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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第四章 交流
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第三十八話 閉ざされた家

「淳、飛」


 全てを凍てつかせる様な友神の瞳に、蓮璋はゴクリと唾を飲んだ。


「聞いた事に答えろ。どうして、ここに居る?」


 理由を言おうとするが、あまりにも冷たい射貫く様な視線に絡め取られ、上手く言葉を紡げない。


「黙りか」


 違う。

 言わなければ。


 けれど、言葉が――。


「お礼を言いに来ました」


 必死に言葉を絞りだそうとしていた蓮璋の隣で、王妃が口を開いた。

 淳飛の視線が王妃に移る事で、蓮璋は我が身を呪縛するものが消えて大きく息を吐いた。

 しかしすぐに王妃へと視線を向ける。

 自分でさえこうなのだ。

 王妃も――。


「昨日の事で」

「礼ならもう言われた」

「まだ全部言ってないです」


 その言葉に、淳飛が訝しげに王妃を見る。


「連れて帰ってくれた事のお礼は言いました。でも、薬草の集め直しの方ではまだお礼を言えてなかったから――だから、ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げる王妃に淳飛の目が見開かれる。

 その反応に、蓮璋もようやく我に返った。


 王妃が、平民に頭を下げる、その意味に気づく。


「お、王妃様っ! おやめくださいっ」


 平民に、しかも仕方が無かったとはいえ、王妃を強引に連れ去った者達に頭を下げるなどしてはならない事だ。


 しかし、王妃は蓮璋の制止に逆に問い返した。


「どうして駄目なの?」

「え?」

「助けてもらったらお礼を言う。それは、当然の事でしょう?」


 当然の、事。

 蓮璋だけでなく、淳飛も王妃を見つめる。


「助けられれば、助けてくれた相手にお礼を言う。お礼をする。それは、どんな身分だろうと地位に居ようと関係なく行われる事だと思うの。違うかな?」


 上からではなく、同じ位置からそう質問する王妃に、蓮璋は言葉を詰まらせる。

 どうして、こう、この王妃は。

 地位も身分も何もかもをすっ飛ばし、同じ立ち位置で話そうとする、王妃。


 むしろ身分や地位にこだわっているのは自分達だと、その瞳を見る度に思い知らされる。

 恥ずかしさに身を焦がす。

 いや、待て。

 そもそも、これは恥ずかしさを感じるものだろうか?


 王妃と平民。

 違いすぎる地位と身分。

 それを踏まえた接し方をするのが当然な筈なのに、この王妃の前ではそれをする自分に恥ずかしさを覚えてしまう。


 なのに――。


 良いのだと、誰かが言う。

 この王妃に対しては、同じ場所で居て。


 王妃が向けてくる視線に、蓮璋は心が震える。

 これはなんだろう。

 いや、そもそも自分は知っていたはずだ。


 そう。

 最初からそう。

 最初から、この王妃は自分達が想像する王妃像に全くそぐわなかった。


 強引に連れ去った自分達を憎むどころか、手助けしたいと願い出た王妃。

 そんな王妃だからこそ。


「王妃、様」


 蓮璋の手が、何かを求めるように伸びていく。


 しかし、それを厳しい声が遮った。


「ならもう良いだろう」

「淳飛っ」

「たった今礼を受けた。だから、もう俺には用は無いはずだ」

「お前、そういう言い方は」


 そこで、蓮璋の言葉が詰まる。

 向けられた視線は相変わらず、いや、先程よりも冷たく凍えていた。

 憎むとか恨むとか、そういうものを超越した、無関心の視線。

 ぶるりと体が震え、例えようのない恐怖に身をすくめる。


「他には用はあるのか?」

「えっと、これ、お礼に」


 そう言うと、果竪はいそいそと取り出す――


「大根?」

「そうです。これが、私の愛する白く艶めかしい大根! 食べて美味しい、飾って嬉しい、抱き締めたらもはや天国へいけます!」

「熱で腐るだろ」

「末永く愛してあげてください」

「妙なもん押し付けるな。そして嫌がらせに来たのか」


 淳飛の冷静、けれど少しだけ後ずさってのツッコミに果竪がクワッと目を見開いた。


「嫌がらせなんてとんでもない! むしろ、この煮えたぎる感謝の念をどう伝えようかと夜も眠れずに愛する大根達と相談してたんですよっ」


 淳飛の脳裏にその光景が浮かび、更にドン引いた。


「それで、蓮璋に淳飛さんには幼い妹さんが居るって聞いたから、是非ともその心を慰め」

「王妃、余計なお世話って言葉は知ってるか?」

「淳飛っ!!」

「うん。余計な気を遣わせてごめんね、でも嬉しいわ愛する大根! って気持ちですよね?」


 駄目だ、早くこいつをなんとかしないと


 淳飛だけでなく、蓮璋も実はそう感じたのは内緒である。


「永久に一緒に居られるように、きちんと防腐処理したから大丈夫」


 余計な事しやがって――と、この場合罵っても大丈夫だろうか?


 と、もしここに明燐が居たら即ゴーサインが出されただろう。

 しかし、ここに居るのは大神な二神。


 言いたい事を飲み込み、ひたすらに空気を読む。

 というか、空気を読んで何も言わないでおく。


「大丈夫です! ちゃんと贈呈用にリボンもつけてます」

「いや、問題はそこじゃないです」

「蓮璋……」


 むしろ怒りは自分に幼い妹が居ることを暴露した、こいつ。

 蓮璋は淳飛の怒りに慌てた。


「いや、まさかこんな事になるとは」

「因みに、リボンは妹さんの好きな白色です」

「蓮璋」

「ちょっ! 俺はそこまで話してないっ」

「そうです! そこは老師に聞きました」


 老師――その単語が出た瞬間、蓮璋は立ちくらみを起こす。

 それほどに凄まじい、言葉で説明出来ない空気が辺りを支配する。


 しかし――。


 カタン……。

 何かが落ちる音が、扉の向こうから聞こえた。

 かと思った次の瞬間、ガタンと更に大きな音が聞こえた。


「っ?!」


 反射的に、蓮璋は扉を振り返る。

 そして手を伸ばし、扉に触れ。


「触るなっ!!」


 ぐいっと手首を掴まれ、蓮璋の体が後ろへと投げつけられた。


「蓮璋!」


 地面にしたたかに打ち付けられた蓮璋は、体の痛みを堪えながら淳飛を見上げた。

 そしてその冷たすぎる眼差しに怒りの炎を宿す瞳とぶつかる。


「淳」

「とっとと出て行けっ」


 今までにない反応。

 無関心でもぶっきらぼうでもない、怒り沸き立つ激しい感情をぶつけられ、蓮璋は息をする事すら忘れかけた。


「淳飛さん、あのっ」


 果竪が落ち着かせようと声をかけるが、それを無視して淳飛は家の中に入ってしまった。

 果竪の目の前で乱暴に閉められた扉が、激しい拒絶を表している。


「蓮璋、大丈夫?」


 扉をしばし見つめていた果竪だが、ほどなく蓮璋に駆け寄り体を起こす手伝いをする。


「一体、どうしちゃったんだろ」

「……」


 不安げな王妃の言葉に蓮璋は答える言葉をもたない。

 淳飛の今までにない反応。

 確かに、父親の一件以降は蓮璋に対しても拒否的な所はあった。

 けれどここまで酷いのは見た事が無い。


 何故?


 そう心の中で問いかけた時、どこかで嘲笑う声が聞こえた。


「蓮璋?」


 ホントウニキヅカナイノカ?


「蓮璋、どうしたの?」


 誰かが、いや、自分の中の何かが蓮璋を笑い続ける。

 同時に、激しい頭痛が蓮璋を襲った。


 思い出さなければならない。

 知っているはずだ、自分は。


 けれど、思いだそうとすると起きる激しい頭痛。

 いや、これにも覚えがある。


「れ、蓮璋っ!」


 王妃の慌てた声が遠い。

 蓮璋は遠くに自分を心配する声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。



 扉が後ろで閉まる。

 木の板一枚を挟んだ外で王妃の悲鳴が聞こえたが、淳飛の視線はただ一神にだけ注がれていた。


「……母さん」


 土で出来た床に蹲る相手に淳飛は柔らかく微笑んだ。

 けれど、母と呼ばれた相手は息子の呼びかけにも微動だにしない。

 クチャクチャと何かをしゃぶる様な音だけが辺りに木霊する。


 そんな母の側には、淳飛が最近作ったばかりの木の机があった。

 その上から滑り落ちた食べ物は床に飛び散り、食べる事は難しい状態となっていた。

 けれどそんな事は構わない。


 また取りに行けばいいのだから。


「母さん、大丈夫だよ」


 ひたすらクチャクチャ、ピチャピチャとそれを舐める母を淳飛は抱き締めた。

 そしてその小さな体を抱き上げると、淳飛は部屋の奥へと向かう。


 部屋の数は二つ。

 奥に、もう一つだけ部屋がある。


かずら、入るぞ」


 粗末な木の扉を開け、淳飛は奥へと進んでいく。

 その奥にある粗末な寝台の一つに母を寝かせると、その隣にあるもう一つの寝台に腰掛けた。


「今日はお前の好きな水苺を持ってきたぞ」


 声をかけ、髪をすき、抱え起こしてその口元に水苺を運ぶ。

 口元からこぼれ落ちれば潰して含ませる。


 何度も。

 何度も――。



 ……オロカナオトコヨ




 ほほほ、と室内に木霊する笑い声。

 手を止めた淳飛の手から、透き通る淡い水色の果実が床へと転がり落ちた。


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