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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第二章 王宮
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第十六話 休憩

 時は、王宮に連絡の入った十日前に戻る。


 明燐と果竪、碧易へきえきの三人は、自分達を襲った男達に連れられて野山を分け入った。

 残された護衛達は、その十分後に商人達に助けられる事となるが、その時には既に距離があり、もし護衛が追い掛けてももう追いつく事は不可能だっただろう。


 それから、男達は明燐達を連れて山道を歩き続けた。

 途中日が落ちても、彼らは歩みを止めず、せめて場所を覚えておこうとした碧易も、同じような風景の連続と負った傷による熱で終には自分を担ぐ男の肩で意識を失った。

 果竪も首領格の男に抱えられ、明燐はその男に手助けされながら険しい道を進んだ。

 だが、明燐を驚かせたのは既に日が落ちたにも関わらず、光の類を殆ど使わずに進む男達の身体能力の高さだった。

 普通であれば、周囲を木々が覆い、道も殆ど獣道となれば満足に歩く事もままならないだろう。

 しかし、彼らはまるで全てが見えているかのように、歩いて行く。

 そんな明燐の疑問に気付いたのか、首領格の男がくすりと笑って指を指す。


「あれですよ」


 首領格の男が指さした先を見て、明燐は目を丸くした。


「木々の根元が光ってる?」


 木々の根元に、小さな光る『バツの字』があった。


「なんで、光って……」

「光苔ですよ」

「え?」


 光苔?あの、洞窟とかにある――。


「それを染料に加工し、木々に『バツの字』を書いてるんですよ。こうやって」


 男が、取り出した小さな小瓶と筆を出して実践してくれた。

 すると、書かれた部分が確かに光る。


「で、来る時はこれを書いて、戻る時はこれを辿って消しているんですよ」

「消す?」

「オレ達の居場所がバレたら困るでしょう?」


 そういえば、思い出してみれば男達の誰かが必ず木々の根元に何かしていた気がする。

 あれは、その染料を消していたのか。


「頭が良いですわね」


 これでは、追い掛けるのは難しい。


「それで、後どのぐらいで着くのですか?」

「このままぶっ通しで走れば、明日の夜には」

「へ~って、はい?!」


 明日の夜?


「はい。これでも、遅い方ですよ?」

「お、遅いって」

「安全な道を進んでいますからね」

「あ、安全……」


 なのだろうか?この道は。

 岩がゴロゴロしている道を歩かされている時点で、どう考えても危険な道だろう。

 その後、なんだか抜け道の様な洞窟を通り抜け、そのまま地下道に入る。


「気をつけて下さいね」

「ここは?」

「昔の坑道ですよ。入り組んでいて網の目状ですから、はぐれたら遭難しますよ」


 首領格の男の言葉に、明燐は頷いた。


「もう少し行ったら一度休憩を取ります。王妃様の傷も確かめたいですし」

「わかりましたわ」


 それから間もなく、地下水が流れる場所に辿り着いた。

 場所によってはかなり急流な場所もあるそれは、地下に流れる川と言ってもいい。

 手をつければ、ひんやりとした冷たさに明燐の頭の中も冷えていく。


「ここで休憩しましょう」

「果竪……」


 男が自分の上衣を地面に敷き、そこに果竪を寝かせる。

 応急処置で巻いた包帯を外せば、火傷の引きつった傷が露わとなる。


「……」


 痛々しい傷跡だが、男は目をそらさずに懐から掌に載る黒い二枚貝を取り出す。


「それは?」

「軟膏入れです。オレ達がよく使う軟膏が入っていて、痛み止めの作用があります」

「では、お貸し下さいな。私が塗りますわ」


 果竪の肌に触れさせる事は出来ないと明燐が手を差し出す。


「変なことは致しませんよ――と言いたいところですが、彼女は王妃様。分かりました」


 男は素直に応じ、明燐に貝殻の容器を渡す。


「どう開けるのですか?」

「それは、ここをこうして」


 男の指が明燐の手に触れ、パッと明燐が手を払う。


「あ……」

「す、すいません」

「……いえ、で、こうですわね」


 明燐は教えられた通りに貝殻を開けば、そこには確かに塗り薬が収められていた。

 それを手に取り、果竪の皮膚へとぬっていく。

 果竪は目を覚まさない。

 よほど深く意識が落ちているのだろう。


「……塗り終えましたわ」

「では、また包帯を巻きます」


 男が果竪の肩に包帯を巻こうとするが、明燐に制された。

 自分がやるという事だろう。

 どうやら、少しずつ冷静さを取り戻してきたらしい。

 それでも、逃げようとするそぶりは見られず、男はホッとした。


「上手ですね」

「包帯巻ぐらいですわ。大戦中は自分達の怪我は自分達でどうにかしなければなりませんでしたし」


 大戦という言葉に、男が目を伏せる。


 神々の世界から始まり、全ての世界を滅ぼした暗黒大戦。

 前天帝達の横暴に耐えきれず、現天帝の蜂起を皮切りにあちこちで反乱が勃発した結果引き起こされた大戦。

 およそ千年に及ぶ長い戦いは、法律、常識、慣習その他全ても崩壊させ、殺戮、略奪、暴行が平然とまかり通る世界となった。


 弱ければ死ぬ、強ければ生き残る。


 更に大飢饉が何度も起き、多くの者達が死に絶えた。

 物資は困窮し、人材も居なくなり、当然医師も減れば、治療する道具も減っていった。

 ならば神力で治療しようにも、術者の体力が激減すればままならない。

 体力を確保するだけの食事すら満足に取れず、明燐が所属していた萩波の軍も酷い時は塩をなめ、食べられる土や草を煮込んで食べる生活が一月も続いた。


 もちろん、男も同じだった。

 何とか家族全員で生き延びた暗黒大戦中、男も満足に食事が取れずに何度も生死の境をさまよう事となった。

 そればかりか、母の栄養失調で死産した弟妹も居た。


 だが、それでも誰もが言う。

 現天帝達への感謝の言葉を。


 なぜなら、そこまで追い込まれていたからだ。

 あの時、現天帝達が蜂起してくれたから、この程度で済んだのだと。

 でなければ、世界全てが滅び混沌へと還っていっただろう。


 全ての命と共に。


「どうしました?」


 明燐の言葉に、男は馳せていた思いから帰る。


「いえ……そうですよね。凪国上層部の方々は、あの暗黒大戦を戦ってこれらた方々でしたね」

「……ええ」

「十二王家――炎水家当主夫妻の指揮下に入りつつも、それまでの間、そしてそれ以降も多くの兵士達を抱えた大軍の一つ。そしてそれを指揮され、見事に幾つもの村や町を戦火から救い、前天帝軍と戦い、多くの功績を立てた者の一人として、凪国国王として君臨し、他の方々は上層部に就任された」

「……その通りよ」


 そして国王と上層部はこの国を与えられ、託された民達を引き連れてこの土地に国を興した。

 それが凪国の始まりだった。

 凪と時化を司る水の国の一つ。

 天界十三世界が一つ、炎水界でも一、二を争う大国として、王と上層部は国を発展させていった。


「その地位に胡座をかく無能どころか、多才で恐ろしいまでの実力を有する実力者揃い」


 男の言葉に、明燐は溜息をつく。


「その通りですわ。ですから、貴方の行った事は王宮側に喧嘩を売るとんでもない暴挙ですのよ」

「ですね」


 男は笑う。


 そんな事ぐらい、分かり切っている。

 この国の王と上層部がどんなに優秀であるかを。


 これほどの大国を維持し発展させるには、強大な神力だけでは駄目だ。

 だが、卓越した政治手腕や財政手腕、軍事力だけでも駄目だ。


 強大な神力と、政治手腕の類。

 絶対的なカリスマ性と、人材を発掘し適材適所に置くだけの眼力。


 そう――あらゆる才能に秀で、それを実行するだけの力がなければここまで国を発展させる事は無理だっただろう。

 また、発展させるには維持しなければならない。

 凪国ほどの大国ともなれば、目が行き届かない場所も当然多くなる。

 空中分解や瓦解、反乱などが幾つも起きてもおかしくなかった。


 しかし、凪国は反乱の類が他の国に比べて圧倒的に少なく、民達が無用な戦火に巻き込まれる機会も少ない方だと言っていい。

 但し、何事においても完璧なものがないのもまた事実だ。

 どんな完璧と思われる法律にも抜け道があるように、物事には穴がある。


 男は思う。

 自分達を苦しめた奴は、その部分をついてきたのだ。


 広大な国を維持する王と上層部を見事に欺き、自分達に地獄の様な苦しみを味わせた暗君。

 異常なまでに権力欲が強く、それゆえに多くの民達が犠牲となった。

 全ての逃げ道を塞ぎ、自分達を追い込み。

 ここで失敗は出来ない。


 男はゆっくりと息を吐き、王妃を見る。

 王妃は自分達の希望だ。

 偉大なるこの国の賢君達の目を欺き続けるあいつに一矢報いるための。

 いや、自分達を再び日の光の下に掬い上げてくれる、大切な切り札。

 王妃が居れば、必ずや王宮側は動いてくれるだろうから。


 だが――。


 男は王妃を見る。

 肩に巻かれた包帯の下には、痛々しい火傷の痕がある。

 これは、間違いなく自分達のせいでついた傷だ。


 言い訳はしない。

 王妃を撃ったのは自分達ではないが、撃たれる機会を作ったのは紛れもなく自分達が足止めしたからだ。

 それが結果的に、王妃を撃った者達に絶好の機会を作ってしまった。

 だから、この傷は自分達の――いや、この計画を立て遂行した自分の責任と言える。


「すいません」

「え?」


 明燐は男を見れば、今にも泣きそうに見えた。


「……謝るぐらいなら、最初からしないでください」

「そうですね……オレ達はこうしなければならなかった。だから、本当ならば謝るなんて事はしてはならない。なぜなら、謝ればオレを信じてついてきてくれた者達、そして今回怪我を負わせた方達、全てを侮辱する事になるから……でも」


 それでも、王妃の傷を見て俯く。


「すいません……」

「……」


 たぶん、男は酷く優しい心根の持ち主なのだろう。

 だからこそ、今回の事は絶対に起こさなければならなかったのだ。

 何となく、明燐はそう思った。

 果竪を助けた時の様子と良い、彼は攫う筈の果竪に対して驚くほど気をつかってくれた。

 確かに、果竪を攫う事が目的ならば、死なせる事は出来ない。

 しかし……、今もこうして傷薬を塗ってくれたり、自分達を気遣い休憩を入れてくれるなど、どう考えてもただの悪党には見えなかった。

 彼も言った。

 しなければならなかった――何としても。

 そう……そこまで、追い詰められるだけの何かが、彼らにはあったのだろう。


 と、男の仲間の一人が明燐に葉っぱで作った器を手渡した。

 そこには、澄んだ水が注がれていた。


「葉っぱ製ので悪いけど、水分補給しないと……あ、葉っぱは汚くないからな! それに毒とかも持ってないから」

「分かってますわ。それに、大戦時代はよくこうして水を飲みましたもの」


 器なんて、限られた数しかなかった。

 だから、手で掬って飲んだり、こうして葉で器を作って飲んだ。

 だが、葉も焦土と化した部分が多い場所では、それさえも出来なかったが。


「ありがとうございます」

「あ、ああ――その、もう少し欲しかったらまた汲むから」


 そう言うと、男の仲間は慌てて離れていってしまった。

 頬が赤く、どぎまぎした態度に、明燐は今まで何度も自分に向けられてきたものを思い出す。


 明燐の美貌は凪国一。

 その姿を一目目にした者は、大抵がこんな風に落ち着かない態度を取る。

 因みに残りは、悩殺されて倒れたり、固まる者達だ。

 とはいえ、自分に水を渡してくれた者は、今までの者達とも違う。

 多くの者達は、明燐を欲に塗れた瞳で嬲る様に見つめてきたが、先程の男はごく少数の部類に入るのだろう。


「何赤くなってる」


 首領格の男が苦笑しているのが見えた。


「い、いや、そのお頭――あんまり綺麗過ぎて」

「へぇ……奥さんよりか?」

「それはもう――あ」


 他の仲間達も同じような顔をする。


「あーあああああっ! お、お頭、あの、そのっ」

「分かってる。他の女性を見て鼻の下を伸ばしてましたと言っておくから」

「ありが――じゃないですよおおっ! 殺されますよアッシ!!」


 どうやら、かなりの恐妻家らしい。

 と同時に、愛妻家らしい。


「り、離婚される、離婚され――うわぁぁぁぁっ!」

「落ち着け、言わないから」

「ど、どうしよう! 離婚されたら、アッシは、アッシは……」

「って馬鹿!!」

「落ち着け!!」

「誰か回り込めっ!!」


 地下水の中でも流れの激しい場所に飛び込もうとした仲間に、慌てる他の男達。

 どうやら入水自殺寸前だったらしい。

 が、とりあえず此処までするぐらいなら、奥さんとの仲も問題ないだろう。

 機会があれば伝えてあげてもいい。

 離婚される事を恐怖して入水自殺しかけました――って。


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