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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第三章 隠れ里
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第二十七話 証拠

 それまで霧というのは、基本的には厄介ものでしかなかった。

 しかし、傷を癒す中、いつ居場所を突き止められるかと恐怖する民達を隠し続けてくれたのは、その霧だった。

 何時しか民達にとって、霧が特別なものとなったのは当然の成り行きだろう。


「そうしてここに逃げ込んでから一月経ったところで、ようやく全員がとりあえずは動けるようになりました。でも、その時にはもう遅かったのは想像がつきますよね?」


 果竪と明燐は黙って頷いた。

 逃げ出すのと入れ違いに逃亡が発覚し、すぐに追手がかかっていたのだ。

 どんな馬鹿でも、一月もあれば包囲網は敷けるだろう。


「既に隣州に抜けるどころか、オレ達を捜す為にあらゆる場所に兵士達が彷徨いていました。もちろん、オレ達は既に死んだ事にされているでしょうから、大々的に捜す事は出来ませんが、治安の悪化を銘打って警備が厳しくなりました」


 逃げ出した者達を捜しているのは明らかだった。

 関所の警備も今まで以上に厳しくなり、到底女子供を抱えて通り抜けることは不可能に近かった。

 それに下手に騒ぎを起こせば、すぐに領主に伝わってしまう。

 かといって女子供達をこの隠里に残して少数精鋭で通り抜けるとしても、もし捕まった場合、必ずや領主は残りの者達の居場所を聞きだそうとするだろう。


 領主の冷酷非道っぷりを知る者達にとって、そんな事は容易に想像が付いた。

 見付かれば今度こそ、全員皆殺しにされる。

 だから、突破口の見付からない状況では、この隠れ里から動くに動けず隠れ住み続けるしかなかった。


「関所……か」


 果竪は誰に言うのでも無く、ポツリと呟いた。

 関所は各州の入り口を司る門。

 確かにそこを超えるのは至難の業だ。

 だが、果竪はそこでふと気づいた。


「私達も二十年前はそこを突破したよね。なら」

「いえ、突破しておりませんわ」


 果竪はあっさりと答えた明燐を凝視した。


「し、してない?」


 ならば何処から――。


「お忍びですからね。関所を突破したらまずいですもの」

「でも、馬車で走りきったよね?」

「ええ。関所以外を」

「はい?」

「ですから、関所を通るとバレるので、道無き道を走りました」

「どこを!」

「ですから、危険だと言われて閉鎖された道とかを主に」

「……」

「本当は海路から行きたかったのですが、すぐに見付かりますしね。ですから本当に大変でしたわ。勢いのままに突っ走りました」


 そうか……だからあんなにガッタンガッタン揺れたり傾いたりしたのか。


「……じゃあ、その道を」

「無理ですわね。私達が通った後にはもう崩れてましたし」


 明燐は何処までも淡々と答えた。

 だが果竪はめげなかった。


「……なら、あれは?」

「はい?」

「私の居る場所を隠したといっても、王宮からの帰還の使者達が関所を通っている時点でばれるよね。なら」

「バレないように商隊を装ってますから大丈夫です」


 何処までも完璧に手を打つ王宮側だった。


「それに王室御用達の商隊ですからね。幾ら馬鹿でも手を出せば王宮が出張ってきますし、殆どフリーパスでしょう」

「フリーパス……なら、もし蓮璋達をその商隊に――いや、駄目か。フリーパスだって人数チェックされてるか」


 それこそ、大幅に人数が増えていたら完璧にばれる。

 人数を減らしても、ばれる。


「そこで雇った者達です~とか言っても連れ出す事は無理だし」


 徹底調査されるだろう。


「ええ、奴隷商人でもない限りは」

「王室御用達がやったら洒落にならないわね。公然と凪国が奴隷制度を認めているって事になるわ」


 かといって、商隊ぐらいでなければ通り抜けられなかっただろう。

 瑠夏州に王妃が居るとばれずに、使者達が入り込む方法としては。


 と、その時果竪は強引に――という手段を考えた。

 それは、王の権力を行使し、強引に蓮璋達を連れ出す方法だ。

 しかし、それには確たる証拠と保護するだけの理由がなければ無理だろう。

 それがない状態での行使となれば、非難が集中してしまうからだ。

 それをはね返す事も出来るが、他の州への不協和音が生じる恐れもある。

 他の国と比べれば確かに凪国は安定している。

 けれど、まだ百五十年だ。

 一度完全に崩壊したものから復興した場所から興した国としては、余りにも歴史が浅すぎる。

 特に凪国は広い国だし、領主達にある程度の権力を持たせている現在。

 下手な方法で王権を振りかざせば、国が瓦解する事態になりかねない。

 そればかりか、凪国以外ではまだまだ混乱時代まっただ中の国もあるし、鶯州はそのまっただ中の国の一つである隣国とも隣接する州だ。

 そちらに飛び火でもしたら大事である。


「それより、他の村人に話をつける事は出来なかったんですの?」


 蓮璋達が動けずとも、他の村人達の協力を得られれば――そう告げる明燐に、果竪は蓮璋を押し退けるようにきっぱりと答えた。


「明燐、それは無理だと思うよ」

「王妃様の言うとおりです。現在もそうですが、先程も申したとおり、村や町には治安悪化を理由にして兵士達が闊歩し、また常に監視しています。外から来た者達が居れば即座にチェックし、彼らが出て行くまで確認する徹底ぶり。しかも、夜は村や町の門まで完全に閉鎖し出入り出来ないようにされる始末」

「て、徹底してるわね」


 そこに老師も再び口を開いた。


「それだけではないのじゃよ。領主は密告制度を作り上げたのじゃ」

「密告制度?」

「そうじゃ。怪しい奴、見知らぬ奴が居たら密告する、そうすれば礼を支払うと」

「礼って……」

「以前に確認した例では、子供が密告した際には三百万円が支払われた」

「はぁ?!」


 この国では、人間界の島国の通貨が使われている。

 が、三百万って!!


「そ、そんな大金?!」

「そうじゃ。新領主になってから、鶯州では税金の値上げなどが行われて民達は貧乏まっしぐら。日々の生活にも苦しい時にその様な餌をちらつかされれば――」

「率先して密告しようとしますわね」

「それに加え、坑道で死んだ者達が化けて出るという噂まで流されておってのう。見かけたら連絡するようにとのお触れまで出された」

「幽霊……」


 非科学的とは誰も言わない。

 だって、幽霊は居るから。

 一般的には死んだらそのまま冥界に向かうが、時偶それが上手く行かずに悪霊と化したり、浮遊霊となったりする者がいるのだ。

 それに、そもそも神々の世界に科学技術が発展したのは暗黒大戦以降の事であるし。

 しかし、人間などに比べれば神の幽霊は非常に少ないとされている。

 それは人間に比べて神の魂が安定している為とか言われているが、民達にとってはそんな事は別にどうでもいいだろう。


「しかもその幽霊を見つけた相手は五百万だとか」

「居なくても居るって言いたいレベルですね」


 庇うどころか、完全に売られる。

 誰だって楽してお金は手に入れたいものだ。


「ええ。例え協力者が居たとしても、それ以外の全員が目を光らせていれば必ず何処からか漏れますし、その協力者まで危険な目に遭わせます。ですから、料理長の協力も本当に危険だったんです」

「ってか、その協力者達に隣州に伝えてもらうのは」

「無理ですね。隣州に出るどころか、住んでいる場所から出るのもままなりません。監視がつきます」

「う~」


 徹底しすぎている。

 が、腐っても領主なのだから当然かもしれない。


「伝書鳩も撃ち殺される始末ですからね」


 現在、天界十三世界での通信手段は伝書鳩か手紙である。

 それは現在世界に流通している【乗り物】や【電化製品】などの科学技術レベルを考えれば有り得ない話だ。

 そもそも現在の天界は、人間界では二十世紀半ば頃までの科学技術レベルを取り入れており、その時代の人間界では電話やパソコン、メール、テレビ、ラジオなど幾つものハイテク通信技術があった事は既に広く知られていた。

 しかし、それらの電波はこの天界十三世界の脆いバランスを余計に崩すとして使用が断念されており、結果通信技術に関しては未だに昔ながらのものを使うしかない状態なのである。


「……なら、鶯州以外の者達なら」

「鶯州に入った時点でやはり監視が付きます」

「……ってか、それでよく料理長と連絡が取り合えたよね」

「オレも幸運だと思います。王妃様に同行して瑠夏州に来た料理長が、自分の実家を訪れたなんて」

「そうなの?」


 果竪が明燐を見ればコクリと頷かれた。


「ええ。丁度二十数年前から料理長の母君が伏せっていましてね。もともと体も弱かったそうで、出来れば近くに居たいと料理長は願っていましたの。だから、料理長の場合はその件もあって同行させたと言われていますの」

「し、知らなかった……」

「知っているのはごく僅かですわ。あの屋敷の中では私だけでしょうし、王宮の方でも知ってるのは直属の上司と宰相閣下と陛下ぐらいです」

「そうか……って、料理長帰宅したら私のことばれないの?王宮勤めしているのがなんで瑠夏州からって」


 瑠夏州は鶯州よりも後方にある州で、そこから王都に抜けるには鶯州を通らなければならない立地となっている。


「ええ。ですから、料理長だけは、王宮から修行として瑠夏州の領主館の料理長として飛ばされた事にしております」

「あ~、なら、大丈夫なのか」

「抜かりはありません事よ」


 胸を張る明燐。

 その時ぷるんと大きく揺れた胸に蓮璋と老師の目が釘付けとなる。


「一番最初に料理長が実家への帰省を願い出たのは十九年前の事でしたわね。その後もちょくちょくと帰省を願いでました」

「そ、そんなに帰ってもいいの?」

「ええ。元々果竪の事件の前から王宮を辞することを希望していましたからね。それなのに果竪にも誠心誠意仕えてくれました。ですから、本人の希望があれば帰れるようにと。まあこれが王宮ならば難しいですが、隣州ぐらいならと認めておりましたの」

「その時の帰省でオレの父の訃報を知ったそうです。料理長は父とは旧友の仲で、反逆者とされていたにも関わらず、隠れ潜みながら花を手向けようとしてくれて……その途中で出会いました」


 もちろん料理長にも監視はついた。

 しかし、たまたま発生した嵐と雷によって、料理長の体は崖下へと転落したという。

 その為、監視は料理長が死んだと判断してそれ以上追わなかったのだろう。

 そうして料理長は、どうにかして自分達の窮状を伝える方法はないかと、隠れ里から出てくる途中だった蓮璋によって発見された。

 そこで介抱しながら、全ての事情を蓮璋は教えたのだ。


「ならばどうしてすぐに、料理長は私達に話してくれなかったのですか。そうすれば私達だってすぐに動きましたし、王にだって王妃を迎えに来た使者達から伝えさせる事も」

「証拠がなかったからです」

「え?」


 驚く明燐に蓮璋は溜息をこぼす。


「確かにオレ達は被害に遭いました。でも、その被害にあった原因の証拠となるものがなかった」

「証拠も何も蓮璋達に起きた事は事実。それだけで充分でしょう?」

「でもそれを示す物は何も無い」


 淡々と言い切る果竪を明燐が振り返って見る。

 王妃としての顔がそこにはあった。


「私個人としては、蓮璋達が嘘を言っているとは思えない」

「果竪」


 鋭く言葉を発する明燐を果竪は押留めた。


「酷い言い草なのは分るよ。でも、それが本当だという証拠はないのよ」

「その通りです」

「どうしてです?果竪。証人がいるのですよ」

「証人だけじゃ駄目よ、足りない」

「足りないって」

「足りないの。確たる証拠もなしに双方の主張が違えば、言った言わないの水掛け論になる」


 果竪の指摘に明燐がハッと目を見開く。


「証拠には二つの種類があるわ。一つは人的証拠、一つは物的証拠。この二つが揃う事で相手を追い詰める事が出来る」


 二十年前の果竪に対する冤罪事件のそれには、人的証拠も物的証拠も揃っていた。

 そう――どちらも、果竪を追い詰めるために偽造されたものだったが、それらは強い威力を持って果竪に逃れられない罪を背負わせてきたのである。


「仮に運良く王に全てを話せたとしても、領主だってそこまで馬鹿じゃないわ。そんな事はしてないと争ってくる筈。例え裁判で争っても、双方の主張はまったく逆で、しかも物的証拠がないとなれば長引くし、そうなれば蓮璋達の身も危険になる」


 果竪は苦い思い出を呼び起こす。

 果竪の時もそうだった。

 果竪の無実を証明してくれる筈の人的証拠、物的証拠が相手側によって消された。


「蓮璋達を確実に消しにかかってくる筈よ」


 相手が居なければ裁判は成り立たない。


「でも、王宮側が警護すれば」

「警護だって完璧じゃない。それに、確たる証拠が出なければ結局は負けよ」

「王妃様の言うとおりです」


 それこそ、最悪のシナリオである。


「そう――消されなくても、証拠がなければ嘘つき呼ばわりで逆に罪を被されるわ」


 果竪の言葉に蓮璋が苦笑し、明燐が憤る。


「果竪! それはっ」

「だからそんなに怒らないでよ」


 果竪の視線に明燐はうっと言葉を詰まらせる。

 まるで立場が逆転した様な……いや、逆転しているのだ。

 明燐は必死に気持ちを落ち着かせて果竪を見る。

 完全に王妃としての顔には、いつもの少女らしさは見受けられない。

 これこそが、果竪の王妃としての姿だ。

 冷静に、的確に物事を限られた情報の中で淡々と判断していく。

 そこに私情を挟めない様は、正しく為政者。

 けれど、この姿を知る者はごく僅か。

 王と上層部、そして上層部の可愛がる側近達ぐらいである。


「私が言いたいのは、それだけ物的証拠が必要だって事だよ。それに、蓮璋達が鉱山に閉じ込められた原因は新種の鉱石が原因。つまりそれがあるという前提でこそ、蓮璋達の訴えは成り立つ」

「では、その鉱石を証拠として提出すれば」

「誰が出すの」

「誰がって……」


 明燐は自分が余りにも馬鹿な発言をした事に気づいた。


「鉱石を持っているのはそもそも領主よ。出してくれるわけないじゃない。蓮璋達は持ってないだろうし」

「……」

「しかも鉱石の存在自体が表沙汰になってないのが問題なのよね」

「え?」

「さっきも言ったとおり、蓮璋達はその鉱石のせいでここまで最悪な目にあったの。でも、最初からそんな鉱石がなかったとされれば根本からその主張は覆されるわ」

「で、でも鉱石は」

「ないじゃない」

「っ」

「国すらも知らない鉱石。そもそも最初からそんなものはなかったとされている。きっと発掘資料も全て隠されているか焼き捨てられている。で、蓮璋達の方も持ってない。何処にもない、誰もない、その状態では蓮璋達側が圧倒的に不利になる」


 存在しないはずの鉱石があったという証拠は、実物の鉱石を見せる事だ。

 そして出来ればその鉱石の調査書もそえた方が良い。


「でも、ないよね? 鉱石は全て貴族の懐に入ってしまったんだもの。坑道にだってない。一つ残らず取り尽くされてしまった」

「……ほ、他にはありませんの?」


 その鉱山以外にだって鉱石はあるのではないか?という明燐の言葉に、蓮璋はを首を横にふった。


「もしかしたら鶯州全てを捜せばあるかもしれません。でも、必要なのはそこの鉱山から取られた鉱石です」

「そうそう」


 別の場所からでも鉱石自体は見付かるだろうが、それでは鉱石の存在自体は明らかになっても、蓮璋達が閉じ込められた場所のものという事にはならず、結局は物的証拠にはなり得ない。


「大切なのは、そこの鉱山から掘られた鉱石である事」


 普通の殺人事件だって、事件に使ったものと同じナイフを新しく購入して「はい、証拠です」なんて事は出来ない。


 それは完全なる証拠の偽造である。


「だから、必要なのは領主が懐に収めた鉱石なのよ」


 一つでも蓮璋達の手元に残っていれば話は違ったかも知れない。

 けれど、欠片一つさえ領主のものとなり、他の者達の手には残されていない。

 勿論、鉱山の中にも一つも残っていない。


「ここの隠れ里の人達が強制労働をさせられた挙げ句、坑道に閉じ込められたのは、新種の鉱石を領主が独り占めにする為。でもね、仮にそう訴えても、そんな鉱石はなかったと言われてしまえばどうする?」


 結果は火を見るより明らかだ。

 民達を坑道に閉じ込めた際に、事故を装うなどあれだけ手際が良かったのだ。

 新種の鉱石など最初からなかったと、主張し続ければそれだけでいい。

 だから――例え、新種の鉱石を独り占めする為に村人達を殺した、と訴えたとしてもだ。

 新種の鉱石を国に申し出ず独り占めにし、その上村人達を虐殺目的で行動に閉じ込めたとなればそれは重罪に値する。


 けど、もし新種の鉱石などなかったとすれば?

 なかったという証拠を提示されてしまえば?


 鉱石などなかった――それが認められてしまえば、訴えの全てが覆ってしまう。

 鉱石の秘密を守るために坑道に閉じ込められて殺されかけた。

 けれど、鉱石がなければ殺される必要はない。

 そう――そんな鉱石はなかったのだから、独り占めにする為に関わった者達を虐殺する必要もない。

 寧ろ、それは全てその者達の妄想、狂言だと言われてしまえばそれで終わってしまうのだ。


「で、ですが果竪」

「ですがじゃない。領主を訴えるのよ。証拠もなしに訴えて勝てる相手じゃないし、他の者達がそれで納得する筈がない。それどころか、下手をすれば領主を侮辱したという罪でこっちが罪に問われてしまうわ」

「で、では坑道に閉じ込められたという証拠だけでも」

「その前にどうやって坑道に近寄るのよ。まず兵士達に阻まれるわね。それに、その坑道だって残されている可能性はないわ」


 元々崩落事故としていたのだ。

 今度こそ爆薬でも仕込んで崩された可能性は高い。


「……王宮側は本当に何も情報を掴んでいなかったのかしら?」

「問題はそこよね。確かに二十年前はあれだったけど……その後は――あの腹黒鬼畜集団なら掴んでいそうなんだけど……まあ、でも完璧じゃないし」

「え? 腹黒鬼畜集団?」


 今何か聞こえてはいけない単語の羅列が聞こえた気がする。

 しかし王妃は笑顔で肯定した。


「うん、腹黒鬼畜集団」

「……王宮にそんな物騒な集団が」

「違うよ~。上層部の事」

「じょ――」


 暗黒大戦にてその名を馳せ、十二王家の覚えもめでたい凪国建国の立役者。

 しかも、たった百五十年という短期間で、王と共に凪国を発展、繁栄させた凄腕の高官達揃い。

 そんな凪国上層部の功績は炎水界中に轟く。


 それを、それを!!

 腹黒鬼畜集団?!


「うん」


 王妃は真顔で頷いた。


「な、どこら辺がですかっ」

「全てが」

「全て?!」

「まあ果竪! 私達の何処が腹黒だというのです!」


 そういえば明燐も侍女長なのだから、上層部の一人であってもおかしくないだろう。

 と、蓮璋が王妃に視線を向ければ、嫌そうな顔が視界に入った。


「色々と腹黒」

「だから何処がですの!」

「全て」

「何を言うの! こんなに真っ白なのにっ」


 その時、蓮璋は果竪の顔を見てしまった。

 その、明らかに残念な人を見るかの様な眼差しをガン見してしまった。

 残念で、痛々しい人を哀れむような視線がこれほど似合わない少女がいるのかと、半ば現実逃避気味に考える。


「ってか、上層部は腹黒です。腹黒以外の何ものでもありません」

「果竪!」

「それに私は恨みだってあるわ。私の愛する大根達を虐げられっていう!」

「は? 大根?」


 既に老師はオロオロとするばかりで、会話に入れないで居た。

 いや、入られても困るが。


「そうよ! 私の愛する大根達! 収穫を心待ちにしていれば先に抜かれるし! ってか、抜く時ボッキリ折られたの! ボッキリと! 私の、私の愛しい大根達がぁぁぁぁぁぁ!」

「胃袋の中に入れば同じ事」

「何を言うの! この人でなし! 大根の敵!」

「そもそも人ではありませんから」


 というか、この室内にも人はいない。

 全員神様だから。


「神でなし!」

「言葉がおかしいですわ」

「私が、私が丹精込めて作った大根達を! それこそ、夫に色々とされて重たい腰を引き摺って、毎夜大根の前で豊作の踊りを大根の妖精達と踊りまくっていたというのに!」

「新人の王宮仕え達から、毎夜絶叫しながら念仏を唱える馬鹿がいる、という訴状が届いていましたけれど」

「豊作を祈願する念仏踊りよ!」

「しかも夜中に白いものが飛んだり跳ねたりしていると」

「大根達の華麗なダンスに決まってるじゃない」


 色々と突っ込みどころはある。

 けれど、蓮璋としては大根よりも突っ込みたい事があった。

 ってか、腰が痛いってあれだよな。

 いや、王と王妃は夫婦だからしてもいい。

 してもいいが――。

 蓮璋は果竪を頭のてっぺんから爪先までまじまじと見た。


「王ってロリコン?」


 がぁぁぁん!という衝撃音を明燐と老師は確かに聞いた。


「な、何を言うのです蓮璋!」

「はっ! す、すいません、そ、そんな事はな」

「そこはあえて目を瞑るべき所です!」

「ロリコンなんですかっ!」


 そこは決定なのか。

 ってか王がロリコンって……いやいや、好みというか嗜好は人それぞれで。


「それが何かいけませんの?!」


 カッと目を見開いた明燐に睨まれ蓮璋は口をつぐむ。


「い、いや、いけないわけでは」

「というか王のロリコンで今まで民達に迷惑をかけた事はあって?! 幼女狩りを行った事はあって?! 美少年狩りをして侍らせていた事があるとでも?!」

「いや、な」

「ないでしょう! 王都のいたいけな幼児達を狩りつくすほどの権力を持っていながら、そんな事はしておりません事よ!」

「流石は陛下!」

「老師っ!」

「ってか、ロリコン……」


 王妃がパタリと倒れた。


「果竪!」

「王妃様!」


 王妃はピクリとも動かない。

 が、その小さな呟きを蓮璋は拾ってしまった。


「……別にいいし~、どうせ幼児体型だし、真っ平らだし、胸ないし」

「え、え~と」


 王妃は横たわったまま指でのの字を書く。


「でもさ~、誘拐された時にロリコンいたけど相手にされなかったもん、だから夫はロリコンじゃないもん、ロリコンだったら相手にされないもん」

「何ですって果竪?!」


 再度カッと目を見開く明燐。

 しかし何か別のものまで開眼してしまったように見えるのは錯覚か。


「相手にされなかったとはどういう事です! つまり果竪はロリコンの射程範囲外?!」


 ロリコンにすら相手にされなかったら誰が相手にするのだろう――と、蓮璋は思った。

 いや、そんな王妃を相手にした王は――。


「究極のロリコン?!」


 ロリコンを超えたロリコンという事か。

 というか、ロリコンを超えたロリコンとは一体どういう状態なのか?!

 もう想像すら難しかった。


「流石は陛下! 何事も極めるお方ですから」


 そこは極めてはいけないだろう。

 というか、果たして王妃様に跡継は産めるのだろうか――。

 いや、その前にこの幼児体型の時点で手を出す事自体が犯罪である。


「身長はまあ年齢相応か……体重か? 体重が少なすぎるのか?」

「蓮璋! 女の子に体重の話は厳禁ですわ!」

「そうよ! それに豊胸手術っていう手段があるわ!」

「果竪! それよりも刺激です! 激しく揉みし抱く事で胸なんて大きくなりますわっ!」


 それならとっくの昔になっている――と果竪は口に出さずにツッコンだ。

 王宮にまだ居た頃、無い胸を激しく揉まれた日々。

 それでも殆ど変わらない胸。

 民間療法とか色々やってみたが、大きくならなかった。


 けど!!


「大根! 愛する大根を食べマッサージする事で一ミクロン大きくなったの!」

 それ、もう殆ど分らないレベルだろう――なんていう突っ込みを蓮璋はしなかった、出来なかった。


 男だって、男性器を小さいとか短いとか言われたらへこむ。

 それとたぶん一緒なのだ。

 しかも――。


 蓮璋はちらりと明燐を見た。

 服の上からでも揺れる胸。

 たぷたぷとした柔らかそうなそれは、きっと色艶感触共に極上なのだろう。

 そんな胸の持ち主が常に側に居る状態なんて、地獄以外のなにものでもないだろう。

 と、その時王妃がバンっと壁を叩いた。


「ってか一ミクロン! 一ミクロンも大きくなったのに、朱詩ってば人を馬鹿にしてぇぇっ!」


 胸の恨み、いつか晴らしてやる!!

 いや、むしろ奴の胸を大きくしてやる!!


 そして想い人が転生してきたら「私、同性愛の趣味はないから」とか言われてふられてしまえばいい。

 果竪はいけない道を走りかけていた。


「いや、胸なんて成長と共に大きくなりますよ。その、十六、七にもなれば」


 その時、蓮璋は地雷を踏み抜いた事に気づかなかった。


「……私、十七」

「はい?」

「ですから、果竪と私は共に十七歳です」


 絶対に王妃は十歳ぐらいかと思っていた。

 今度こそ、蓮璋は茫然とした。

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