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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第三章 隠れ里
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第十九話 推測

 明燐の泣き顔なんて久しぶりだ。

 いや、ついこの前も泣いていたような気がする。

 確か何も言わずに勝手に出歩いて行方不明になって……。

 今度は何をして泣かせてしまったのだろう。

 ぼんやりとする頭で考えていた果竪は、甘い花の香りに気づく。

 ああ、明燐の匂いだ。

 でも、どうしてこんな近く――。


「果竪!」


 ガバリと覆い被さるように抱き締められて納得。

 体を締め上げられる圧迫感に果竪の意識は再び吹っ飛びかけた。

 せめて大根に抱き締められて死にたかった――。

 凪国一の美女の抱擁よりも大根の抱擁を望む変神――それが果竪である。

 と、グッタリとした果竪に明燐が悲鳴をあげた。


「果竪?! どうしたの?! ああ、手術は成功したと言うのに一体どうして!!」


 まさか医療ミス?!


「いや、確実に今抱き締めたせいです」


 横に居た蓮璋の突っ込みに明燐は「え?」と今の状況を見つめ直した。


「……別に何も外傷は」

「外傷が出来るほど圧迫したら即死です!」


 即死かどうかは疑問だが、とにかく問題はあるだろう。


「うぅ……」

「果竪?!」


 呻き声を上げるまで回復出来たらしい。

 苦しげな声を上げる果竪に明燐は飛びついた。


「果竪、しっかり」


 そしてまた強く抱き締め――。


「退場」


 蓮璋の意を受けた者達に明燐は捕獲された。


「何をするのです! 私は果竪の――」


 最後まで言わせずに連れだされた明燐を見送り、蓮璋は果竪に近寄った。

 遠くから「果竪と二人っきりで何をするの!」とか、「まさか果竪に何か変なことを!」とか聞こえてくる。

 そんなに自分は信用ならないのだろうかと、ちょっぴり涙が出た。


「……あの」

「はい? あ」


 呼びかけに無意識に返事をしたが、それが王妃からのものだと気づき蓮璋は居住まいを正した。

 勿忘草色の瞳が自分を見つめる。


「ここ……は」


 王妃の求めている答えを悟り、蓮璋は優しく微笑んだ。


「ここは俺達の住む隠れ里ですよ」

「隠れ……里?」

「ええ。詳しい場所は言えませんが……すいません、居場所が特定されるのは危険なので」

「……王宮に、バレるから?」


 王妃の質問に蓮璋は苦笑した。


「いえ、寧ろ王宮にはバレて欲しいですね、俺達の存在を……。バレて欲しくないのは、俺達の敵の方にです。そして今はそちらにバレる可能性の方が遙かに高い」

「……敵?」


 敵とは、どういう事だろう?

 果竪はぼんやりとした頭で考えた。

 しかも王宮にはバレて欲しいとはどういう事か?

 王妃を誘拐したのだ。

 王宮を敵に回すも同然の行為を行ったのにバレたら捕縛されてしまうではないか。

 この人は何を考えているのだろう。

 ジッとその顔を見つめる。


「それより、何が起きたか覚えてますか?」

「え?」

「オレ達が王妃様達を襲った時の事ですよ」

「……」


 何が、起きたか。

 分からないと頭を横に振ろうとした時、果竪は右肩に引きつる様な痛みを覚えた。


「っ!」


 と、その痛みが果竪を覚醒させると共に記憶を取り戻させる。


「わた……し…」


 そうだ……思い、だした。


「……私……撃たれた」

「ええ。そうです」


 明燐に駆け寄ろうとした時、肩に強い衝撃を受けた。

 そして――。

 ズキンと頭に痛みが走り果竪はギュッと目を瞑った。

 ガンガンと強い痛みに意識が揺れる。


「王妃様?!」

「う……あ……」


 肩に強い衝撃を受けた。

 そう、衝撃を受けて……その後、何かあったような気がする。

 何処か、暗い場所を歩いて……歩いて……。

 だがそれ以上思い出すのを拒むように頭痛は酷くなっていく。


「あ、頭……痛い」

「王妃様、しっかりして下さい!」


 蓮璋の手が右肩に触れた途端、果竪は痛みに悲鳴を上げた。


「あ――」


 しまったと思った時には、王妃は肩を庇うようにごろりと横を向く。


「も、申し訳ありませんっ」


 そのまま動かなくなってしまった王妃に、蓮璋は慌てた。

 機嫌を損ねてしまったのだろうか。

 だが、傷に触れたのは自分だ。

 謝罪しなければと必死に言葉を考え口を開く。

 だが、最初の言葉が出てくる前に王妃が動き出した。

 ゆっくりと、上半身を起こそうとする姿に慌てて手を貸す。


「ありがとうございます」

「いえ、あの、すいませんでした」


 必死に謝る青年に果竪は首を横に振った。

 肩の痛みはまだあるが、わざとやったわけではないのだから。


「あの、痛みは」

「あ、肩はもう大丈夫ですよ」


 果竪が安心させるように言うと、青年はホッと息を吐いた。


「ってか、包帯巻かれてますけど、貴方が手当してくれたんですか?」

「いえ、それはオレの知り合いの医師の手によるものですよ。寧ろオレは王妃様に痛みばかり与えてしまって……」

「どういう事ですか?」

「その、貴方が撃たれた時に……一分一秒を争う状況で手荒な治療をせざるを得なかったんです。おかげで火傷までさせてしまって」

「え? 火傷?」

「王妃様の出血が多量すぎて、傷口を焼いたんです。あ、もちろん此処に来てから更に治療しましたので傷跡は殆ど残らないと思います。銃弾も摘出しましたし」


 体に弾が残っていたのを、青年の知り合いの医師が手術で摘出してくれたという。


「覚えてない」

「当たり前ですよ。ずっと意識を失っていましたし、手術中は麻酔もかけますしね」


 意識がある状態での切開などとんでもないと青年は顔を歪める。

 その顔は何処か青ざめており、よほど自分は重傷だったのだと果竪は理解した。


「それに意識自体が中々戻らなくて……あの場所で意識を失ってから、今日までずっと眠り続けていたんですよ。もう此処に来てから三日経過してます」

「三日……」


 そんなに意識がなかったのか。

 と、そこで青年がまた心配そうな表情を浮かべた。


「そういえば頭の方の痛みはどうですか?」


 頭?

 果竪はキョトンとした。


「頭がどうかしました?」


 痛かったのは肩だが。


「え? でも、さっき頭が痛いって」


 驚いた様子の青年に果竪は首を傾げた。

 そんな事を自分は言っただろうか?

 だが、記憶を探ってもそんな事を言った覚えはない。


「その、大丈夫ですから。え~と」

「あ、オレは蓮璋と言います」

「果竪です――あ」


 あっさりと名乗った相手に果竪もつられて名乗ってしまった。

 しかし、そこで自分達の関係を思い出して焦った。

 この蓮璋と言う名の青年は、自分達を襲った存在の一人でもある。

 そんな相手にこうも簡単に名乗っていいのだろうか。

 いや、それ以前に蓮璋の方も素性に関わる情報を渡してもいいのか疑問だ。


「え~と、大丈夫ですよ」

「え?」

「名前の件でしょう? 大丈夫です」

「あの、それってどういう事ですか?」

「ですから、名前を隠すつもりはありません」


 名前を隠すつもりはない?

 つまり素性を隠すつもりはないという事か。


「でも、さっき場所は知られたくないって」

「ええ。それを知られるとオレ達の命に関わりますからね」


 なんだか分からない事ばかりだ。

 だが、ふとそこで思い当たる。


「そういえば、私、貴方達に襲われたんですよね」

「ええ」

「で、王妃を狙っていましたよね」

「はい」

「なんで王妃を狙ったんですか?」


 果竪の直球の質問に蓮璋はあっけにとられる。

 だが、すぐに笑みを浮かべて答えた。


「オレ達に必要だったからです」

「貴方達の居場所がバレるかもしれないのに?」

「……」

「バレないとは思っていませんよね? 王妃が攫われれば当然王宮側は躍起になって捜そうとする」


 王が愛妾に首ったけの今、そこまでしてくれるか分からないが。

 それどころか、これ幸いにと始末されそうな気もする。

 しかし普通に考えれば、捜索する確率の方が高い。

 それこそ、どんな手段を用いてでも。


「王妃が襲われ誘拐されたなんて国にとっては大事ですからね。居場所がバレないわけがない」


 特にこの国の上層部の実力を知っている果竪は断言した。


「絶対に、バレますよ。なのにどうして」

「言ったでしょう? 王妃様」


 蓮璋が果竪の言葉を遮る。


「オレ達は王宮側にはバレて欲しいと」

「……え?」

「バレて欲しいんです。でなければ、オレ達は……オレ達は、ずっとこのままだ」


 ギュッと握りしめられる拳。

 苦しそうに顰められた眉。

 その瞳に浮かぶ悲壮な決意の光を目の当たりにした果竪は、ポツリと呟いた。


「……もう一つ質問させて下さい」

「何ですか?」

「どうしてあそこで私達を襲ったんですか?」

「はい?」


 キョトンとする蓮璋に果竪は淡々と告げる。


「だから、どうして、あそこに王妃が来ると分かったんですか?」


 蓮璋がギョッとした様に目を見開くが、果竪は追求の手を緩めない。

 大切で、重要に質問だからだ。

 襲われた時にも疑問に思った。

 けれど、こうして落ち着いて考えられるようになると、それはあっという間に大きな疑問となって果竪の頭に居座った。

 大切な、大切な、明かさなければならない疑問。


「場所だけじゃない。時間もそうです。どうして、私達があの場所を通る時間にタイミングよく襲えたんでしょうか」


 果竪は蓮璋を見つめた。


「確かに王妃が王宮に居ない事は周知の事実だし、二十年前の事件で追放された事も公にされています。でも、何処に追放されたかは誰も知らない筈。けれど私が襲われたあの道は、瑠夏州と鶯州を繋ぐ道であり、瑠夏州から来た者達が通るのが殆ど」


 つまり、瑠夏州から王妃が来ると知っていたのだ。


「更に、私があの道を通る時間をどうして知っていたんでしょうか?」

「……」

「場所が分かっていても、通ると分からなければ待ちぼうけです。つまり、王妃があの時間にあの道を通ると知っていたという事になる」

「……」

「しかも貴方方は、あの馬車が王妃のものだと分かっていましたしね」


 確かにあれだけ警備されていれば一般市民ではないが、貴族という事もある。

 だが、彼らは間違いなくあの馬車を王妃のものだと知っていたのは、当時の言動を思い出しても明らかだ。


「つまり、かなり詳しい情報を、貴方方に提供してくれた方は持っていたんでしょうね」

「え?」

「それもこちら側の内部の人間。でなきゃ、そこまで知れるわけがない」

「……」

「ですよね。そして私が王に疎まれて別の場所に移される事も教えてくれたんでしょうね」


 蓮璋の目が見開かれる。


「そんな!! 嘘でしょう?! あいつは王妃様が王宮に帰還すると――あ」

「その道を通る目的まで教えてくれたんですか」


 溜息をついた果竪に蓮璋は自分の失言に気づいた。

 手で口を覆ってももう遅い。


「あ、その」

「別に言い訳しなくてもいいですよ。どちらにしろ、ここからでは教えた相手に何かする事は出来ませんからね」


 場所や時間もそうだが、王宮帰還という目的も隠されていた筈だ。

 それを知っているのは、迎えの使者達を別にすれば、あの屋敷の者達と瑠夏州の領主とその側近である輝凰ぐらいである。


「まあでも仕方ないですよ。そもそも、詳しい情報がなければ王妃誘拐なんて計画出来ませんし」


 でなきゃすぐに捕まってしまうし、計画も破綻してしまうだろう。

 それを考えれば情報提供者が詳しい情報を渡していてもなんら不思議ではない。

 だが、だからといって黙って見逃すわけにも行くまい。


「貴方に情報を流したのが誰か教えて欲しいんですけど」

「……」

「まあ――素直に言うわけないですね」


 押し黙った蓮璋に果竪は苦笑する。


「けど、それほど私の事をどうにかしたい相手が居たって事は哀しいですね」

「っ!」

「二十年一緒にいながら……ふがいないです」

「ち、違います! あいつはそんな事は思ってない! 王妃様の事をオレ達に教えてくれたのはそれしかなかったからだ! オレ達が頼んだんです! あいつは最後まで王妃様を巻き込む事を躊躇っていた!」

「でも」

「あいつは王妃様を尊敬していました! だから、だからオレ達の事はどれだけ恨んでもいい! でもあいつだけは見逃して下さい! あいつは何も」


 必死な面持ちを見ながら、果竪は淡々と告げた。


「そういえば、鶯州出身者は一人だけ居ましたね」

「え?」


 キョトンとした蓮璋は言葉の意味をすぐには理解出来なかったようだ。

 けれど果竪はそれを無視して先を続けた。


「確か、あの屋敷の料理長」

「……っ!」


 ああ、ビンゴか。

 果竪はようやく理解した蓮璋を見つめた。


「な……あ……」

「当たりですか」

「あ……ど、どうし」

「貴方の様子から、貴方方に関わりの深い相手だと思いました。で、私の側にいる人で貴方方に関わりの深い人を捜したところ、そういえば鶯州出身が一人だけ居たと思い出しまして」


 果竪があの屋敷に追放される際に同行した者達には幾つか特徴がある。

 それは、明燐を除いて、その殆どの者達が追放した瑠夏州の周辺州の出の者達であるという事だ。

 何故そうしたのかと言えば理由は一つ。

 もし何か事情があって瑠夏州に居られなくなった際に、彼らの出身州のどれかに逃がす為である。

 その時にその州の出身者がいる事は心強いだろう。

 場合によってはすぐにその州の領主に助けを求められない場合だってある。 

 その時に地理を知っている者が居るという事は心強い。

 そうして瑠夏州の隣に位置する鶯州の出身者はその料理長ただ一人だった。

 果竪は、出立した日に差し入れしてくれた大根の煮物を思い出す。

 あれは、この州の郷土料理で州独特の味付けだと聞いていた。


「もちろん必ずしも同じ出身者だから関わりが深いわけではないです。でも、別の州よりも可能性が高い。だから聞いてみました」

「聞いてって」

「とても良い反応をしてくれましたよね」


 そこまで驚いてくれれば、誰だって見当が付く。

 料理長が、蓮璋達に縁が深いと。


「料理長なんですね、情報を流したのは」

「……カマかけされたという事ですか」

「はい、かけさせてもらいました――で、話は戻りますけど、どうして攫ったんですか? 王妃を」


 果竪の質問に、蓮璋は項垂れていた頭を上げた。


「……驚きましたよ、本当に」

「……」

「すいません、まさかここまでとは思っていませんでしたから……いえ、オレの中の何処かで王妃に対する侮りがあったんでしょうね」


 田舎出身の王妃様。

 何の取り柄もない、地位と権力の上にあぐらをかく無能者。

 料理長から聞いた情報はそれとは逆だったけど。

 けれど……何処かで思っていた部分が確かにあったのかもしれない。


「それで――料理長はどうなるんでしょうか?」

「理由によります。情状酌量があるのなら、考慮します」

「つまり、オレの話す内容次第だと?」

「はい。ですから、教えて下さい」

「……先程まで眠っていた相手とは思えませんね」

「え?」

「早すぎるんです。状況判断が……それに、協力者まで見抜いてしまうなんて」


 苦笑する蓮璋に果竪はポリポリと頬をかいた。


「確かに私は馬鹿で無能ですけど、一応大戦経験者で、あの王宮に二十年前まで住んでましたから」


 その中で培ってきたものの結果が、これだ。

 しかしこれでも遅い方だと思う。

 結局二十年前も冤罪を被せられてしまったし。

 だから驚く蓮璋を果竪は理解出来なかった。


「……分かりました。でも、最初にこれだけは言います。料理長はオレ達が強引に協力させただけで、彼は被害者です」

「……」

「そして今回の事は全てオレに責任があります。ですから、罰するならオレを」

「詳しい説明を聞かないとなんとも」


 そう突っぱねる果竪に、蓮璋は笑った。


「分かりました、話します。もともと話す筈でした、今回の理由を」


 ただ、全てを話すかどうかは決めかねていた。

 けれど、今決めた。

 この方になら全てを話しても構わないと。


 それだけのリスクを負ってでも、この方に聞いて貰いたい。

 自分達の苦しみを、この計画に至る経緯を。

 そう……きっと、分かってくれる。

 勿忘草色の瞳を見つめ、蓮璋は口を開いた。

 と、背後の扉が吹っ飛び蓮璋の真横を通過した。


「え?!」


 それはそのまま奥の壁へとぶつかった。


「れんしょうぉぉぉぉ」

「ひっ! め、明燐さん?!」

「あ、明燐」

「果竪と二人っきりで何をするつもりだったんですのぉぉぉ!」

「へ?! いや、何もな――うわぁぁぁ!」


 飛びかかる明燐に押倒される蓮璋。

 それを寝台の上から見てしまった果竪は慌てて制止の声を上げる。


「明燐、落ち着いて!」

「果竪に何かしていいのは私だけよ!」

「何かって何?!」


 初めて聞いた、そんな新事実。

 おかげで果竪は暫し固まり、結果として明燐を止めるのも遅くなり、その後の予定が全て後ろにずれたのは言うまでも無い。

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