃。

 思えばずっとそうだった。

 蓮璋達に起きた事を受け止め、自らも協力すると申し出た王妃は言葉だけでなく、実際にこの集落の為に力を尽くしてくれていた。


 ここに来て三週間目。

 大根に関して暴走する事は――まあかなりあったが、隠れ里の民達と交流を築きその仕事を自ら手伝てくれた。


 そこには到底王妃がするような仕事でない事も沢山あった。

 隠れ里の子供達の子守に加え、今では主婦達に混じって家事までしてくれる始末。


 王妃と言うよりは、どこにでも居る田舎娘のように気取らず、手慣れた様子で仕事をこなす姿についつい王妃という事を忘れて気軽に接する民達は数知れず。


 そう――あまりにもこの王妃は自分達に近すぎるのだ。


「そういえば果竪、この後も御仕事ですの?」

「うん、洗濯を手伝うの」


 何でもない事のよう言い切る王妃に、蓮璋はやはり何かが間違っている気がした。


「王妃様に、洗濯」


 頑張って納得したが、それでも納得しきれない部分が言葉となって口から出る。


「あ~~、蓮璋さん、別に気にしなくて良いから」

「けど」

「言いましたよね? そもそも私は田舎生まれの田舎育ちだから、こういうのは慣れてるって」

「――っ」


 田舎生まれの田舎育ちの王妃。

 大戦中に現在の凪国の王と結婚していたから、そのまま王妃になっただけの存在。

 そればかりか、何の取り柄もない、地位と権力の上にあぐらをかく無能者と蔑まされている。


 本当は違うのに、蓮璋すらもそれを一時期信じていた。


 確かに田舎出身ではあるだろう。

 確かに夫が王になったから、たまたま王妃になってしまったというのもあるだろう。


 でも――。


「それに、将来は大根農家のお嫁さんになるから死ぬまで働くつもりだったし」

「へ?」

 

 目を丸くする蓮璋とは裏腹に、明燐はほぅっと小さくため息をついた。


 果竪の夢は、平凡な農夫と結婚して世界一の大根農家になること。

 そして、夫と幸せな家庭を築き子供を生み育てることだった。

 間違っても王妃になる事が夢だったわけではない。

 それは、上層部の誰もが知っている。


「そうよっ! そもそも何事もなければ、今頃は大根に囲まれて暮らす為に全力尽くしてたのに」

「大根に囲まれて」

「蓮璋、反応しなくて宜しいですわ。時々こうしてスイッチが入るのですが、適切な対応は黙ってスルーですの。ほら、おかしい神は遠巻きにするのが常でしょう?」

「神を変神みたく言うなぁぁ!」


 大根に囲まれたいと言っている時点で、充分変な部類に入るではないか。

 哀れみたっぷりの視線を向ける明燐に、果竪は大いに憤慨した。


「私は、ただ大根をこの上なく愛してるだけよっ」

「それがおかしいって言ってるのです。そもそもその愛するはライクですか? ラブですか?」

「ラブ」


 明燐の溜め息が一段と大きなものとなった。


「明燐には大根のすばらしさが分からないからっ!」

「王宮に帰ったら大根禁止ですわっ」

「ひどっ! それは私に死ねと言ってるものだよっ」

「大根がない位で死ぬわけありませんわ」


 明燐の言葉に果竪が落雷に打たれたかのように頽れる。


「お、王妃様?」


 蓮璋が恐る恐る声を掛けた、次の瞬間。


「酷いっ! 私から大根取ったら何が残るって言うのよっ!」


 深すぎる言葉に、蓮璋の方が衝撃を受けた。

 神生で一度どころか、たぶん大根農家になった上、大根に生涯を捧げた者しか言わないだろう台詞がこの国の王妃から紡ぎ出される。

 しかしそれを、明燐は腕を組み蔑むような眼差しで受け流した。


「大根なんて無くてもいいです」

「何てことを言うの?! いい? 私から大根を奪うと言うことは、水の中の生き物が陸に揚がってしまうという事と同じなのよっ」


 水の中の生き物が陸に――


「順調な進化じゃないですか、それ。水生生物から陸上生物への移行は人間界でも現在進行中ですから全然大丈夫です、はい」


 水の中でしか生きていけなかった生物が陸に上がる。

 それはすなわち陸でも生きていけるように体が変化したということ。

 つまり、重要な進化であり、生活区域を大幅に広げたということである。

 そしてそういった状況に応じた変化が行えるという事は、次世代の支配者に必要なものを兼ね揃えているということだろう。

 水生生物に変わって両生類、そしてその先は陸上生物達の次代が来る――。


 そういえば、ちょうど人間界でもその時期だ。

 人間界といっても、未だ人間が生まれてない世界。

 あの大暗黒時代が始まってしばらくして滅んだ世界は再び再生され、驚くほどの勢いで進化を遂げている。


 もうすぐ哺乳類が現れて再び人間が生まれますね――と淡々と言う明燐に、果竪は慌てて前言撤回した。


「違うっ! そうじゃなくて、進化じゃなくて退化っ! って違う!」


 自分で言って自分で突っ込む果竪。


「そ、そうよっ! 魚が、魚が陸に打ち上げられるのと同じっ! 魚は水がないと生きていけないじゃないっ!」

「ああ、そうですね――なら最初からそう言って下さい」


 言葉って難しい――蓮璋は心の中でそっと思った。


「明燐がせかすから悪いんじゃないっ! ってか大根は絶対に手放さないからねっ」

「果竪、往生際が悪いですわよ」


 再び話題は大根へと戻る。

 真剣に大根について言い争う二人に蓮璋は思う。

 類は友を呼ぶ――ではないが、この二人は結構似ているようだ。

 と、そうこうしている内に果竪がやさぐれながら爆弾発言をかましてくれた。


「こんなにまで大根が虐げられるなんてっ! これも全てはこの国での大根の流通が狭いからっ! くっ! これを解消するにはこの国の大地だけじゃ駄目っ! 海までもが大根で埋め尽くされたらいいのに」


 国が潰れるわ!!


 たぶんその大反乱の勃発は漁業関係者の所からだろう。


「海洋生物や魚達の居住区域を勝手に潰さないで下さいませ」


 仮にも炎水家直下の国の王妃の暴言に侍女長は淡々と告げた。


 全ての水と炎、それらに関係するものを司り、生み育む炎水家直属の配下である凪国。

 中でも、凪と時化を司る我が国。

 にも関わらずのこの言葉。


「大根食べればいいじゃん」


 鯨も海豚も鮫も鯱も海馬も海豹も魚や貝達もみんなベジタリアン!


「勝手に食物連鎖を変えないで下さい」

「何を言うの! そもそも全ての動物達は大根だけを食べて生きてるのよっ」

「肉食動物はどうしたのです」

「いいじゃない。野菜を食べた方が健康にはいいわ」

「肉食動物は本来そういう体になってるからいいんです」

「メタボになったらどうするのよっ」


 普通の野生動物はそうそうメタボにはならないだろう。

 過酷な自然の中で生き抜く為に常に戦っているのだから。

 そう心の中で突っ込んだ蓮璋だが、口に出せば殴られそうだったので敢て黙る事にした。

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