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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第一章 出発
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第一話 見送りと出発

 ああ愛しの大根。

 私の心のマイダリーン!!

 白く輝いていて、私がこの地に戻る、その日まで。


「無理でしょう。所詮は生鮮食品。その水分の多さが仇となり、一月持たずに腐るでしょう」


 明燐めいりんの言葉が果竪かじゅをえぐり抜いた。


「それが嫌ならミイラ化ですね。ああ、でも大根の漬け物は駄目ですよ。永久に持ちませんから」

「のぉぉ!! こんな事なら、麗しい大根の肌を保つ『永遠の美肌大根』研究しておけば良かった!!」


 ぎゃああと叫び転がる果竪から、その場に居た全員が一定の距離を取る様は群舞の如き美しさ。

 それは、先の件ではただ王妃を迎えに来ただけなのに、散々こき使われた使者団も同様だった。


 今回ようやく凪国王妃ーー果竪に帰郷を認めさせるに至ったが、ちょっとだけ帰還延期を願いたかった。

 もちろん、王妃様には絶対に王宮までお帰り願わなくてはならない。

 それは、上層部の命令だけではなく、自分達の想いでもある。

 しかし、他のお世話になった者達への別れの挨拶を一割とするならば、大根への挨拶に残り全てを注ぐ王妃様は酷く近寄りがたかった。


 王宮帰還したが最後、国の全てを大根に変えられそうな気がする。

 売買は基本的に大根による物々交換。

 学校ではまず大根の歴史から教えられ、国の宗教全てが大根教となる。

 大根の人権を保護し、大根を利用した技術開発を行う大根省なるものが作られるかもしれない。


 凪国なぎこくが大根に乗っ取られる!!


 使者団一同がバタバタと倒れていった。


「ちょっ! 何?! どうしたの?!」

「おい、しっかりしろ!!」


 屋敷勤めの者達は、倒れた使者団の姿にひたすら首を傾げる。

 因みに、旅支度をした果竪や明燐とは違い、屋敷勤めの者達は普段通りの着衣だった。

 その意味する所は、此処に残るという事に他ならない。

 元々は、王宮から果竪に同行してきた彼ら。

 上層部でこそないものの、本来であれば王妃の帰還時には共に同行する筈だった。

 だが、まだ不安定な瑠夏州の為にも、暫く残って李盟達と共に経済の立て直しを図るという。


 二十年、王妃を守ってくれた恩を返す為として、その事は既に使者団も了解していた。

 そんなわけで、今回果竪と共に戻るのは明燐だけとなっていた。

 果竪の出発には組合長を始め、李盟りーめい輝凰きおう達も見送りに駆け付けており、静かな屋敷の前はちょっとした賑わいを見せている。


「また遊びに来て下さいね」

「李盟、貴方も領主として頑張るのですよ」

「はい、明燐様」


 麗しく微笑む明燐。

 その姿は王宮までの長旅に供えて華美とはほど遠い装いだが、明燐が身に纏えば慎ましい清楚な装いにも見えるから不思議だ。


 そればかりか、堂々とした風貌は正しく一国の王妃に相応しい――。


「って、逆だろ」

「逆だな」

「逆ですね」

「明燐の馬鹿あぁぁっ」


 縄でぐるぐる巻きにされ、ピンヒールで踏まれている果竪。

 どっからそのヒールは用意したのですか。

 いや、それよりも貴方様が踏まれているのが王妃です。

 例えどれほど明燐が王妃に見えようとも、彼女は王妃付きの侍女長であって、王妃ではない。


 相変わらず逆転主従である。

 しかし、この場合は明燐が王妃に見えるだけで、果竪が侍女長に見えるかと言えばそうではない。

 寧ろ、いたいけな子羊にしか見えなかった。

 というか、あの寸胴体系色気皆無の少女が十七歳という所がまずおかしい。


「だよね、だって私、最初に王妃様があの陛下の妻だって知った時思ったもん」

「私もよ」

「ってか誰だって思うよね」


 ロリコン――と。


「大国の国王なのに」

「文武両道、世界に名高い容姿端麗なのに」

「巧みな政治手腕と絶対的なカリスマ性の持ち主なのに」

「あらゆる方面の才能に長けている方なのに」

「あの極悪非道で怜悧冷徹な鬼畜上層部を従えているのにーーあ、もちろん王自身も鬼畜だけど」

「国中から人望があって敬愛心酔されているのに」

「そして強大な神力の持ち主なのに」

「十二王家の一つ――炎水家にも謁見可能なのに」


 でも、ロリコン。


 RO・RI・KO・N、なのだ。


 重要だから二回言った。


 三回目もリクエストがあったら言う、寧ろ言いたい。


 きっとロリコン組合なるものがあれば、その代表取締役に就任している事は間違いない。

 そして一斉逮捕されろ。

 と、話はずれたが、どう見ても王が王妃を寵愛する様は、いたいけな少女に手を出す犯罪者としか思えない、果竪を見ると。

 しかも夫婦生活があったから恐ろしい。


 あの小さな少女に一般男性より逞しいそれをねじ込む?


 見るからにアブノーマルプレイよ?それ。


 幼児性愛者は、特異な性欲の一つ。

 それは幼児・小児を対象とした性愛・性的嗜好を好む者達を言う。

 うん、だってどう見たって王妃様は小学生――。


 天界十三世界では、まだ全ての世界で共通していないが、一番教育の進んでいる世界では幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、大学院という人間界の教育機関が取り入れられている。


 小学生は十一歳か十二歳までの子供達が通う所。

 そう、王妃様みたいな色気も皆無な子供達が通う場所だ――が、小学生は小学生でも栄養状態が不良の時の小学生だ。

 何せ、今の子供達は成長が早いって言うからな。


 え?セクハラだろって?


 そんなの、ロリコン王に比べれば可愛いものである。

 奴は真性の犯罪者だ。

 幼児虐待で捕まってしまえばいい、本当に。


 ……王宮に帰らない方が幸せなのではないか、という想いがむくむくと成長していく。

 一方、果竪はといえば、そんなロリコン夫よりも大根への愛を叫んでいる。


「うぅ……私の大根達を、私のマイダーリンを、宜しく御願いします!! 一日三回のトリミングは欠かさずに!! そして入浴は朝と晩で!!」


 大根は生き物なのか、しかも毛皮があるのか。

 しかしそんな突っ込みをしないのが、屋敷勤めの優秀なる者達。


「お任せ下さい、王妃様! 貴方様に手ずから叩き込まれた大根の世話の神髄、今こそお見せ致しましょう!!」


 そう、熱血テニスコーチの如く果竪は厳しかった。


『お馬鹿ぁぁ!!』


 殴られ吹っ飛ぶ料理長。


『そんな事で愛する大根達の世話が務まると思っているの?!』

『申し訳ありません王妃様!!』


 地べたに座り込み、殴られた頬を抑える料理長。

 そんな彼を見下ろし、果竪は大根に対する愛を訴える。


『愛よ!! 全て愛から来るのよ!! 大根への世話には、世界平和を願う広き心が必要なのよ!!』


 さあ、声を大にして!!

 世界平和のために!!


『はい、王妃様!!』


 そうして見事に洗脳された料理長。

 気付いた明燐がすぐさま病院送りにしたが、もはや治療法はなかった。

 そんな哀れなる被害者は、実は屋敷の近隣の村や町に結構居たりする。


 というか、大根で世界を救えるのか。

 暗黒大戦は現天帝夫妻や十二王家の方々でも終結させるのに苦労していたのに。


 最強だな、大根。

 無敵だな、大根。


 そしてお願いだから、誤報は自分の胸の中だけで留めてくれ、果竪。

 大国の王妃であるあんたが言うと洒落にならないのだ。

 自分の身分と地位がもたらす影響がどれだけ大きいか分かってくれ――大根に関してだけで良いから。


「遠くから見守っていて下さい!! この瑠夏州の土全てに大根を埋め込むその時を!!」

「ちょい待ち!! 何環境破壊する気なんだっ」

「瑠夏州の生態系を狂わせる気か!!」

「流石です王妃様!!」

「後はお任せ下さい、王妃様!!」


 使者団が止め、屋敷勤めの者達が煽る。


「しかし、王宮に帰ってからも大変でしょうな」


 組合長の言葉に明燐は同意する様に溜息をついた。


「ええ。帰ったらすぐに王宮での仕事が待っていますわ」

「確か、もうすぐ建国祭もありましたな」

「……そうですわね」


 一年に一回行われる凪国建国祭。

 それは、周辺国からも賓客が来る大祭だった。


 当然、王と王妃、また居るならば側室達も出席する公式行事である。

 もしかしたら、王宮側にはそれに王妃の帰還を間に合わせるつもりなのかもしれない。

 つまり、帰還した王妃の大々的なお披露目の場として使うのだ。


 しかし……明燐は思う。

 今回お披露目されるのは果たして王妃だけなのかと。

 果竪だけではなく、明燐も本当は知っていた。

 王が……愛妾を迎えたという事を。

 それどころか、その愛妾は誰かに押し付けられたのではなく、どこからか自分で連れてきた、自らの意思で迎えた存在だという。


 そればかりではない。

 常に側に置き、仕事中だろうと休んでいる時だろうと関係なく寵愛しているとか。

 信じられなかった。

 一体何故なのかと王宮に何度も手紙を送ったが、返事は一切なかった。

 まさか、あの王が果竪を切り捨てたのか。

 だが、万が一そうでも、上層部まで果竪を切り捨てるわけがない。

 上層部の誰もが果竪を可愛がっていたのだから。


 しかし返事の来ない手紙は、何よりも明燐の疑いを強めていた。

 一体お兄さまは何をしているのか、他の上層部は何をしているのか。

 だが、王宮からの返事は未だない。

 それでも変わらない事は一つだけあった。

 愛妾が迎えられてからも王妃に帰還を促す使者が来るという事だ。


 忘れられていない、捨てられていない。

 しかし、明燐からすれば、本当にそれが幸いな事なのかも分からない。

 なぜなら、愛妾が出来た今、王妃を王宮に帰還させる理由が不明だからだ。


 愛妾は愛妾、王妃は王妃として、果竪に王妃としての仕事をさせるつもりなのか?


 それとも、愛妾は愛妾として愛するが、王妃は王妃として愛するのか?


 一番最悪なのは、王妃と離縁する為に呼び戻すというものだ。

 つまり、愛妾を王妃にする為に、果竪を離縁するべくわざわざ呼び戻す。

 もしそれが、今も熱心に使者を送ってくる理由だとすれば、明燐には許せない。

 ならば王宮に帰りたがらない果竪に帰還を促すべきではないが、向こうの真意が分からない状態では此方も動きようがないのも事実だった。

 向こうの真意を知る為に一度戻るべき――それが、明燐の下した判断だった。

 その上で、向こうが果竪を切り捨てるなら、自分も覚悟を決める。

 侍女長の地位も全て捨てて、果竪に何処までも同行しよう。


「明燐様」

「え?」


 はっと我に返ると、組合長達が心配そうに自分を見つめていた。


「あ、すいません、ぼ~っとしていましたわ」

「お疲れなのでしょう。準備でお忙しかったのですから」

「いえ、この程度何でもありませんわ。それに、一番忙しいのは春に向けての人事の時ですのよ? 新たな採用は毎年大変な騒ぎになるのですから」


 王宮仕えは、一般市民はおろか、貴族達にとっても憧れの職である。

 最下位職である下男下女ですら、倍率は五十倍を軽く超える。


「それに、凪国は試験がありますからな」


 伝手を使う場合も、王宮に勤める場合には試験と面接を突破しなければならない。

 逆に言えば、それを上位で突破すれば上位職に就くことだって可能なのである。

 その為、毎年口利きや賄賂などで不正をしようとする者達が現れるが、今まで成功した者達は居なかった。

 というのも、試験がかなり特殊なのだ。


「特に侍女採用の面接は最難関と聞いておりますが」

「あら? そうでしょうか?」


 明燐は最難関と噂される試験を思い出す。

 その試験の最終選考は侍女長である自分の面接である。


「一体どういう事をお聞きしているのですか?」


 不正が行われてはいけない試験に対して内容を聞くのは御法度だ。

 しかし、それが分かっていても聞きたくなるのが好奇心というものだ。

 神だって好奇心は旺盛なのだ。


「別に、普通の事ですわよ。侍女になりたい動機だとか。後は――」


『貴方の熱い想いは分かりました。しかし侍女になる為には、これだけは出来なければならない事があるのです』

『そ、それは』

『ずばり、熊を素手で倒せますか?』


「は?」


 固まる組合長。


「く、熊? しかも素手で?!」


 驚く李盟。

 輝凰に至っては凍り付いている。


「ええ。熊です。侍女になるなら避けては通れないでしょう?」


 熊を倒す事がですか?!


 しかも素手ですよ?!


「なのに、大抵の方達が茫然とするのです」


 明燐は心底分からないという様子だった。


『何がおかしいのです!! 凪国の侍女は、建国以来ずっと熊を素手で倒せることが何よりも重要とされてきたのです!!』


 それはとある一人の侍女から始まった。

 彼女の名は涼雪りゃんすー

 後に、王宮上層部のオトメン集団の心を撃ち抜き、オトメンの代表者とも言える宰相すらメロメロにした彼女は言った。


『え、えっと!! 私、素手で熊倒せます!!』


 凪国建国史にも載る程の名言だったと言っても良い。


「それからずっと、侍女は素手で熊を倒せる事が何よりも大切な事とされてきたのです」


 そう――あの全てが凍てついた兄の心を溶かし、胸キュンさせたあの一言こそ、この国に必要な言葉だったのだ。

 あんまり王妃の事は言えない明燐の思考回路は、基本的に宰相である兄が大きく関わっている。


「それに、侍女は王妃を守る最後の砦でもありますから、腕っ節の強さも必要ですわ」


 なら、素直にそう言って下さい。

 その思いは李盟達だけではなかったらしい。


「明燐の思考は偏りすぎなのよ」

「果竪」

「ってか、その選定方法のせいで思い切り民達から誤解されてるって事分かってるの?!」


 熊熊煩いせいで、「凪国王宮には熊が大量に出没するのか」とか「王妃は熊を素手で倒すほどの強さでないと止められない」とか「実は王妃自体が熊なんだ」とか。


 酷い誤解である。


「おかげで、猟友会からも熊の駆除をしましょうか? って思い切り同情した目で見られるしっ!!」


 そればかりか。


『陛下、貴方様の広い心は分かっておりますが、真性の獣を王妃に据えるのは』


 と、思い切り誤解する貴族まで現れている。

 獣神や獣の一部の特性を持つ神ですらないただの獣は、幾ら敬愛する国王とはいえ王妃にする事は認められないらしい。

 ってか、モノホンの獣姦ですよ、それだと。


「何を言うのです果竪!! これからの時代、熊の十匹や百匹、素手で瞬殺出来なければ生きていけませんわっ!!」


 どんなサバイバル国家やねん。


 いや、それよりも凪国って安定したように見えて、実は結構危険な国だったんですね。

 李盟は成人したら王宮に挨拶に行かなければ行けないが、その時にはボイコットしようかと本気で悩んだ。


「……その、道中は気をつけて下さいね」


 ようやくそれだけ告げた李盟に、明燐は微笑む。


「ええ、ありがとうございます」


 此処から王宮に帰るまで、【馬車】で一ヶ月間。

 因みに、他にも乗り物が沢山あり、【車】の方が断然速いにも関わらず、何故【馬車】を選んだのか。


 それは、果竪の哀しいささやかな抵抗に寄るものだった。

 帰らなきゃいけないけど、王宮に辿り着くのは遅い方が良いな~という、我が儘。

 とはいえ、本来なら時間もお金も余計にかかり、更には同行者達の心労や警備面から考えても、速攻で却下されるそれは最終的に受け入れられた。

 理由は、王妃への配慮だった。


 王宮に戻れば、たぶん王妃は滅多に外には出られないはずだ。

 それこそ、再び追放でもされない限りは。

 だが――連れ戻される王宮が、二十年前のそれとは遙かに違うのも事実だった。

 使者団の長は、すっと王妃に視線を向ける。

 ようやく帰還に応じた王妃だが、彼女を待ち受けている者は余りに酷な事は使者団の誰もが知っていた。


 王宮は、彼女が居た頃とは余りにも様変わりしていた。

 王妃ただ一人を妻にしていた王はもう居ない。

 美しい少女を愛妾として片時も離さず、上層部は王妃同然の扱いをしている。

 そればかりか……。


『お前達に王妃の迎えを命じる。……まだ、お前達ならば影響も少ないからな』


 主である宰相の言葉が蘇る。

 今も思う。

 何故、上層部は王妃を連れ戻そうとする事を止めなかったのかと。

 そう――使者団達は、何も知らなかった。

 確かに王妃は冤罪だったから、その疑いが晴れた時点で王宮に戻そうとするのは当然の事だ。


 しかし、現在の王には愛妾が居る。

 それも、王が愛して止まない美しい少女が。

 使者団の誰もが、王が少女を寵愛する様を見て思った。

 ああ、これで王妃への王宮帰還の使者は打ち切られるだろうと。

 そしてそのまま遠方に追いやったまま離縁し、少女を新たな王妃にするのだと。

 しかし、王は少女を愛妾にしたまま、王妃の帰還命令を取り下げなかった。

 もしかしたら、王妃を連れ戻して直接引導を渡す気なのかとも思ったが、そういう様子も見られない。


 ならば何故こうまでして連れ戻そうとする?


 王の真意も、上層部の真意も分からない。


 何故?何故?


 気付けば、僅かな者達を除いて、王宮に仕える全ての者達が同じ方向へと進んでいる気がした。


 彼らは言う。

 王妃を連れ戻せ――と。

 引導を渡すのか、渡さないのか。

 渡さないとすれば、王妃は今の立場のまま王宮で過ごすだろう。

 王が別の少女を寵愛するのを見ながら。

 今の王の様子からすれば、どう考えても愛妾を手放しはしないだろう。

 だが、そこまで愛しているならば、どうして現在の王妃を廃して愛妾を王妃にしないのか。


 分からない。

 全く分からない。


 彼らは王妃を連れ戻す事だけを命じられた。

 そう……王が愛妾を迎えた頃から、少しずつ何かの歯車が狂っていっている気がする。

 詳しい事は何一つ分からず、混乱する。


 でも、主が望むならば自分達は命令を果たすまで、と心に決めた。

 自分達としては、果竪が王妃として留まってくれる事を望む。

 彼女ならば、今後も立派な王妃として国をもり立ててくれるだろう。

 しかし……それは、同時に彼女に女として、妻としての苦しみを与える事になる。

 夫に見向きもされず、全ての寵愛を奪われて……それは、王妃にとっては死ぬよりも辛い苦しみを背負うかもしれない。


「宰相閣下……」


 貴方様達は、何をしようとしているのですか?


 使者団の長は王妃を見つめる。

 宰相は自分にさえ何も話さない。

 これ以上知れば、終りだと言うように。

 それが酷くもどかしかった。


 敬愛する主の為に命を捧げようと誓ったのに、自分達だけ何も知らない。

 けれど……もし、王妃を連れ帰ったならば。

 あの方達が求める存在を無事に届けたならば、自分達にも真実を明かしてくれるかもしれない。

 愛妾を持ちながら、王妃の帰還を求める彼らの真意を。

 それだけではない。

 愛妾を迎えたその日から、少しずつ狂っていった歯車の全てを。


 いや、その前に……そもそも、何故王は愛妾を迎えたのか?


「うぅ……すぐに帰ってくるからね、私の大根達!!」


 野菜の保管庫で大根を抱き締め嘆く姿は異様を通り越し見る者全ての心を打った。

 ああ大根。

 私の大根。


「ここで大根に向けて一句」


 げしっと、明燐が果竪を【馬車】の中に蹴り入れる。


「いやぁ!! 私の大根への愛の告白強制終了?!」


 心を伝えることは大切だ。

 言わなければ伝わらないこともある。

 けれど果竪は熱い重い――ではなく、熱い想いは明燐(めいりん)によって強制終了されたのだった。


「いやぁぁ!! 大根大根大根んっ」

「さあ、帰りましょうね」


 笑顔で言いつつ、明燐は自分も【馬車】に乗り込もうとした。


「あ、明燐様」

「あら? 料理長どうしました?」


 屋敷の料理長が大きな風呂敷包みを明燐へと差し出す。


「これ、【馬車】の中で食べて下さい」

「お弁当ですか?」

「ええ。その、王宮の物には敵いませんけど」

「ありがとうございます」


 明燐は笑顔を浮かべると、風呂敷包みを手に【馬車】へと乗り込んだ。


「明燐、ちょっと待って! 大根にまだ挨拶」


 ベシンと何かを叩く音が中から聞こえ、果竪の声が聞こえなくなる。


「御達者で~~」


 とりあえず、下手な事には首は突っ込まない。

 屋敷の者達は白いハンカチを振って果竪達の出発を見送ったのだった。


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