第三十七話 逆転
その家は、居住区の外れの林の中にポツリと建っていた。
「淳飛の家は、居住区の竪穴住居じゃないんだね」
「ええ――」
明燐に内緒で蓮璋に連れられてやってきたのは、小さな掘っ立て小屋だった。
それは、殆どの隠れ里の住神が居住区に住んでいる事からしても特殊な例と言えるだろう。
「……他の神達と一緒に住むのが嫌だった、から?」
「鋭いですね」
蓮璋は瞬時に指摘した王妃に苦笑しつつ、友神の家を見た。
ここは、彼とその家族が住む家。
ここを訪れる者は、限られた者しか居ない。
そうなるように、淳飛と民達の間で無言の取り決めが行われたから。
「いくら極限状態だったとはいえ、自分の父親を殺した者達と同じ場所に住むというのは耐えられないでしょうから」
「……」
そう、この隠れ里に淳飛の父親を殺した者達は居た。
生きて、普通に生活している。
加害者と被害者遺族が、殺神者と殺害された者の家族が一緒に生活しているのだ。
普通ならまずあり得ない事だ。
それでも坑道から脱出した当初、逃げていた時はその事に言及する者は居なかった。
皆が皆、そんな余裕すらないほど追い詰められていたからだ。
それは一種の異常状態と言っても良い。
けれど此処に逃れ、少しずつ落ち着いてくると、それは少しずつ浸食していった。
殺した者達は罪悪感を覚え、淳飛の家族を忌避した。
淳飛達の方も、いくら極限状態だったとはいえ、自分の父親を殺した者達が罪にも問われずのうのうとそこに居る事に耐えられなかった。
いや、淳飛達は何も言わなかった。
けれど、それが無言の責めとして殺した者達に捉えられ、このままではまずいとして住む場所を離したのだ。
そこで何故淳飛の家がぽつんと離された場所に建てられたのか――。
蓮璋は最初、淳飛達を居住区に住まわせようとした。
しかしそれを老師を始めとしたまとめ役の数名が反対した。
殺したのは数名の者達だが、それ以外の者達だって罪があるのは一緒だと。
止めきれず、見ているだけしかしなかった――傍観の罪。
それは、殺神と同じぐらい罪深いとして。
蓮璋は何も言えなかった。
あの時、蓮璋は間に合わなかった。
自害しようとした者達を落ち着かせている時に起きた悲劇。
蓮璋の居た場所からは遠くて、駆けつけた時には何もかもが終わっていた。
坑道に飛び込んだ蓮璋と始めに出会ったのが淳飛だった。
ボロボロの蓮璋に何かを感じながらも何も言わず、頭が混乱していた蓮璋を落ち着かせてくれた。
『落ち着け!!』
強い一撃と共に、吹っ飛んだ。
けれど、それがなければ蓮璋は何をしたかわからなかった。
それほどに痛めつけられた体と心は脆弱し切っていた。
「蓮璋は淳飛の事が好きなんだね」
「……」
よく笑う青年だった。
それが、父親が亡くなってからは殆ど喋らなくなり、話をしてもぶっきらぼうに返すだけ。
周囲は腫れ物を扱うように接し、父を殺した者達はびくびくと怯えていた。
悪いのは殺した者達だというのに。
いや、そもそもどうして殺した者達は何の制約もなしに里を闊歩しているのだろう。
あの状態では仕方が無いと老師達は言った。
したくてしたんじゃない。
仕方が無かった事だと、何度も、何度も。
ならば、淳飛の父は仕方が無いから殺されたのか?
殺されても仕方がないから?
いや、そもそも淳飛の父に殺されなければならない理由などなかった。
あの極限状態の中でも周囲を気遣い続けた淳飛の父。
殺されなければならない所など、何一つなかった。
そう訴え続けた自分。
たとえ仕方が無かったとはいえ、殺したという罪は消えない。
その罪が正しく裁かれるまで、制約と拘束を――そう訴えた。
訴えた、筈。
なのに、実際には殺した者達は普通に生活し、何の制約もなく自由に出歩き、被害者家族の淳飛達はこうやって片隅に追いやられている。
何故?
『お前だけは……いや、もういい』
淳飛の自分を見る眼差しから、感情がそげおちていく。
そう、あの日から淳飛は。
淳飛は。
「蓮璋」
王妃に呼ばれ、蓮璋が弾かれたように顔を向けた。
その様に、王妃がギョッとする。
「あ、すいません! な、何ですか?」
「いや、そろそろ淳飛さんに会おうって」
「あ、は、はい」
話はそれからだ。
蓮璋は扉を軽くノックした。
「すいません、蓮璋です」
扉の向こうに居る相手へと声をかける。
「……」
「……」
もう一度、叩く。
もう一度、もう一度。
「……」
「……」
何度か叩いて声をかけるが、何の応答もない。
「留守かな?」
「いえ、淳飛は留守だとしても、母親と妹が居るはずですが」
「体調が悪くて出てこれないとか」
「それはありえますね」
体の弱い二人だ。
臥せっていたとしても不思議ではない。
そしてそれを更に悪化させたのは、紛れもなく淳飛の父の死。
「あ」
「王妃様?」
何かに気づいたように声を上げる王妃に、蓮璋はつられるようにして視線を向けた。
すると、そこには微かに隙間が開いた扉があった。
開いてる?
さっきは開いていただろうか?
思いだそうとするが、上手く思い出せない。
開いて居なかったーーとも思うが、確証がない。
その扉が、さらに隙間を大きくする。
風で煽られて開いたという事に気づくが、その隙間を見ていた蓮璋は奇妙な感覚を覚えた。
まるで、自分を誘っているようだ――
普通に考えたらありえないことだ。
向こうに居るのは、淳飛の母親と妹が居るだけしかないのに。
いや、あの二人だからこそ誘いたくなどないだろう。
二人とも何も言わないが、渦巻く思いは決して消えない事は蓮璋にもわかっていた。
その時、カタンと何かが落ちたような音がした。
「今の音――蓮璋?」
無意識に手が伸びる。
音の正体を知りたくて、いや、知ろうとする思いの前にただ体が動いていた。
蓮璋の手が扉に触れ、一気に開こうと力を入れたその瞬間。
バンッ――!!
「っ!」
凄まじい勢いで閉められた扉。
けれど、蓮璋が本当に度肝を抜かれたのは、その扉を横から閉めた相手の形相だった。
「何を、して、いるんだ?」
「――っ!!」
怒りを含んだ鋭い視線を自分に向けてくる淳飛に、蓮璋は息をのんだ。




