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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第三章 隠れ里
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第二十六話 悲劇

 あの地獄を思い出し、蓮璋は今も蘇る恐怖と怒りを必死に押し殺しながら先を続けた。


「資源の枯渇後、領主がした事は口止めでした。鉱石を知る者達を全て……鉱山で働いていた民達とその家族全てを廃坑となった鉱山へと押し込めその入り口を塞いだんです。石の秘密を知るもの達をこの世から消し去るために」

「なんて事を……」

「領主の館からオレが抜け出したのは丁度その時です。民達の事を知り、駆け付けた。けれど、兵士達の隙を見て坑道に入ってすぐ後に、坑道の入り口は封鎖されました」

「どうしてそこで一緒に入るのです」


 呆れる明燐に蓮璋は縮こまる。


「たぶん、その時のオレには正常な判断が出来なかったんですね……」


 散々凌辱された体と頭。

 使われた薬で意識が混濁しながらも、必死に民達の元へと向かった。


 だが、明燐の言うとおり、中に入る必要はなかった。

 外に居て、助け出す手段を講じれば良かった。

 それをしなかったのは、何処かで共に死ぬ事を願っていたのかもしれない。

 しかし、入り口を封鎖された闇の中で蓮璋は次第に冷静さを取り戻していった。


「たぶん、世間には鉱山での事故死という発表になったと思われます」


 蓮璋の言葉に、明燐はある記事を思い出した。

 確かに、二十年前に鶯州にて大規模な坑道崩落事故があり、多くの民達の命が失われたと、当時の新聞記事には書かれていた。


 しかし二十年前か……。


 明燐は余りにも間の悪すぎるタイミングに頭痛を覚える。

 丁度その頃、王宮は果竪の冤罪を晴らすために走り回り、明燐と果竪も隣の州にいながら、瑠夏州で起きた反乱未遂事件に介入していた。


 そう――つまり、最も王宮側の注意が各州から逸れていた時期なのだ――二十年前は。

 王宮側にとっては最悪の冤罪事件は、鶯州領主にとっては最大の追い風となってしまったのだ。


 しかも最初から民達を始末する手筈となっていたならば、領主側もかなり綿密に事を進めていったのだろうが。


 だが――明燐は心の中で吐き捨てた。

 あの、馬鹿がそこまでの能力があるのか?と。

 明燐にとっては、鶯州の現領主たる男は思い出しただけでも苦虫をかみつぶす思いである。


 あの男は、明燐にとって、いや兄にとって最悪最低な事をしてくれた。

 きっと兄にとっては、本気で殺したいほど憎い相手の一人に違いない。

 というのも、あの男は明燐の兄の想い人――涼雪という侍女に大怪我をさせてくれたのだ。


 あれは果竪を侮辱した息子を連れて、前領主が謝罪しに来た日の事だ。

 謝罪後、あの男はとんでもない事態を引き起こした。

 与えられた屈辱の八つ当たり相手として、たまたま近くを通りかかった下働きの女性を空き部屋に連れ込んで強姦しようとしたのだ。


 その相手は、美琳。

 明燐とは昔なじみの高官――朱詩の側近の妻だった。

 美琳のあげた悲鳴にいち早く気づいた涼雪が、数人の侍女と共に駆け付けた時には、のしかかられ服をはぎ取られる最中だったとか。

 しかし見付かったにもかかわらず、その馬鹿は涼雪達を追い払い事を続けようとした。

 一人が助けを求めに走る中、涼雪はその馬鹿から美琳を助けるべく格闘し――。


『たかが侍女のくせに俺のやる事に口出しするな!!』


 そう叫ばれ何度も突き飛ばされる中で、涼雪は領主を突き飛ばし美琳を助け出した。

 だが、美琳を他の者達に任せて部屋の外に突きだした時だった。

 獣の様な声が響き、振り向いた涼雪の額に、馬鹿が振り下ろした花瓶が当たったのだ。

 いや、当たったなんていう言葉は生ぬるい。

 涼雪の額を叩き割ったのだ。

 その光景を、駆け付けた兄は見てしまった。

 兄や朱詩はおろか、美琳の夫である玲珠に至っては、妻の事だけでも怒りに冷静さを飛ばしていたのに、その一撃で完全に切れた。


『うあぁぁぁぁぁっ!』

『やめろ! 玲珠!』


 絶叫したまま、刀を抜こうとした玲珠を朱詩が止めた。

 遅れて駆け付けた明燐は、その時ほど冷静に事を対処する兄の後ろ姿が恐ろしいと思った事はなかった。

 大怪我を負った涼雪は医務室へと送られ、美琳は朱詩に気絶させられた玲珠と共に早々に安全な場所へと手の者達に連れて行かれた。


 その後、その馬鹿に下ったのは十年の謹慎処分。

 いわば、屋敷から十年間出るなというものだった。

 本当は処刑してしまいたかったが、そこで有能な父親の方が、責任を取って死ぬと騒いだのだ。


 やはり優秀な為政者とはいえ、結局は最後に息子の命をとったのだろう。

 馬鹿に死なれてもいいが、父は駄目だ。

 よって、色々と条件を突きつけた上で、穏便に事を済ませたのである。


 だがそれ以上に事が事なだけに、詳しく調査する事で美琳に何度もその時の事を思い出させるのは酷だという判断もされていた。

 調査が始まれば、どれほど穏便に事を進めても何処からか漏れる恐れがある。


 それに馬鹿からある事ない事話される恐れもあった。

 きっと馬鹿の事だから、美琳から誘ってきたと言張るだろう。

 そうすれば、下働きにもかかわらず、有能な高官を夫にしている美琳を良く思わない者達が喜び勇んで食いついてくるだろう。

 それこそ、どんな噂を流されるものか分ったものではない。


 また、何よりも妻を辱められたとして玲珠が、どんな手段に出るか分らない状況だった。

 その時点で、断腸の思いで相手への報復を思いとどまっていたのだ。

 だから、美琳と玲珠の為にも全ての真相を闇に葬りなかった事にした。

 知っているのは、その時に居合わせた者達、そして王と王直属の影数人だけ。

 よって上層部の中にも知らない者達は多く、果竪もまた知らなかった。

 これ以上迷惑をかけたくないという美琳の強い希望もあったし、また本人の許可がない状態で無闇やたらに報せられず、また箝口令が敷かれた。

 代わりに、馬鹿には徹底的に恐怖を植え付け、次同じ事をしたら今度こそ処刑すると脅した。


 それから十年――馬鹿には影を張付かせていたが、心底反省している節が見られた。

 謹慎期間が明けてもその態度は変わらなかった為に影は外されたが、今回の件を考えれば反省はパフォーマンスに過ぎなかったのか、それとも何かがあったのか。

 しかしあれだけ脅されていたにも関わらず、問題を起こす鶯州の現領主の馬鹿さ加減には完全に呆れかえった。

 そんな明燐の耳に、蓮璋の説明が聞こえてくる。


「太陽の光さえ届かない暗い鉱山の奥深く。しかも水も食料も何もない場所に閉じ込められ、ただでさえ強制労働によって衰弱していた民達は更に弱っていきました」


 死を望み、自害する者達まで現れた。

 まさに、地獄絵図だった。


「それでも、中にはオレの顔を見知っている者達も居て、彼らと共に必死に外に出る為の対策を立て続けたんです」


 神力を使おうという案も出た。

 しかし、神力を使えば空間は不安定となり消滅する。

 それこそ、逃げ場のない坑道で行えば自殺行為である。


「そんな時、偶然か奇跡か必然か。地震が坑道を襲いました」


 凪国に地震はそんなに多くないが、地方によっては地震が多い場所もある。

 だが、その中でも鶯州は地震の少ない場所だったから、かなり珍しいと言える。


「坑道内に居て地震はある意味死活問題です。ですが、その地震がオレ達に活路をくれた。……その地震で、坑道の閉鎖された入り口が開いたんですよ」


 蓮璋がようやく嬉しそうに微笑む。


「そうしてすぐにオレ達は生き残った者達を連れて外に出ました。本当に後一歩の差での脱出劇でしたよ」


 全員が逃げ出し走る中で、遠くに兵士達の足音を聞いた。

 きっと、地震で坑道の入り口が開いたかどうか確かめに来たのだろう。


 丁度時間は夜。

 しかも新月だった事と鉱山のすぐ近くに森があった事が幸いし、闇夜に隠れて森を駆け抜けた。


 行き先は、隣州。

 誰もが既にこの州の中に安息の地がない事を悟っていた。

 だが、衰弱している者達も多く、峠を越えられるかどうかが問題となった。


「最初はすぐに隣州に助けを求めようとしました。ですが、峠を越えるだけの体力はない。無理をすれば、まず一人も生き残れない。そうなれば助けを求めるどころではありません。それに、オレ達が居なくなった事はすぐに知られ、追手がかけられました。到底逃げ切れない。だから隠れる場所を捜したんです」


 その時、蓮璋は母から聞いた話を思い出した。

 数年前から体調を崩していた母は、それまではよく父と共に馬で領地を視察と言う名で駆け巡っていた。

 そんな中で、ある日母が父と共に迷い込んだ不思議な場所の話を聞いた。

 それは二人だけしか知らない、特別な場所だった。


『あそこはね、まだ誰も入った事のない未開の地だと思うの』


 蓮璋は現在自分達が居る場所が、その地からそれほど離れていない場所だという事に気づくと、すぐさまその地へと目的地を定めた。

 どうせこのままではすぐに見付かる。


 母の言うとおり、その地がまだ誰も入った事のない場所ならば、きっと領主も知らない筈。

 蓮璋は必死に生き残り達を引き連れて、その地へと向かった。

 母が幼い妹弟達に聞かせた通り、歩き続けて。

 そうして、何とか辿り着いたのが。


「この隠れ里でした」


 四方を強大な岩壁に囲まれたそこは、豊かな水と自然に囲まれた場所だった。

 天然の要塞のような造り。


 と同時に驚いた。

 というのも、その岩壁の外には濃い霧が渦巻いていたのだ。

 まるで、この岩壁を覆い隠すように。

 そこで蓮璋は鶯州のある地域を思い出した。

 一年中霧が晴れず、また霧の中を彷徨っても必ず迷って元の位置に戻ってきてしまう場所。

 ここは、その霧の中なのだと。

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