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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第二章 王宮
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第十四話 会議②

「それで、使者団は王妃を連れ戻しに行ったまでは分かりました。ですが、この様に私達が集められるというのは、それだけではないでしょう? 何が起きたのです」


 情報省長官が、持っていた調査用紙を握りしめる。

 だが、辛そうな表情も一瞬。

 すぐに全ての表情を消し、淡々と告げた。


「王宮へと戻る最中、瑠夏州隣の鶯州にて、賊に襲われ拉致されたとの事です」


 その場に衝撃が走った。


「拉致されたのは、王妃様の他に、侍女長の明燐、そして使者団の長――碧易の三名です」

「他の者達は?」

「賊に襲われた後に通りかかった商人達に助けられ、近くの街に収容されました。そこで商人の持っていた伝書鳩に手紙を託したと、手紙には書かれていました」

「そうですか……」

「詳しい事に関しては、比較的身動きが取れる者が使者として王宮に現在向かっているそうです」

「護衛は何をしていたんだっ!」


 あちこちで怒りの声が上がる。


「話では、かなりの使い手のようだと。ただ気になる事があります」

「それは?」

「何でも、賊とはまた別の存在が現れ、それが……」


 再び黙ってしまった長官に、宰相が先を促す。


「長官」

「……」

「言え」

「……その存在は……銃器を持っていたと」


 銃器という言葉に、王の中で一つの光景が蘇る。

 ドクドクと、血が流れる音が聞こえ、目眩がする。


 まさか……。


「王妃様が、撃たれたそうです……」

 場が、凍り付いた。

「……撃たれた?」


 最初に声を出したのは、朱詩だった。


「はい。他にも、護衛達が数名撃たれましたが、王妃様は他の者達とは違いかなりの出血をしていたと」

「な――」

「それで、賊の一人が王妃様の治療にあたられ、事なきを得ましたが……」

「でも、連れ去ったんだろう?」


 表情を消した朱詩に、長官は頷いた。


「はい。それで、最初は王妃様と明燐様だけが連れ攫われる筈だったのですが、使者団の長が交渉し、三人になったと」


 その言葉に、少しだけ安堵の息があちこちから漏れる。

 いくら治療したとはいえ、大量出血した王妃を抱えて明燐一人が動くにはきついものがある。

 しかし、そこにもう一人いれば何とかなるだろう。

 しかも、碧易は、宰相の子飼いの中でも、その実力は各長官からもお墨付きである。

 とはいえ、事態が厳しいままなのには変りが無い。


「それで、襲われたのは何時なのです」

「日付から、十日前になると」

「十日ですか……」


 それでも、襲われた地点を考えれば半分ほどの時間で来ている。


「丁度上手く風に乗れたようです」


 また、緊急用に鍛えられた伝書鳩だった事も功を奏している。

 伝書鳩にも階級があり、その階級が上であればあるほど飛ぶ速さも速くなる。

 速さは『亀』、『兎』、『疾風』、『韋駄天』となっており、今回使われたのはその最高階級の『韋駄天』だった。

 これだと、半分の時間で着くことは可能である。


 しかし、なんだか腑に落ちない。

 話を聞けば、今回王妃が帰郷する為に通るルートは、一番安全な場所だった筈。

 賊が出るような話も聞いた事がない。


「ですが、王妃が攫われた事は事実。これは困りましたね」


 王の言葉に、その場に居た者達が騒ぎ出す。


「い、一刻も早く軍を向かわせて王妃様を救出しなくてはっ!!」

「馬鹿!! 軍を動かすなどすれば、向こうに気付かれてしまうではないかっ」


 一軍を動かしたとなれば、その動きはすぐに知れる。

 それに、民達に何かが起きた事がばれてしまう。


 王妃誘拐。


 民どころか国中が大騒ぎになる。

 それどころか、この騒ぎに乗じて良からぬ事を考える者達が出るかもしれないし、周辺国もどう動くか分からない。

 いくらこの国が大国とはいえ、徒党を組まれれば厄介だし、同盟を組んでいる国だとて一枚岩ではない。


「そうだ!! 精鋭を数人送り込めばっ」

「送り込むにも居場所が分らないだろうが」


 そう……それが問題だった。


 しかも、目的も相手の素性もわからないのだ。

 だが、賊とはいえ盗賊の類ではないという。

 それに、出血多量の王妃を治療した手際の良さ。

 たぶん、向こうは王妃に死なれたらまずい目的があるのだ。


 生きたまま王妃の身柄を確保する。

 それは王妃自身が目的か、それとも王妃という地位の少女を何かの交渉にするつもりか――。


 もし、前者だったらまずい!!


 その場に居た王以外の全員から血の気が引いた。

 もし、もし万が一、王妃自身が目的だとしたら。


「王妃様の体が目的! という、王みたいなロリコンだったらアウトですね!」

「黙れ馬鹿!!」


 朱詩が隣に居た馬鹿を黙らせた。


 なんて事を言うんだ殺されたいのか!!


 確かに王妃の体は幼児体型だ。

 真性のロリコンでない限りは、絶対に性欲の対象としてはみないだろう。


 という事は、最後までしっかりと手を出した王は変態なのか?


 当たり前だ。

 当時十二歳だった王妃を笑顔で騙して婚姻届けを書かせた挙げ句、最後までイタしてしまった王はどう考えたって、ロリコンだ。


 いや、犯罪者だ。

 本気で逮捕されればいい。

 もし可能なら、次の会議にて『ロリコン規制法~十六歳以下に手出ししてはいけません~』を採決し可決させてやりたい。


 だが、きっとこの王なら言うはずだ。


『この法律が出来る前の事に関しては、適応されません』


 流石は真の犯罪者。

 きっと王妃の神生はこの王に目を付けられた時点で終わっていたと思う。

 だが、失礼極まりない発現をされた王は、表情を崩す事はなく朱詩を始め多くの者達がキョトンとした。


 だが、すぐに気付いた。

 その吐き気すら覚える気配が近付くにつれ、彼らはスイッチを切り替える。

 素顔を隠し、心を隠して仮面を被る。


 さあ――始めよう。

 最高の演技を。


 王妃を守る為に。


「本当に仕方の無い王妃だ」

「面倒事ばかり起こして下さる」

「なんて無能な王妃」


 口々に囁き、陰口を叩き、嘲笑する。

 あいつらに、聞こえるように。

 先程までの、本当の自分達の時間を懐かしみながら。

 王妃への想いを、心に押し込めて。


「しかし、このままにはしておけません」

「そうね。国が混乱するのは望まないわ」

「まずは居場所の特定をしましょう」

「そうだな。それに、賊からの接触もあるかもしれない」

「王、それでいいですか?」

「いいも何もそうするしかないでしょう? ならばやって下さい」


 まるで投げやりのような感じで王はひらひらと手を振った。

 先程までとは打って変わった怠惰の様だが、それを咎める事なく長官達は頷く。


 愛妾との生活に酔いしれ、愛妾の事しか頭にない愚王。


 騙し、演じ、愚かな王を作り出す。

 それは、確かにあいつらを騙せるだろう。


 しかし、別の問題を作り出す危険性もあった。

 何とかして自分達の娘を側室としようとする者達を付け上がらせるという。


 実際に、既にその問題は起きていた。

 毎日のように、自分の娘を、姉妹を、縁者の娘をと望む者達の陳状がなされていた。


 出来れば王妃。

 もしなれずとも、寵愛されれば跡継ぎの母として国母になれる。

 そうなれば権力は思いのまま。


 凪国は炎水家の直属の大国であり、その国王は限られた者しか達いる事の出来ない炎水家の宮殿に殿上する事が出来る。

 その仲間入りが出来れば自分の一族の繁栄は思いのままだとして、権力を望む一部の貴族達は王に娘を薦めるのだ。


「それでは、王妃様の事はまず賊の居場所特定から始めます」


 その時、謁見の間に一つだけある時計の鐘が鳴響き、正午の時間を知らせる。

 と、王が立ち上がった。


「さてと、そろそろ時間ですし、私は帰ります。後の事は頼みますよ。それでは」


 立ち去る王に、長官達が一斉に頭を下げた。

 怠惰を演じつつも、それでも国を支え続けてくれる、王に対して。

 自室に戻った王が座り慣れた椅子に腰を下ろす。


「ああ、来ましたね」


 すっと、何時のまにか目の前に現れた存在に王は顔を上げる。

 腕の中で、愛妾たる少女がキョトリと相手を見つめていた。


「王のお呼びとあらば、ね」


 大輪の薔薇の様な美女が、艶麗なる笑みを浮かべた。


「話は」

「聞いていたわよ。影からね」


 凪国国王には、王だけが動かせる直属の影がある。

 その名は『海影』といい、長の名は茨戯と言う。

 そう――王の前に立つ薔薇の美女こそが、その長だった。

 しかも男である。


「で、用件は? 王妃を攫った奴等の皆殺し?」

「全員殺して来なさい」

「……全員って、萩波」


 思わず王の名を呼んだ茨戯に、萩波はきつく睨み付ける。


「勅命です」

「……」

「但し明燐だけは傷一つつけずに、連れ帰りなさい。宰相の大切な妹姫ですから」

「王妃は?」


 茨戯の言葉に、萩波がくすりと笑う。


「……分かったわ」


 その笑みに隠されたものを、感じ取る。


 そう……遅かったのだ。


 だから、茨戯も演じる。


 演じなければ、アノ子は殺されるから。

 王が愛しているのは、愛妾だけでなくてはならない。

 王妃は、愛妾との愛を邪魔するだけの存在でなければならない。


 艶やかな笑みを一つ残し、長の姿はあっという間にその場から消えた。


「頼みましたよ……」


 願わくば、果竪を……。


 決して口に出せない想いを、萩波は心の奥深くへと鎮めた。

 あいつらに気付かれないように。

次ぎからは、明燐達のターンです。

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