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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第三章 隠れ里
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第二十話 疑問

 カチャカチャと音を立てながら薬瓶を片付ける中、その人物は首を傾げた。

「不思議だのう」

 そう――不思議でならない。

「呼ばれて大急ぎで駆け付けてみれば、王妃様をお連れした時よりも傷だらけのお前が居るとはのう」

「ろ、老師、それは」

「しかも女に引っかかれた傷とは! くく、この女ったらしが」

「老師! それは誤解ですっ」

 慌てて叫び木の椅子から立ち上がる蓮璋だが、背中に痛みを感じて蹲る。

 因みにそこは、明燐のピンヒールで何度も踏まれた場所だったりする。

 老師と呼ばれた壮年の男は苦笑した。

「とにかく、後で塗る分の傷薬も用意しておくとしよう」

「あ、ありがとうございます」

 そう言うと、老師はてきぱきと薬瓶から薬紙に中身を小分けにしていった。

 そんな中、果竪が明燐を叱りつけていた。

「明燐、きちんと謝って!」

「知りませんわ!」

 ふんっと頬を膨らませたまま顔を逸らす明燐に果竪が歯軋りする。

 蓮璋に対する仕打ちは余りにも酷く、しかもそれが全て誤解からなっているとなれば絶対に謝罪するべきである。

 しかし、こうなってしまっては、此方が何を言っても無駄だろう。

 少し時間を置くかと溜息をつくと、果竪は老師と呼ばれた男を見た。

 明燐にボコボコにされた蓮璋を手際よく治療した事から、たぶん医師か何かなのだろう。

 そういえば、自分の傷を治療してくれたのは、蓮璋の知り合いの医師だったという。

「肩はどうかね?」

「え、あ……その」

「果竪、落ち着いて。そんなに驚くと失礼ですわ」

「め、明燐」

「老師、どうか気を悪くなさらないで下さいね」

 浮かべる笑みが心から労るものである事に気づき、果竪は驚いた。

 確かに彼が来た時から明燐は愛想良く振る舞っており、そこから既に顔見知りである事は何となく気付いていた。

 というのも、明燐はすぐに他人を信用せず、距離を置くのが常である。

 しかし老師に対してはそれがない。

 そして言葉の節々に含まれる労りと尊敬から、つまり老師は明燐からある程度の信頼を引き出すだけの事をしたのだろうという事は容易に理解出来た。

 たぶん自分が眠っていた間に知り合ったのだろう。

 だが、三日という短期間だ。

 その間に明燐が信頼を置くだけの事といえば――。

 その答えをくれたのは、黙ったままの果竪に気づいた蓮璋だった。

「すみません、紹介が遅れましたね。彼はこの隠れ里唯一の医師兼相談役の一人で、本名は別にあるんですけど、みんなは老師と呼んでいる方です。そして今回、王妃様の傷の手術に尽力して下さいました」

 確かにそれなら明燐が信頼するのも納得だ。

「しかも、老師は薬にも強いんです。良い火傷の薬もありますから、火傷の跡も殆ど残らない筈です」

 その言葉に明燐が嬉しげに微笑むのが分かった。

 そう――果竪自身も不思議だが、明燐はとにかく自分を一番大切にしてくれる。

 大戦中も夫を除けば、同い年にもかかわらず明燐が一番果竪の世話を焼いてくれたし、二十年前の追放時にも一緒についてきてくれた。

 王妃付きの侍女長だから当然と言えば当然だろう。

 しかし、そのつくしっぷりには感謝を超えて申し訳なささえ覚える。

 このままでは、明燐はいつまでたっても自分の幸せを掴めないのでは――と。

 そもそも、こんなにも美しく綺麗で教養高いのに、婚約者どころか彼氏一人いない時点で色々と何かが間違っている。

 誰か紹介してやりたいが、果竪の知り合いの男性といえば凪国上層部ぐらいだ。

 しかし友達、戦友、仕事仲間としては仲良くても、明燐と上層部の男性陣は決して違いを異性として見る事はない。

 恋人や妻が居なくてもだ。

 ならば別の男性と思っても、知り合う機会がない。

 それは、王宮に居た時もそうだし、追放されてからもだ。

 というか、そもそも自分よりも自由に動ける明燐が知り合えないのだから自分が紹介する事自体が無理なのかもしれない。

 それに明燐は自分と違い、公式の場に宰相の妹姫として参加する事も多い。

 凪国一の美姫と名高い明燐に誰も近付かないわけはない。

 それこそ明燐に憧れる者達は自国他国問わず多く、それは顔を知らない者達にまで及ぶ。

 絶対に縁談も求婚も数多くなされているだろう。

 となると、余計に不思議だ。

 なんで、なんで恋人が出来ない。

 美人過ぎて手が出せないのか?!

 それとも観賞用と実用品は違うのか?!

 だがそこまで考え、果竪は大切な事を思い出した。

 明睡――明燐の兄で、凪国の麗しい有能なる宰相閣下。

 あのシスコン大魔王をどうにか出来る相手でなければまず近付く事すら無理だろう。

 それによくよく考えてみればあのシスコンが妹に男が近付くのを許す筈がない。

 つまり、あのシスコンが裏から手を回して明燐の側に男を近付けないのだろう。

 昔は男だけでなく女でさえ明燐の側に近付くのをとことん嫌い、妹が果竪の世話をする事すら嫌がって文句をつけていたぐらいだ。

 流石に果竪も我慢出来ず、半年ほど経過して体力が回復するやいなや三日三晩拳で語り合ったぐらいなのだから。

 明燐が嫁き遅れる――!!

 あってはならない未来に思わず頭を抱えると、老師の声が聞こえて来た。

「全く、こんな大怪我を女性にさせるとは……そなたは男の風上にも置けぬのう、蓮璋」

 何処かからかいが入り交じっていながらも、しっかりと嗜める部分は嗜める老師に蓮璋が頭を下げた。

「う、す、すいません」

 白く長い髭がチャームポイントの老師の外見年齢は、七十を越えるか越えないか。

 神としては珍しい程の年寄り的外見を維持している。

 が――たぶん中身もその位なのだろうと果竪は見当を付けた。

 神は不老で若い肉体を維持出来る存在であるが、魂もそうかと言われればそうでもないからだ。

 例え肉体が永遠に若くとも、魂は確実に疲弊していくのは周知の事実である。

 それが人間など他の種族と比べて酷く遅いだけ。

 そして長らく生きた者の中には、中身の年齢にあわせて外見年齢を変化させて余生を過ごす者達も何気に多く存在する。

 特に孫やひ孫が生まれるとその傾向が強い。

 となればこの老師はかなりの神生経験者!!

 きっと孫やひ孫も居たりするのかもしれない。

 神は元々子供に恵まれにくいが、大戦以降更にそれが加速している。

 よって、孫やひ孫持ちははっきりいって凄い。

 もともと神の総数すら全盛期に比べると格段に減り、純粋な天界育ちの神に至っては半分が死に絶え、他の世界から引き上げてきた神々をあわせる事で何とか数を保っている。

 だが、この数では滅んだ他の世界が再生されても、世界の維持に必要な神を派遣するだけの余裕がない。

 だから今は『生めや増やせや』だが、それには安定した衣食住と仕事が必要となり、それにはそれをもたらすだけの国の繁栄と維持が必要となってくる。

 果竪は尊敬の眼差しを向けた。

「な、なんかキラキラ目を向けられておるのだが……」

 蓮璋に目で助ける老師に果竪は気づいた。

 のんびりとした口調と気さくな人柄に相応しい好々爺。

 白い髪と白い髭の境界線が分からないふさふさのモコモコ外見。

 いや、モコモコよりもその白の多さに果竪は瞳を光らせる。

 そう――白。

 果竪の大好きな色。

 白は大根に通ずる色。

 大根よりももっと自分に身近な存在が居る事をすっかり忘れ、果竪は老師をガン見した。

 それこそ、恋する乙女のように。

「な、なんかハンターに狙われる獲物の様な心境だが」

「老師、冷や汗出てますけど」

 周囲をしきりに見回す老師とそれにつられる蓮璋。

 しかし二人ともその原因に気づく事は、最後までなかった。

「しかしこちらが王妃とはのう……いや、わしは最初そっちの美人さんかと」

「老師」

 明燐と果竪を交互に見る老師に、蓮璋は嗜める様にその名を呼んだ。

「あ~、良いんですよ。良く言われますし」

 明燐の方が王妃なら良かったと――。

 凪国が建国してからずっと、言われなかった日はなかったぐらいに言われ続けてきた。

 それがなくなったのは、二十年前に追放されてからだろう。


 凪国一の美女。

 凪国一の美姫。

 凪国の至宝の宝。


 聡明で教養深い高貴で高嶺の花は自国他国問わず有名だった。

 そうして明燐を一目見た瞬間、誰もが彼女を王妃だと認識するのだ。

 しかも誤解を解くのは酷く困難で、解いたとしてもその事実を受け入れられず、その矛先は果竪へと向かった。


 あんたより、明燐様が王妃ならいいのに――


 確かに、美貌も教養も全てにおいて明燐は王妃に相応しいだろう。

 その能力の高さからしても、『王の女』としてその隣に立つに相応しいから。

 と、そう考えれば、どうして自分が王妃になったのかと果竪自身も不思議でたまらなかった。

 いや、そもそもどうして自分は王妃になってしまったのか。

「王妃様、どうかお気を悪くなさらないで下さい」

 蓮璋が老師の非礼を詫びるが、果竪の頭の中にはどうして王妃に、いや妻になってしまったのかという原因を記憶から探る方で一杯だった。

 ってか、なんで?

 なんで自分は王妃になったんだ?

 いや、そもそもどういう経緯だったっけ――。

 そして果竪は思い出した。

 暗黒大戦中、孤児となった自分は、後の凪国国王であり幼馴染みでもあった夫の軍に従軍していた。

 というか、居候していたと言った方が良いだろう。

 戦闘の時は殆ど役に立たなかったし、寧ろ戦闘になったら仲間に小脇に抱えられて後方に退けられた。

 また時には、ボール投げの要領で後ろに放り投げられた。

 更には、前線に立たない時の夫の隣に置いておかれた。

『果竪はそこに居なさい!』

 最初の内は隠れて前線、又は後方支援に入ろうとした事はあったが、その度に怒られ、結局は安全な場所で薬草探しとかに勤しむ羽目となった。

 だが今思えば、それが果竪の薬学の強さに繋がる原因となったのだろう。

 で、そういう生活が数年続き、十二歳になった頃――。

 ああ、そうだ。

 その時、夫に婚姻届けなるものを書かされたんだっけ。

 当時は余りに無力で役立たずの自分に嫌気がさし、自分を跡継として引き取ってくれる心優しい女性の手を迷わずとった。

 本当なら孤児院にでも入ろうとしたが、当時親のいない子供は沢山おり、孤児院は何処も満杯だった。

 かといって一人で生きていけるほど器用でもなく、結局は誰かの助けを必要とした。

 別に相手は誰でも良かった。

 ただ、その女性がたまたま手を差し伸べてくれたから、とっただけだ。

 その頃はもう、夫や仲間達に憧れる者達が手段を問わずに自分を引き剥がそうとしていて、一刻も早く軍から離れたかった。

 だが跡継となるには条件があり、婿養子を貰わなければならず、別の男と婚約する為の婚約届けを記入させられた。

 それが夫にバレてしまったのだ。

 そうして烈火の如く怒られ、その後は――お仕置きと言って服をはぎ取られ縛り付けられ、何が起きたか分からない中、朝を迎えるはめとなった。

 そんな自分に夫は言ったのだ。

『これで、果竪は他の男の元にお嫁にはいけません』

 これでも、人並みに夢は大根農家のお嫁さんという可愛らしい事を考えて居た。

 なのに、お嫁には行けません。

 お嫁には行けません。

 お嫁に――。

 十二歳で神生が終わった瞬間だった。

 その後、体は痛いわ結婚出来ないやらで泣きじゃくる自分に夫は言ってくれた。

『何を泣いているのです、果竪。貴方はもう私のお嫁さんでしょう?』

 と。

 ああ、そうだ。

 そうやって結婚したんだっけ……。

 果竪は結婚の経緯を思い出した。

 当時はよく分からなかった。

 というか、なんでお嫁に行けなくなった自分が夫と夫婦になっているのか……いや、どうして夫が自分と結婚したのか分からなかった。

 けれど……分からなかったのはほんの少しの間。

 すぐに気づかされた、教えられた。

 夫は戦争孤児の少女を不憫に思って結婚してくれたのだと。

 何も持たない少女が結婚など出来る筈がない。

 それを不憫に思い、一時の幸せをくれたのだと。

 それは夫が非常に優しいから。

 将来本当に好きな相手が現れるという可能性も全て捨てて、可哀想な孤児の少女の為に尽くしている。

 いわば慈善事業だと、何度も夫や仲間達を狙うあの人達に言われた。

 慈悲――その言葉が自分達の結婚には相応しいだろう。

 それに確かに夫は、慈悲や慈愛が似合うほど優しい男性だった。

 幼馴染みとして、あの村に居た時から……その後、一人生き残って焼けた村の中で茫然としていた自分を助けてくれた時も……ずっと。

 でも、まさかそのまま王妃にされるとは思わなかった。

 大戦が終わり、夫が天帝と十二王家から王の一人として任命され、凪国の領土を与えられた時、そこで自分は離縁されると思っていた。

 確かに当時果竪は妻だった。

 だが歴史を鑑みても、権力を得て地位が上がっていけば、大抵それに相応しい高貴な姫や沢山の女性達を、財力を得ればそれに相応しい妻を娶っていく男達は多く、それまで苦労をともにした妻が捨てられる例は数多くあった。

 しかし夫は言った。

『糟糠の妻、大戦を共に生抜いた仲間を蔑ろにして良き国が治められるでしょうか』

 大戦中の仲間達が高官に就任する事に異議申し立てをする者達は誰も居なかった。

 権力に執着する古狸達すらも心から認めていた。

 けれど、夫は果竪の事も蔑ろにはしないといい、天帝と十二王家の前で王妃に就任させる事を宣言してしまった。

 そこで認められられれば、古狸達ですら下手に王妃を引きずり下ろす事は出来ない。

 しかしそれがより果竪への攻撃の手を強める事となったのは言うまでもない。

 強引に引きずり下ろせないなら、王妃から退くしかないように持って行くまでだ。

 そうして誹謗中傷、罵倒、数多くの嫌がらせ、更には暗殺を何度も繰り返してきたのだ。

 自分から退くか、死んで退位するか。

 と同時に、古狸達は自身の縁者の娘を後宮入りさせる事に力を入れた。

 それは、王妃が死ぬ前から地盤を固めさせて王妃地位を得やすくする為であり、それが駄目でも側室として王の寵愛を得て国母となる事を望んだ。

 薦められる女性は自薦他薦問わずどの女性も美しく高貴な姫君達だったのは言うまでも無い。

 彼女達に勝てるとしたら、上層部の女性陣ぐらいだろう。

 それに彼女達も明燐を見た時に王妃と誤解し、自分達では敵わぬと認めたぐらいである。

 そう――明燐であれば、王妃の地位争いなどという余計な騒動は起きないだろう。

 逆に果竪が王妃でいる限り、いつも王妃や後宮を巡って争いになる。

 やはり……自分は王妃を辞めるべきなのだ。

 慈善事業ならば、もう十分だ。

 夫はもう自分の幸せを掴むべきなのだ。

 それに夫には好きな相手が出来た。

 あの夫が好きになった相手ならば、それこそ公私共に王妃に相応しい相手に違いない。

 だからこそ、自分は夫への思いも全て断ち切り、先に進むために王宮へと戻るのだ。

 離婚宣言し、新しい生活を――。

「そうよ――こうしちゃいられない!」

「王妃様、どうか老師は――え?」

 全く反応してくれずとも根気よく謝罪を続けていた蓮璋が、果竪のあげた声に言葉を止めた。

「早く帰らないと!」

「王妃様……」

 蓮璋は王妃の叫びに胸が締め付けられた。

 当然だ。

 二十年も追放され、ようやく今回王宮に帰れる筈だったのだ。

 なのにこうして強引に誘拐された王妃の心中を思えば、自分達の行いの非道さに心苦しさと罪悪感を覚える。

「大根との新しい生活が出来ないじゃない!」

 その瞬間、お茶を用意していた老師は自分の足にお湯をかけて飛び上がり、蓮璋は座っていた木の椅子から転がり落ちた。

 大根との新しい生活?!

 王宮での新しい生活ではなく?!

 それとも、王宮に大根があるのか?!

 いや、それとも王宮の者達は大根――。

「それ以上考えたら、潰しますよ?」

 色気ではなく、黒い瘴気を蠱惑的な肢体から放出する明燐を前に、何処を?と聞く勇気は蓮璋達にはなかった。

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