第三十一話 どちらがマシか
日が昇り、日が沈む――毎日がそれの繰り返しだった。
そうして日が昇ると同時に起き出して仕事をし、日が沈み夜空に星が瞬く中眠りに就く。
それは隠れ里に来てからも変わらない。
それでも、以前は日がのぼるのが怖かった。
日は、全てを照らし、闇に隠れる自分達の姿さえも照らし出してしまうから。
しかし、隠れ里に連れて来られた王妃が目覚めてから、次第に村人達は太陽の光を怖がらなくなっていった。
特に、子供達に笑顔が増えたと、蓮璋は思う。
証拠を得る為の準備だけではなく、この集落の仕事も請け負っている蓮璋の耳に子供達の笑い声が聞こえて来た。
楽しそうな声に、自然と蓮璋を始めとした大人達の心も浮き立ってくる。
まず始めに遠くに姿を見せたのは、王妃だった。
「元気そうですな」
「本当に」
手ぬぐいで汗を拭う中年の夫婦が、遠くの王妃に対して好ましげに笑う。
王妃が目覚めてから今日で四日目。
王妃が此処に来てから一週間。
子供達の面倒を見始めてからまだたった一日しか経過していないのに、王妃はすっかり子供達と仲良くなってしまった。
そこに居るのは、王妃というよりは子供達と一緒に遊ぶ遊び仲間のようだった。
まあ、見た目はかなり幼く見えるが――といっても、彼女は正真正銘の十七歳。
しかも王妃だ。
子供達も最初は共に遊ぶ事に躊躇したが、そんな彼らにたいして王妃は自然に遊びの輪に加わっていった。
今では、彼らは王妃を姉のように慕っている。
それまでは恐怖に怯えて殆ど家から出なかった子供達の良い方向への変化に、大人達の方も親達を中心に笑顔が広がっている。
そうして親達を始め、他の村人達の信頼すらもたった一日で王妃は勝ち取ってしまった。
流石は王妃様――いや、違う。
蓮璋ははっきりと断じた。
王妃様だからではなく、彼女だからこそ、それを成し得たのだ。
あれだけ多くの子供達に慕われる姿に、蓮璋は自然と笑みを浮かべる。
すると、王妃が子供達を輪にし始めた。
何か新しい遊びでもするのだろうか。
円になった子供達の中心に立つ王妃を微笑ましげに大人達が見ていた時だった。
王妃が拳を振り上げ、叫んだ。
「大根は!」
子供達が叫ぶ。
「世界のアイドル!」
ガランと、畑仕事に勤しんでいた中年夫婦が手から鍬を落した。
少し離れた場所に居た他の大人達も次々と転んだり、固まったり、手に持っていたものを落している。
しかし、それを気にせず更に王妃は続けた。
「大根は!」
「優しい!」
「大根は!」
「素敵!」
「大根は!」
「美味しい!」
そして子供達は拳を振り上げ――。
「大根は世界のアイドル!!」
素晴らしい相づち、いや、タイミング。
そこに無駄はなく、一切の迷いのない答えに王妃が目を輝かせた。
「素敵よみんなっ!」
蓮璋は子供達を王妃に預けた事を後悔した。
どこの新興宗教だこれは。
だが、悩む大人達を余所に、王妃の周りを囲む隠れ里中の子供達は、キラキラと目を輝かせて大根達を称えていた。
「さあ! 今日も元気に大根の歌を歌うわよ!」
は~い、と一点の曇りも無い清らかな心を持つ子供達が元気よく頷いた。
「じゃあ、一番。大根愛と大根の欲望の果てに」
「ちょっと待ってえぇっ!」
蓮璋は王妃へと突進した。
「あ、蓮璋」
「王妃様、一体何してるんですかっ」
「子供達への早期教育」
「早期――」
「英才教育は早ければ早い方がいいのよ。そう、早ければ早いほど純粋に大根への愛を素直に称えられるのだから」
それは言い換えれば、子供のうちに洗脳した方が良いといっているようなもの。
いや、その前に面倒を見て欲しいとは言ったが、洗脳、いや、教育して欲しいとは言ってない。
「いや、あのですね」
「大丈夫! 彼らは立派な大根を愛する子供達に変えてみせるから!」
「本気で止めて下さい!」
はっきりいって、戦隊物の悪役による改造手術と同じぐらいの危険が子供達に迫っている。
蓮璋は、小さい頃に父親が何処かの露店で手に入れた人間界の戦隊物の絵本を思いだし、血の気が引いた。
改造される。
子供達が大根星人に改造――。
「みんな! 大根は」
「最高!」
「大根は!」
「世界のトップアイドル!」
「大根は!」
「王妃様あぁぁぁっ!」
王妃はこれがしたくて子供達の面倒を見ると言ったのではないだろうか――そう勘ぐる蓮璋だったが、先に子供の面倒を言い出したのは老師だと思い出す。
王妃の笑顔が輝いた。
「大根は王妃って、そんな、蓮璋ってば褒め過ぎよ!」
頬を赤らめ、恥ずかしそうに口元を抑えるその姿は正しく恋する乙女。
いや、その前に王妃様、自分はそんな事、一言も言ってませんから。
たまたま、大根はと叫んだ王妃のすぐ後に蓮璋が絶叫してしまっただけで。
「流石蓮璋。女心も分るなんて素敵だわっ」
「ありがとうございます――って、そうじゃなくて!」
女心が分かる要素が何処にあっただろう。
むしろ殴り飛ばされる様な発言しかしていない。
「で、蓮璋、一体どうしたの?」
果竪はようやくそこで蓮璋が此処に居ることに疑問を憶えた。
「いえ、どうしたもこうしたも」
「王妃様、きっと蓮お兄ちゃんもなかまにくわわりたいんだよ」
「そうだよ、いっしょにだいこんのうたをうたいたいんだよ」
なんて事を言うんだこの子達は――!!
しかし、キラキラとした眼差しを向けられ、蓮璋は呻いた。
どうする、オレ。
ここで逃げるの簡単だ。
しかし、逃げれば子供達の信頼を失ってしまう。
たいした信頼ではないかも知れないが、それでも大切な絆。
神としての大切な何かを捨てるか、子供達との信頼を捨てるか。
どうする、オレ!!
「蓮璋も歌う?」
死刑宣告同然の言葉に、蓮璋は目眩を覚えた。
此処に来た事事態を後悔するが、だからといって見過ごす事も出来ない。
やめて下さいと言いたい。
しかし、それで済む相手なのだろうか。
頭の中でぐるぐると回り出す思考。
どうする、どうする、どうする。
「因みにね、決まったステップがあるの」
王妃の笑顔が一段と眩しくなる。
駄目だ、そこまで行ったらもう戻れない。
ダラダラと大量の汗を流しながら、蓮璋は危機に陥っていた――神としての何かの。
「ねえねえ、連兄」
「ん?」
くいくいと服の裾を引っぱる子供に蓮璋が反射的に笑いかける。
その子供は、蓮璋に一番懐いている女の子だった。
「あのね、わたしね、やさいたべられるようになったの」
「え?! 本当なのか?!」
子供達の中でも特に偏食が激しく、野菜を食べられなかった子なのに。
「おうひさまとね、がんばったの」
王妃様と?
キョトンとする蓮璋に果竪が胸を張る。
「そういえば、今日の朝食では子供達の食べ残しが全く無かったな」
何時の間にか集まってきた村人達。
彼らは自分達の家の朝食を思い出し、口々に言った。
こんな場所では野菜が中心となる食生活。
当然、野菜が苦手な子供達はいつも食べ残しをしていたが、今日に限ってはそれがなかった。
すると子供達が嬉しそうに我先にと話し出した。
「やさいたべれたの」
「あのね、王妃様が作ってくれたの、凄く美味しかったの」
「だから、食べれるようになったの」
どうやら子供達は王妃の手料理で野菜嫌いを克服したらしい。
というか、王妃の手料理?
「い、何時の間に?!」
「ふ、愛する大根達の素晴らしさを子供達に広める事に関しての私に一切の隙はないわ!」
いや、大根はどうでも良いから。
「というか、大根以外も朝食で出してましたが」
むしろ、大根なんてなかったが。
あるのは、やせ細った野菜だけである。
「ってか、どうやってコイツらに食べさせたんですか? もう筋金入りの野菜嫌いだったのに」
子供の父親の一人だろう。
二十代後半の男の質問に、他の親達も興味津々に王妃を見る。
「簡単よ」
簡単?!
蓮璋も含め、全員がゴクリと唾を飲込む。
「大根の波瀾万丈神生を切々と語っただけ」
どう反応していいか、大人達は全員が困った。
「そう、ある国の王族の子として生まれた一人の大根。けれど、裏切りにあい奴隷に落されてしまった大根。そこで裏切りと友情、更には幾つもの困難を乗り越え最終的に世界のトップアイドルに花開くその物語を語っただけよ」
「どこの世界の王族ですか」
「もちろん、大根の世界の王族。但しこれは一例に過ぎず、平凡な家庭に生まれた大根も居れば、他には優秀すぎる両親の元に生まれた為に不良神生まっしぐらの大根も居て」
子供達から口々に大根の世界に行きたいとの言葉が上がった。
駄目だ、このままでは子供達が連れて行かれる――!!
「さあ、もっともっと愛する大根達を称える」
「果竪、何してますの?」
「はぅぅっ!」
飛びあがる王妃。
反対に、そこに居た村人達全員がザッと道を空け、更に王妃の前まで赤い絨毯が敷かれる。
何処から赤い絨毯が――という突っ込みを蓮璋がする間もなく、明燐は見事に履きこなしたピンヒールで絨毯を踏み締めていく。
更に、明燐のバックに花弁を巻くのは、見覚えのある村人の少女達。
どうやら、こちらでも何かまずい事が起きている――。
「明燐、なんで花弁がまかれてるの」
代わりに質問してくれる王妃に蓮璋は心の中で応援すれば、明燐が艶やかに微笑み爆弾発言を下す。
「是非とも私に仕えたいと言われまして」
ふっと鼻で笑い明燐が胸を反らせば、大きく揺れる乳房の動きに蓮璋以外の村人達がクラクラと目眩を起こし倒れていく。
というか、一体これは何なんだ。
何が起きているのだ。
蓮璋は大きく深呼吸し、必死に頭を巡らせる。
とりあえず、王妃がまだ目覚めていない時にはこんな事はなかった筈。
「昨日から果竪も寝台から動いても大丈夫になって心配が減りましたので、私も普段通りに振る舞えるようになりましたの」
普段通り?!
「――そういえば、うん、そうだよね」
「何がそういえば?!」
「……いや、なんていうか、うん。ただ、この隠れ里が既に明燐によって半分以上は掌握されているって事で」
しょ、掌握?
「というか、下僕化?」
とんでもない発言に、蓮璋が度肝を抜かれる。
「大丈夫、いつもの事だから!」
「どこが大丈夫なんですかっ!」
というか、いつだ?!いつの間に掌握された?!
だが、そこで蓮璋は明燐の言葉を思い出す。
先程明燐は、心配が減ったから普段通りに振る舞ったとか言っていた。
という事は、少なくとも動き出したのは昨日からで――。
「たった一日?!」
一日で下僕化したのか?!
蓮璋は下僕という言葉を認めがたかった。
しかし、どう見ても明燐に付き従う若者達は下僕そのもの。
若い少女も居れば、若い少年達も居る。
そこに、子供を持つ親達も今加わり始めていた。
「隠れ里の八割は掌握しました」
「八割?!」
「蓮璋、大丈夫。逆らわなければ大丈夫だから。それに大戦中は新しい場所に行く度にそうだったし、王宮に居た時も結構あったし」
ツッコみたいところは色々あった。
が、とりあえずまずは、二十年かけて築き上げてきた全てを書き換えられてしまいそうな状況に、蓮璋は恐れ戦く。
しかも、良い方向ならばまだしも、特殊な方向への書き換えである。
「お姉様~」
「じょ、女王様、どうかもっと踏んで下さい!」
「馬鹿! 子供の教育に悪い」
明燐をお姉様と慕う少女達に、仕置きを求める少年達。
もはや子供に見せられない十八禁指定に突入しそうな薔薇の花びら吹き荒れる光景に、蓮璋が怒鳴ろうとしたその時だった。
「わたしもそれやりたい~」
「びしびしするの~」
「お馬さんごっこなの?」
「見るな!」
蓮璋は思い知った。
王妃による大根教の洗脳など、明燐の女王様っぷりに比べれば可愛いものだったと。
そして忙しいにもかかわらず、蓮璋はこの場を収める為に奔走する羽目となったのである。




