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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第五章 駆ける者達
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第四十二話 精神医学的に

 

 もう間もなく、閉ざされた街道が終わる。

 その先に待ち受けているのは、鶯州。

 王妃が消息を絶った――いや、連れ攫われた場所である。

 厳密に言えば、連れ攫われた場所まではまだ数日かかるが、ここらで一度休憩するのが妥当だろう。

 鶯州に入れば、この閉ざされた街道に比べて格段に人の目に付きやすくなるのだから。

 

 閉ざされた街道にある最後の水場である泉の近くで馬を休ませる一行。

 それぞれの愛馬達が水分補給する中、影達は集い一枚の紙面へと視線を向ける。


「現在地はここよ」


 紙面のある一点を指さした茨戯に、影達は頷いた。


「地図だと、ここから鶯州までは馬で二時間程度ですね」


 側近の男が地図を確認しながら呟いた。


「そう。で、王妃が消息を絶ったこの場所までは、馬で三日かかるわ」

「三日ですか」


 閉ざされた街道で山賊を屠ってから五日弱。

 そこから更に三日もかかるという事実に影達から溜め息が漏れる。

 しかし、これでもかなり速い方だ。

 それに三日というのは影達の速度での時間であり、普通の者では軽くその倍はかかる筈だ。


「では、すぐにでも出た方が」


 そう進言してきたのは、玲珠。

 感情をそぎ落とした声音は、凍えるほど冷たかった。


「それはそうだけど、こっちも殆ど休まずの強行軍。ここらで少し休んでおいた方がいいと思うんだけど。アタシの言う事って間違ってるかしら?」


 少し上目遣いで聞く様は、まるで恋の遊戯をしかける花魁を思わせる妖しい艶に溢れていた。


 それは茨戯と居る時間の長い影達、そして朱詩という蠱惑的な主である程度の耐性がついている筈の玲珠と柳でさえ道を踏み外しそうな色香だった。

 性別を超越しているだけでない。

 本物の女性よりも女の美を纏う薔薇姫に、ドクンと、男の本能が刺激される。


「言っとくけど、ここで欲情したら潰すわよ?」


 オホホホホ――と、魔性から悪魔の笑みへと変えて茨戯が下してきた宣告に、ようやく周囲は思考に絡みついていた茨を振り解く。


「ってか、あんた達も十分に見た目は女のくせに、な~に神に欲情してんのよ」

「そうですよねぇ」


 と、この中では一番男らしい精悍で凛々しい男性的な美貌を持つ茨戯の側近が同意した。

 その途端、他の影達から向けられる殺意の濃さに、玲珠と柳の方がたじろいだ。


 この男らしい側近以外は、ほぼ全員が男の娘という言葉が相応しい女性的美貌。

 種類はそれぞれ違うが、それこそ彼らだけで美女博覧会が開催できそうな美貌揃いである。


 な~んて――玲珠と柳が思っていると影達が知れば、即座にツッコミが来るだろう。

 お前らもだろ!!――と。


 そう――玲珠と柳は、元寵姫組の中でも五指に入るほどの妖艶な美女。

 それは、凪国王宮に数多居る男の娘達の中でもかなりレベルが高い部類に入っていた。


「まあとにかく、少し休憩するわよ。この後はしばらく休憩なんて出来ないんだからね」

「茨戯様」

「それに、いざという時にぶっ倒れる馬鹿はいらないわ」


 いざという時――それが何を意味しているのか分からない者などここには居ない。


「三時間よ」


 与えられた時間は酷使され続けてきた体にはあまりに短い。

 けれど、ここにいる者達にとっては十分すぎる、いや、むしろ長すぎるほどの休憩だった。



「茨戯様」

「ああ、令じゃない。どうしたのよ」


 簡単な水浴びを済ませた茨戯は、濡れた髪をふきながら自分の側近の男を見る。

 凪国王宮でも、五指に入るほど男らしい端正な美貌に嫉妬した頃もあった。

 けれど、嫉妬したところで生来の美貌が変わるわけでもないとして、諦めがついたのは何時の頃だろう。


『え~? 茨戯はそのままで十分綺麗だよ』


 そんな風に、さらりと言い切ったあの大根娘の言葉か。

 それとも。


『顔がどうでも、主様は主様です』


 浮かぶのは、ガリガリに痩せた養い子。

 十分な栄養を摂らせるようになってからも、いまだに体は貧弱なまま。

 十六を数える現在も、女性らしい体つきとはほど遠い。


 そこまで考え、茨戯はフッと笑う。

 どちらかではない。

 どちらの娘の言葉もあったから。


 ただ、きっかけを作ったのは、あの大根娘。


「王妃様は今どうして居られるのでしょうね」


 感情を限りなく消し、側近の男が呟く。

 これだけなら、まだ大丈夫。

 これ以上口にしなければ。


 けれど、注意しすぎてもしすぎる事はない。


「さあね。ただ二十年以上も追放先の鄙びた田舎で暮らせるぐらいの図太さはあるんだから、死んでは居ないでしょうね」


 ゴキブリ並と呟いた主の瞳に宿る光に、側近の男――令は心の中でそっと主を労った。


「ですね。これがもし陛下の寵愛する寵姫様でしたら、即座に儚くなられていた事でしょう。いえ、それ以前にまず追放などさせませんでしょうから」

「当たり前よ。あれほど寵姫を大切にしているんですもの。もし、自分から奪う奴が居たらどんな手段を用いてでも潰して、絶対に手元から離すものですか」


 だから、それをせずむざむざ手放した王妃は王にとってはそれほど大切ではなかったという事。

 いざとなれば王は手放す事を選べるほど、どうでも良い存在だった。


 茨戯は嘲笑し、令もその通りと同意する。

 それぞれの心の中に、真実をひた隠しながら。


 カサリと小さな音が聞こえる。

 それが、少しだけ離れて行くのを耳で捉えながら令はホッと息を吐いた。


 やはり、来ていたのか。

 王宮ほどでなくても、必ずつく監視。

 だから、言えない。


 真実など。


 王妃を守る為には、偽り続けなければならない。


 そうして令は、自分の主を見つめる。


「そうよ。陛下には王妃なんて必要ないわ。必要なのは、大切なのはアノ子だけ」


 寵姫と言わずアノ子と告げたそこに、令はそれが指し示す真の相手を思う。


 朗らかに笑う少女だった。

 大戦時代から、ずっと一緒に居た。


 陛下が連れて来た、戦争孤児。

 それが陛下の幼馴染みだと知ったのは、陛下自身の紹介から。


 あの冷酷な佳神が長年懸想していた相手は一体どんな少女だろうと興味を覚え、そして愕然とした事は今でも鮮やかに思い出せる。


『しゅ、萩波、お前ペドフィリアで捕まる気――』


 そうして殴られた明睡に、他の者達が一瞬にして黙らされた。

 それがいけなかったのだろう。


 まだ十二歳だった王妃はそれから間もなく、食われた。

 え?数年は経っている?


 何を言う!神は五十年で一歳年を取る生き物。

 十二歳で保護され、その後十三には全く満たずにそんな恐ろしい目にあわされた王妃の心中を思うと――。


 しかし、あの次元が違いすぎる強さを持つ王に勝てる相手など居なかった。


『せめて、せめて果竪が十四になるまで待って下されば』


 そう嘆いたのは、誰だっただろう。


『なんで十四』

『だって人間界のある精神医学の診断基準では、小児性愛の対象年齢は十三歳以下! だから十二歳の果竪に手を出した事で、萩波様は正真正銘の変態に成り下がってしまったという事です!』


 ああ、思い出した。

 その毒舌をさらりと吐いたのは涼雪だ。


『それも、十三歳以下と子供を作る行為をした時点でもう完璧アウトです! せめてキスや手を繋ぐ行為であれば』

『ってか、別に十四になってようと、果竪の外見年齢からしたらどっちにしろアウトでしょう』

『何を言うんですか茨戯様っ! たとえ見た目的にはアウトでも精神医学的にはオッケーです!』


 令はその時、自分の主が確かにどん引いた事を覚えている。


『じゃあ涼雪は、実年齢は十四歳でも見た目は十歳ぐらいの果竪に萩波がいやんな事を色々したとしても普通だって思えるの? 僕的には病気だと思うんだけど』

『病気じゃありません! 精神医学的にはオッケーなんです! それに、貴族の方達なんて十歳ぐらいで結婚なんてざらじゃないですか!』

『結婚だけはね、うん』


 実際に手を出すまでにはかなりの時間があると信じたいと思ったのは、朱詩だけではなかった筈だ。

 しかし一番最悪だったのは。


『涼雪、ありがとうございます。あなたの言葉で私は自信が持てました。つまり、果竪が十四歳になればナニをしてもいいのだと』

『萩波様――』


 精神医学的にはセーフでも、法と社会倫理的にはアウトだろ。

 しかし法と倫理すらあってないに等しい無法時代だった当時。


 もし今なら速効で治療施設に送り込むことに皆が同意しただろう。

 だが、この国では国王たる萩波が法そのもの。

 なんてメンドクサイ事態になってしまったのか。


 と、そこで令はある事に気づいた。

 自分の主である茨戯とその養い子である葵花に纏わる重大な事実に。

 元々は純粋な養い親と養い子という関係が、あの煉国の一件にて大きく歪み、今では葵花は茨戯の専属娼婦の様な立場を強いられている。


 そしてその最初の始まりは今から百年、いや、百五十年近く前。

 葵花がまだ十三歳の頃に、彼女は茨戯によって女にされた。


「すると長も精神医学的にアウトという事か?!」

「は? ナニがアウトなのよ」


 もちろん、神として以外に何があるだろうか。

 ただし、実際に令が通報したかどうかについては、その後も茨戯が娑婆を自由に闊歩していることから実現しなかったと思われる。


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