第二十八話 査察
「え~と」
「目が泳いでるよ」
床に突っ伏したままの王妃からの鋭い指摘に蓮璋はたじろいだ。
「え、いや、その」
「いいよ、別に十歳で」
読心術?!
「顔に書いてある」
もっと駄目じゃんオレ――。
蓮璋はぶわりと冷や汗を流すが、かといって上手い言葉が浮かばない。
「い、いや、その、見た目じゃなくて中身の方が大事で」
「いいのよ、蓮璋。周囲の男性陣が女性化した時の方がよっぽどスタイル抜群な事実に、いつか大根を原料とした貧乳剤を国中にばらまいてやる!! わあははははは!! なんて思ってないから」
思ってる、絶対思ってる!!
王妃の目はそれほどマジだった。
「果竪、胸を大きくする為には何度も揉むことです! 同性の手でっ」
「いや、違うでしょ! ってかその手は何ですか明燐っ」
わきわきと、イヤらしく胸を揉む仕草をする明燐に、蓮璋は全力で突っ込む。
普通なら、女性同士のそれは妖しささえ醸し出す筈なのに、王妃と明燐となるとどう考えても性的な虐待にしか思えない。
何故だ?
何故そう思ってしまうのか?!
「蓮璋だって女性化したらきっとFカップだよF! 絶対にボボンっキュッボォンだよっ! 酷い! そうやって、私の涙ぐましい未来への輝かしい豊胸願望を、木っ端微塵に吹き飛ばすなんて酷すぎる!」
やってもいない事で罵倒された。
「ってか、勝手にオレの胸のサイズ予想しないで下さい」
「予想じゃなくて算出だよ。身長、体重、年齢、その他諸々から」
余計に難易度上がった?!
そこに明燐の駄目出しを食らう。
「果竪の計算力を舐めないで下さい。全て大根に換算すれば、果竪の能力は完璧です」
「んなっ?!」
なんだその妙チクリン極まりない条件はっ!!
「逆に大根でなければ、二桁と二桁の足し引きすら間違えます」
「駄目じゃん! 間違ったら駄目だろそれっ!」
「でも全て大根を使って考えれば、数学の行列も可能なのです」
能力の乖離がありすぎる。
有り得ないだろ、おかしいだろ!!
「全ては大根への崇高なる愛が可能とするのよ!」
というか、大根の為なら世界征服すら可能としそうに思えるのは何故だろう。
蓮璋は王妃の能力に恐れを成した。
「それで、話は戻りますけど――」
明燐が完全に逸れた話を戻す。
「今回の領主の非道は、是非とも王宮に報せなければなりませんわね」
「そうだね。けど、難しいよ、それは」
「証拠の件でしょうか?」
「それだけじゃないよ」
果竪はよろよろと床から起き上がると、側の椅子に座り直した。
「さっきも言ったとおり、王宮側が気付いていないと言うのがおかしいのよ。あの人達なら二十年もあればその間に確実に気づくわ」
「王妃様?」
「確かに二十年前は気付かなかったかもしれない。というのも――ごめん、こんな言い方すると蓮璋達を傷付けるかもしれないけど、王宮側は他州に構っていられないほど走り回っていたの――私の冤罪を晴らすために」
果竪の言葉に、蓮璋は黙ったまま聞き続けた。
その事件なら料理長から聞いていた。
ゆえに、瑠夏州へと王妃が追放されたという事も。
自分達が坑道に閉じ込められていた時期に起きた、大事件。
時期がたまたま悪かったと、そう思わざるを得なかった。
謂われなき罪にて最も傷ついたのは、王妃様だ。
『なのにあの方は強い――』
料理長の言葉が思い出される。
そう……料理長は言っていた。
ずっと、王妃様は素晴らしい方だと。
なのにどうして、心ない噂が入り込む隙があったのだろう。
蓮璋は自分の馬鹿さ加減に自嘲の溜息をつく。
「でもね、その事件が収束に向かうまでかかったのは二年。それ以降は再び『目』と『耳』は通常通りに戻った筈」
それに事件中も各州に飛ばしていた『目』と『耳』は、そのまま仕事を続行していた。
王の『目』となり『耳』となり。
領主達が暴走しないように、領主では手に負えない問題が起きた時の為に。
事件中も最低限の対処はされていた筈だし、事件後は今までの溜まった分を精算するべく動いた筈だ。
となれば、二十年前は気づかずとも、鶯州に潜入させていた者から、また各州に定期的に入る隠密の査察が王に報告している筈だ。
「まあ、各州には不輸不入権はあるけれど」
領地の政治は領主に任せているが、それでも定期的に査察は入れていた。
特に、鶯州のように隣国と接する州は重点的に。
しかし、その査察でさえ気づかなかったというのはおかしい。
「それだけ領主が巧妙な手口を使ったという事でしょうか」
「そういう考えもあるわね。まあ上層部だって完璧ではないから。でも、違うと思う」
「果竪?」
「確かに崩落事故があった。それは分る。でも、よく考えて。崩落事故で犠牲になるのって普通はそこに勤めている者達よ」
「それは当然ですわ」
何を今更と明燐が答える。
「そう、当然。で、普通に考えてそういう仕事をする人達はどんな人達が多い?」
「それは、やはり男手ですわね。女性は少ないでしょう」
仕事のキツさを考えても、女性は少ない。
「そう。でも、今回死んだとされて坑道に閉じ込められた人達は、その男性だけ?」
「……」
明燐は記事を思い出す。
その崩落による大量の犠牲者達の、内訳を。
「違うよね。ってか、どこの世界に働いている人達の家族全員が、一緒に崩落事故で死ぬのよ」
そう――そんな事はおかしい。
明燐が当時そう思わなかったのは、記事にはそこで働いていた者達だけと書かれていた。
「その家族達は何処に行ったんだろうね? 蓮璋」
問いかけられた蓮璋は、ハっと我に返った。
「何人?」
「え?」
「そこに閉じ込められた人達。数確認はしたよね?」
「あ……」
「そこで自害してしまった人達も加えて、何人が閉じ込められたの?」
蓮璋は、果竪に促されるままその数字を伝える。
「で、明燐。記事の人数は?」
「え?あ――」
明燐からもたらされた人数に果竪は口を開いた。
「同人数だね」
坑道に閉じ込められた人数と記事の人数が一致している。
「家族も働いている人の人数に含められたみたい」
「け、けど果竪。そういうのは、戸籍を調べたら異変に気づくものだと思いますわ」
そう――凪国では戸籍が導入されている。
因みに、孤児だろうと流浪の民だろうと基本的に戸籍は与えられる為、取りこぼしが完全にないわけではないが、殆どの所在は確認されている。
そしてその戸籍は領地、国、監査機関の三段階での調査、確認が義務づけられていた。
また二年に一度、定期的な神口調査なども行われていた。
だから働いている者達だけが死んだとされたならば、当然家族は生きている事になる。
何もないのに居なくなったらそれこそおかしい。
「ですから、隠すのは難しいかと」
「そう、難しい。でも国からおかしいとは言われてないよね?」
「……」
新聞には何も書かれていないし、隣州にも何も届いていない。
「つまりそれだけおかしい事があるのに、国はおかしいとは言ってこない。つまり、おかしくないという報告がされたからじゃない?」
明燐がハッとし、蓮璋は静かに顔を伏せる。
「情報の……改ざん?」
「だと思うよ。というか潜入している人達が気づかないなんておかしい。そもそもそういう大きな事故があったら、国の方でも潜入させている者達に調査を命じるのが普通だからね」
別に領主達を信じていないというわけではなく、第三者の面から客観的な事故原因調査をする為だ。
「なのに気づかない。しかも国にはおかしいと報告しない」
もう言わずとも分った。
「つまり、果竪は誰かその件を黙殺した相手が居ると?」
「うん」
「でも、でもそんな事が」
「ただ、絶対とは言い切れない。あくまで、一つの可能性の話。ただ可能性は高いと思う」
誰がそんな事をしたのかは知らない。
しかし、握り潰したとすれば、領主側に組みしているのは間違いない。
それがどういう理由かは分らないが。
「なんて事を……」
「それに、今も蓮璋達がこうして身を隠し、隠れ里を拠点としなければならないほど、警備が厳しいまま。二十年間もそんな状態を続ける領主の無能さを、普通は王に伝えるよね?」
辛辣な物言いだが、確かにそうだ。
隣国と隣接している州だからある程度の警備は必要だが、それでも蓮璋から聞かされたほどの警備が必要とは絶対に思えない。
むしろそうしなければならない理由があるとしても、それを二十年も民達に強いるほどその脅威をどうにも出来ず、かといってそれを改善する為に国側に訴えがあったような形跡もない。
「密告の事もそうよ。そんな馬鹿な制度が作られたなんて王宮側に知られたら、まず間違いなく激怒してくる。でも、それがない。けど鶯州中にその制度が伝わっているなら、潜入している者達にも当然それは耳に入っているし、その時点で王宮側の指示を仰ぐはず。それもしてない。だから、変なの」
「王妃様……」
「そういった情報を握り潰している可能性は高い。きっと蓮璋達の身に起きた悲劇すらも握り潰していると思う」
「……最悪ですわ」
果竪は蓮璋を見据えた。
「その事には」
「ええ、気づきましたよ」
蓮璋が苦笑する。
「オレ達だってただ黙っていたわけではありませんからね……けど、たとえ握り潰されていたとしても、王に伝えたかった。あいつに、狂わされた民達を、死んだ事にされたまま、追手に怯える生活から抜け出したかった」
だから……。
「だから王妃様に……」
蓮璋は悲痛な面持ちで訴えた。
「でも本当は……巻き込みたくは……なかった」
「……え?」
「どういう事ですの?」
「……」
「蓮璋」
老師の心配そうな声に蓮璋は首を横に振った。
「二十年――あの事件から二十年が経過しました」
その言葉と年月の重みが果竪の心に突き刺さる。
「確かに、警備はキツクなりオレ達の行動は制限された。証拠もなく、出来る事なんて殆ど無かった。けれど、それでもオレ達は……戦い続けていました。たとえ、可能性は低くても、必死に手札を捜した。あいつらに対抗出来るだけの、手札を」
「蓮璋……」
ギュッと手を握りしめ、目を瞑る。
本当に、この王妃様は自分の予想を遙かに超えている。
全てを話す前に、こうも先に見抜かれてしまうなんて。
けれど……もともと、最初から予想外だった。
攫われ、見知らぬ所につれて来られたにも関わらず、こうして積極的に話を聞いてくれる。
こんな王妃様を妻にされている陛下も……こんな、優しい方なのだろうか。
「王妃様、先程証拠の話をしましたよね」
「う、うん」
「証拠はないと……でも、本当は違うんです」
「え?」
驚く果竪に蓮璋は泣きそうな笑みを浮かべた。
「証拠は、あったんです」
「……え?」
「正確には二年前までは、ですが」




