第三十五話 浅慮な振る舞い
それは、果竪が今まで見てきた中で最も平凡に相応しい相手だった。
凪国上層部の様な蠱惑的な肢体も持っていない。
凪国上層部の様な妖艶な色香も持ってない。
凪国上層部の様な誰もが息をのむ艶やかさも、清楚可憐さも、優美さも、何もかもない。
十人並みな容姿に、十人並みな声音。
けれど、その瞳に宿る確かな意思の光に果竪は魅入られた。
「で、なんであなたが此処にいるんだ?」
「へ?」
「王妃が一神でこんな所にいる理由を聞いている――まさか、逃げ道でも探していたのか?」
「逃げ道?」
淳飛の言葉に果竪はしばし考え込む。
逃げ道といっても、この森からはどうやっても外には出られないだろう――地形的に。
淳飛が大きく溜め息をついた。
「その様子だと今まで考えもつかなかったみたいだな」
「いえ、逃げ道というか、この森からだとそもそも地形的に無理だと思います、外に出るの」
「……」
果竪の最もな言葉に淳飛がだまる。
「え~、と、とにかく、その、薬草も集まりましたし、そろそろ戻らないと」
「は?」
「は? って――あの、私は薬草を集めに来て……って、淳飛さんはどうしてここに?」
薬草集めの為に集まった者達の中に淳飛の姿はなかった、筈。
しかし、そんな果竪の考えを淳飛はあっさりと否定した。
「薬草とりに決まっている」
淳飛の肯定を意味する言葉。
それはあまりにも自然に紡がれた。
「そ、そうだったんですか」
果竪は見ていない。
しかし、あの時集まった者達が必ずしも全てとは言えない。
途中から話を聞き付けて参加したのかもしれない。
「じゃ、じゃあ」
帰りましょう――そう言いながら踵を返した果竪にそれは降ってきた。
「で、俺から質問だが」
「へ?」
「逃げ道を探していないんなら、なんで王妃様は一神で此処にいるんだ? いや、そもそもどうして薬草集めになんて参加している?」
淳飛の質問に果竪は首を傾げた。
「なんでって……だから薬草集めに来たからで、参加したのは神手が足りないと思ったからです」
すると淳飛がブッと吹き出し笑い出した。
「そんなものは下々の者に任せておけばいいだろう?」
「下々って……」
皮肉げに笑う淳飛に果竪は言葉を失った。
「そういう泥臭い仕事は下っ端がやるものだ。王妃なんていう傅かれるのが当然な高貴な存在がやる必要はない」
「どうしてですか?」
「どうしてもこうしても、そう決まっている。それともなんだ? この凪国王妃は違うとでも言うのか? は! そんなわけないだろう?! この炎水界でも一、二を争う大国が」
全ての国々の模範になっていると言っても過言ではない凪国。
この国を真似する国は実はとても多い。
法、制度、設備、そして――。
「そこの王妃であるあんたが泥仕事? そんな事がある筈が無い」
「あ、あの」
「そもそも、常に後宮の奥にいて公式行事にすら姿を現さない箱入り王妃のあんたが泥だらけになる薬草集めを手伝う?どんなお涙頂戴の話だよ」
何故だろう?
どうして彼はこんな事を言うのだろう?
喧嘩腰で挑戦的な態度の淳飛に、果竪は混乱した。
「はっきり言うよ。所詮王妃と俺達の立場は違う。それどころか、ここで必要以上に王妃様に何かあれば、俺達は助かるどころか首が飛ぶ」
「そんなこと」
ない――そう言おうとしたが、向けられた淳飛の視線に果竪は息をのむ。
「そんなこと、何?」
「あ、あの」
「それとも、本気で苦しんでいる俺達への同情からだとでも? ああ、高貴な方々はそういうのが好きだよな? 本気であなたたちの行く末を心配してとかなんとか。施しが美徳と本気で思っているような神種だもんな? で、口ではどう言ってたって気紛れに手を出して飽きたらそのまま放置」
淳飛の言葉に果竪は言葉を詰まらせた。
いまだに、そういう者達は多い。
大戦前、最中に比べるとかなり減ったが、自分の自尊心を満足させる為に施しを与えようとする者達は。
果竪はそれを見る度に哀しくなっていた。
そして、自分はそうならないようにと固く心に誓ってきた。
それに、自分自身は元々平民で田舎者だからと、王妃であろうと心だけは民達側に立っていた。
けれど今、とんだ傲慢だと思い知らされた。
以前はなんだろうと、心はどうだろうと、今の果竪は王妃。
果竪がどう思うのではない。
周囲がどう思うかが大切であり全てなのだ。
ただの村娘である果竪が一神で森の中に入っても、心配されて怒られてそれですむだろう。
けれど、王妃である果竪がそれをすれば大問題になる。
そして、ただの村娘である果竪が大変そうだと手伝って助けとなり感謝される事でも、王妃である果竪であれば気紛れの行為、施しとしか見えない者達も居るのだ。
「俺達は、あんた達の自尊心を満足させる可哀想な玩具じゃない」
淳飛の冷たい言葉に、果竪はぎゅっと服を握りしめる。
可哀想な玩具――。
そんな事、一度だって思った事なんてなかった。
ただ……助けたかったのだ。
本気で、助けたかった。
少しでも力になれればと思っていた。
その思いだけで動き、手伝った。
だが今、それがとんだ思い上がりなのだと、思い知らされた。
もちろん全ての者達がそう思わなくても、こういう風に考える者達が居る事にまで考えが至らなかった浅慮さに項垂れる。
分かってはいるのだ。
全ての者達に認めるれる様な存在になどなりえはしないのだと。
それを当然の様に成そうとするのは、単なる傲慢でしかない。
それでも、今回のことは。
もう少し気をつけ、もう少し相手の立場に立って考えれば少しは分かる事だった。
そしてそれは、明らかに果竪の配慮が足りない証そのもの。
「ごめんなさい」
果竪は頭を下げた。
心から、淳飛に不快な思いをさせた事を謝罪する。
「――っ」
一方、淳飛は信じられない面持ちでそれを見つめていた。
まさか、頭を下げて謝られるなんて思ってもみなかった。
相手は王妃。
それも、大国の王妃なのだ。
確かに二十年ほど追放されていて、下々の不自由な暮らしの中に放り込まれていたとはいえ、それでも王妃である。
最低限の衣食住は保証されていただろうし、当然身を守る警護の者達だって付き添っただろう。
自分達が追っ手に怯え、領主達によって強いられた悪夢の過去に苦しみながらこの仮初めの安住の地で細々と暮らしている間、ずっと、大切に守られていた王妃。
守られて当然の王妃。
守られなければならない王妃。
好き勝手すればこちらが被害を喰らうと言ったが、それが半分は言いがかりである事、いや、自分にはそんな事を言う資格すらない事など、当然ながら淳飛には分かっていた。
王妃を攫いここに閉じ込めた一味の者が何を言うのか。
事情を知る者達は誰もが非難するだろう。
当然、王妃だって非難して良かった。
いや、非難するべきだった。
こんな自分勝手で身勝手な男の言葉など一笑に付せば良かったのだ。
なのに、王妃は謝った。
突然付けられた言いがかり。
気紛れに施しを与えたのも、飽きて捨てたのも、王妃ではないのに。
それでも――。
「私の考え無しの振るまいで嫌な思いをさせてごめんなさい」
「なんで……あやまるなよ」
なんで謝るのだ。
なんでそんな哀しい目をするのだ。
こちらの叫びも何もかも無視してきた者達と同じ支配者側に属しているくせに。
王妃は、本気で自分の行為を淳飛に詫びていた。
「……」
「でも、これだけは信じて。私は中途半端な気持ちでやったんじゃない。本気で、少しでも手伝いたかったんです」
そんなの、目を見れば分かる。
声を聞けば、分かる。
それが嘘か本当か、なんて。
「それに、蓮璋が怪我したのは私にも原因があるし」
「え?」
蓮璋の名に淳飛は顔を上げて王妃を見つめた。
「私がもう少し早く助けていれば」
そんな不吉な物言いに淳飛が口を開こうとした、その時だ。
「いくら助けを求めても間に合わないからって、明燐の言葉責めの前にさらし続けたばっかりに蓮璋が足首を痛めちゃったから」
「は?」
「でもああいう時は下手に止めると明燐が恐いし……それに、明燐は自分の楽しみを邪魔されると本気で怒るからなぁ」
因みにどうなると言うのだ――と淳飛は突っ込んで後悔した。
「鞭の」
む、鞭?!
「柄を使って全力での一撃」
「暴力?!」
「あと、座るところが尖った木馬に乗せたり」
「木馬?!」
「他にもヒールでぐりぐり」
「女王様だろそれっ!」
「違います、凪国の侍女長です」
そして着る服はこう――と、地面に果竪がガリガリと描いた明燐の戦闘コスチュームに淳飛はひいた。
「それ、下着だろ! 殆ど出てるだろ!」
「え? でも明燐いつも言ってるし。『私に余分な布など必要ありません! むしろ女は見られて美しくなるものです。それに人間の祖先は全裸ですし、動物は服など着てません』って」
「バカ! それ露出狂がよく使う言い訳だよ! よくねぇだろっ」
「まあ、いくら明燐でも私の愛しい大根の麗しい白い裸体には敵わないですけどね」
そうしてウットリと祈る様に手を組み何かに酔いしれる王妃に淳飛は悟った。
王妃とはやっぱり自分達には理解しがたい存在なのだと。
ただし、その方向性と基準は少し、いや、かなり以前と違ったものだったが。




