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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第二章 王宮
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第十三話 会議①

「国王陛下、ご入場でございます」


 入り口の兵士の言葉に、各長官、副長官達が左右に分かれて道を作り、一斉に頭を下げる。

 最奥にある玉座まで続く赤い絨毯の上を、王は寵愛する愛妾たる少女を腕に抱えながら滑るように進んでいった。


 王一人でさえその美貌に息を飲むのに、絶世の美姫とも言える美貌の愛妾と二人並んだ姿は、時を忘れるかの様な絶景をそこに作り出す。


 そうして、数段高くなっている玉座に座った王の隣に宰相が控えるように立つ。

 だが、王は宰相を見ずに腕の中の愛妾へと微笑みかける。


 これがいつもの日常。


 本来であれば、重臣達の揃った会議に愛妾を連れてくるなど、絶対に有り得ない事態だ。

 しかしそれに眉を潜める者はおらず、ただ温かい眼差しを向けている。

 つまり、愛妾がこの会議に参加する事を長官達が認めているという事だった。


 そんな異常の中、会議は始められていく。


「それで、勅命により呼び出されましたが。一体何があったのでしょうか?」


 王の言葉に、すっと前に進み出てきたのは、情報省長官だった。


「この度は、勅命発動によりお越し頂きありがとうございます」

「情報は全て一度は貴方の所に行きますからね。ですが、勅命は貴方から来ていませんが」

「はい。私めは情報の裏付け捜査をしていまして、各長官の部下達に手伝って頂きました」


 よほど慌てていたのだろう。

 直接長官達に話を通すのではなく、その部下。

 確かに各長官が信頼している者達を使ったところは上手いが、それでも普通の状態ではまずしない方法だ。


「しかし、詳しい内容までは伝えていないと」

「御意」

「――何がありました?」

「それが……」


 情報省長官がぎゅっと服の裾を握る。


「話しなさい」

「実は――連絡がありました」

「連絡?」

「はい。王妃様を迎えに行った使者団からの、ものです」


 その瞬間、辺りが騒然となった。

 純粋に驚くもの、まるで有り得ないと、顔を歪ませるもの、目眩をおこすものさえ居た。

 ただ、僅かに黙ってそれを聞く者が居る。


「ど、どういう事だ!!」

「使者団って」

「王妃様を迎えに行ったのか?!」


 有り得ない、有り得ない、有り得ない。

 なぜなら、自分達は使者団など出していないからだ。


「どういう事だ!」

「どこの馬鹿がっ」


 だが、騒ぎ立て居た者達は次の言葉に愕然とした。


「使者団は宰相閣下の命で出ている者達です」

「なっ――」


 明睡が目を見開く。


 俺――?


「俺が……使者団を?」


 有り得ない。


「そんなわけがあるか……」


 使者団を、王妃を迎えに行くなんて……そんな事、認めるわけがない。

 それをするぐらいなら、なぜあの時自分達は――。


 アキラメルワケナイダロ。


「え?」


 諦める、ワケナイダロ。


 これはなんだ。


 脳裏に響く声。

 聞こえてくる、禍々しいそれに明睡は目を見開く。


「やめ……ろ」


 なんで、アキラメル。


 声は囁き続ける。

 明睡は気付かなかったが、その時、あれほど騒がしかった王の間がシンと静まり返っていた。


 どうして、アキラメル必要がアル?


「それは……」


 諦めなければ、死なせてしまうからだ。

 だから、あのまま王妃をそっとしておこうと決めた。

 王妃を――果竪を連れ戻す事を、全員が諦めたのだ。

 なのに、なのに、なのに。


「どうして……使者団が」


 そんな記憶、ない。

 使者団を出した記憶など、ない。


「長官」


 王の言葉に、情報省の長官が持っていた書類を捲る。


「裏付けをとったところ……驚く事が」

「驚くこと?」

「はい。止める事を決めた使者団ですが、記録、また実際に使者に立った者達からの証言により……」


 言葉が震える。

 有り得る筈がないのだ。

 こんな事。

 けれど、確かにその証拠は情報省長官の想いとは正反対の答えを出している。


「長官」

「……使者団は継続して王妃様の下に向かっている事になっています」


 息を呑む音があちこちから響いた。


「な……ん……だと?」


 宰相は強い目眩を覚える。

 それは……どういう事だ。


「使者団は……もう出していない筈だ。そう……完全に止めた筈だ」

「しかし、使者団は出てるのです!! それも、一月に一度、定期的に毎回!! それだけではありません。きちんと報告書まで出ていました」


 何故?!

 そんなものは見た覚えがない。


「何度も確かめました。ですが、使者団に立った者達は皆口を揃えて言います! 上層部からの命令だとっ」


 つまり、宰相だけの個人暴走ではないという事だ。

 信じられないと言う様子の上層部だが、口を開くものは居なかった。

 なぜなら、彼らもまた自分達の脳裏に響く声と戦っていたからだ。


 何故アキラメル――と。


 明睡の脳裏に、一際強く声が響いてくる。


「やめろ、やめろ!」


 叫び、気付く。

 まさか、この声の主が関わっているのか。

 王妃を連れ戻す使者団が今も送られている事に。


「まさか……」


 お前が――。


「答えろっ」


 頭の中の声を問い詰める。

 すると、声が笑う。


 ソウダヨ。


「っ」


 オマエの代わりにヤッタダケダ。


「なっ」


 いや、チガウ。

 オマエとオレは同じ。


「何だと?」


 ダカラ、オマエがやった。

 そう……望む事を、したのだ。


「な……」


 一体どういうことなのか。


 頭の中の声と自分が同じ?

 自分が望むこと?

 お前は誰だ!!


 ドクンと、強い拍動が鳴り響く。


 カンミ。


「え?」


 『完未』――ダヨ。


「か……んみ」


 ドンッと、強い衝撃が全身を襲う。

 立っていられないほどの、凄まじい圧迫感に膝をつく。

 耳に、バタバタという音と、同じように座り込む者達の姿が視界に入るが、構って居る暇はなかった。


「か……んみ……だと?」


 ソウダヨ。

 オマエも、此処に居るスベテのヤツラも。

 『完未』ダヨ。


 ケラケラと笑う声を聞く度に、明睡の頭痛が大きくなっていく。


 『完未』、『完未』。

 『完未』は完全。

 『完未』は完璧。

 『完未』は孤独で不幸。


 何かが、急激に浮上してくる気がした。

 鎖でがんじがらめにした、開けてはいけない箱が開く気がする。


「やめ……ろ……」


 開けてはいけない、あがってきてはいけない。

 押し込めなければ。閉じ込めなければ。

 そうしなければ――自分達は――。


 アキラメルモノカ。


「っ」


 オマエがアキラメテモ。

 オレタチはアキラメナイ。

 ガマンナドスルモノカ。

 アキラメルモノカ。


 今度こそ、『枷』をテニイレル!!


「やめ、ろぉぉぉおっ!」


 絶叫は、一つではない。

 幾つも、数十、数百もあがるその叫びが王の間に響き渡った。


 ――諦めたくない、それは確かに自分達の本音だった。

 ――けれど、諦めなければ、大勢の命が失われる。

 ――だから、諦めた。

 ――ヤツラを騙す為に道化を演じた。

 ――今の地位を授かった時に、義務と責任も背負ったから。


 捨てられるものなら、とっくの昔に捨てた!

 あの時に!


 二つの想いがぶつかりあう。

 どちらも引かない、強い想い。

 そうしてそれぞれの体に留まりきれなくなった想いは力となり、大きな波動となって王宮を中心に外へと広がっていった。

 凪国各地を、強い揺れが襲う。


「っ!」


 王の瞳が見開かれ、力が解放される。

 この神力が制限された天界十三世界において、唯一許された世界を支える為の力が、全土に注がれる。

 しかし、それを頭の中の声が邪魔をする。


 コワシテシマエ。


「やめ」


 コワシテシマエ。

 コンナモノガあるから、自分達は――。


「こわせ」


 響く声に、飲込まれる。


 そう……どうして、自分達ばっかりが!!


 大地に注いだ力が弱まる。


 このまま、壊れてしまえば、いい。


 や    め    て。


「っ!」


 弱まった力が、再び勢いを戻す。


「あ――」


 コレハ。

 アア、ナツカシイ――。


 声が、急速に衰えていく。


 その中で、王は見た。

 光の中に、いる、その存在を。


「――」


 泣いているその少女を慰めたくて、でも名が出ない。


 ごめんなさい……。


 何故、彼女が泣かなければならないのか。


 何故、どうして……。

 どうして彼女が――。


 しかし、憎しみも恨みも全てが光によって抑えられていく。


 ただ、その中で聞こえた声が懇願する。


 自分達は……タダ、アレと一緒にいたかっただけ。


 だから……送ったのだ。

 迎えの、使者団を。

 理性も、常識も全てを超越する強い思いが、囁く。

 忘れていく、抑えられていく。

 でも――これだけは譲らない。


 声が囁く。


 イッショニイタイ。


 そう……イッショニイタイ。

 でも、それ以上に生きていて欲しい。

 だから、動かなければ。

 そう……今からでも、遅くはない。

 果竪を……あの屋敷に留めなければ――。


 それからどれだけ時間が経ったのか。


 ぽつりと、一人の長官が立ち上がった。

 それに伴い、他の長官達も立ち上がる。

 すっと、王が目を開け、命じた。


「続きを」

「御意」


 情報省長官が、すっと顔を上げる。

 その眼差しに、揺らぎは無かった。


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