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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第二章 王宮
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第十一話 王の場合

 暗黒大戦の忌まわしき遺産――銃器。


 大戦中に何度も見たそれは、今この国でも使われている。

 だが、それが向けられたのは――。


 ドンッと空気を振るわす音と共に、飛び出た弾が柔らかな肉を貫く。

 右肩を血に染め、倒れていく――。


 ハッと目を覚ませば、そこは自分の部屋だった。


 凪国国王の寝室。

 天蓋付きの寝台に横たわり、ぼんやりと天井を見上げる中で、薄藍色に染まった室内に朝が近い事を悟る。

 腕に重みを感じ、視線をずらしその存在に視線を向けた。


 妖艶で蠱惑的な曲線を描く白い裸体。

 細腰には驚くほど実った形良い白い果実に、頂きに咲くピンクの蕾。

 今は閉じられている紅玉の瞳に見つめられれば、どんな相手だって焦燥感にも似た庇護欲を抱き、どんな悪意すらも溶けてしまうだろう。


 シーツに広がる長い膝下まで伸びた月白色の髪を弄べば、するりと手からこぼれ落ちていく。

 華奢な輪郭に形作られた美貌は、清楚可憐で純真無垢。

 触れた途端に霧散する様な儚い美しさを持ち、匂い立つ色香は、見る者全てに異常なまでの独占欲を抱かせる。


 まだ十四歳でこれだ。

 あと数年経てば、どれほどの美女に成長するか。


 ただ分かるのは、今この時も少女は誰もが求めて争う傾国の美女だった。

 となれば、その少女を得た自分は、その戦いに打ち勝った勝利者という事か?


 少女は自分の愛妾だった。

 国王である自分が、自分の意思で愛妾へと迎えた存在。

 片時も手放さず、常に側に置いてきた。

 大切な、大切な愛しい――だから。


 周囲からは苦笑されるほどの寵愛を注ぎ、それこそ何処に行くにも常に連れて行った。

 もし一時でも手放せば、即座に涎を垂らした獣達が少女に群がり奪い去って行くだろう。


 そんな事は許されない。

 これは、自分のものだ。

 自分だけが手を触れる事が許される、至高の存在なのだ。

 強く、美しく、優秀な者だけが幾度の戦いに打ち勝ち、ようやく手に入れられる華。

 もし、一瞬でもその姿を見失えば、狂気し何をするか分からない。


 なのに、頭にあるのは先程の夢の中の少女。

 腕の中の少女とは似ても似つかない、平凡すぎる顔の娘だった。

 青みがかった黒髪に、勿忘草色の瞳。

 鼻には濃い雀斑が浮き、肌も白さとは無縁だった。

 だが、血に染まれば肌の白さなど関係ないらしい。


 男は、くっと笑う。

 嫌な夢だった。

 さっさと忘れたい、夢。

 髪を揺らし、そっと窓を見る。

 空の色が明るくなるにつれ、窓硝子は光りの作用で鏡の効果を失っていく。

 しかし、それでもぼんやりと映し出す男の姿は、恐ろしいまでに美しかった。

 その時、腕の中の少女が此方を見ているのが分かった。


「起こしてしまいましたか?」

「……」


 自分を見詰める紅瞳。

 ぼんやりとした様子だが、気を抜けば飲み込まれそうな程の色香に思わず手が伸びる。

 だが、その手を拳に変えて握りしめると、すっと少女から体を離した。


「もうすぐ夜明けです。私は入浴してきますが、貴方は?」

「……」

「では、私一人で入ってきますね」


 そう言うと、少女から離れて一人浴室へと歩いて行く。


 その時だった。

 頭の中に、それが響いたのは。


「……分かりました」


 突然の勅命に、口角を引き上げる。

 勅命は王が出す命令だが、この国では特例の場合のみ王以外が出せる事になっている。

 それが発動されたらしい。


 しかし、それには代理印が必要だ。

 今現在代理印を持っているのは……ああ、誰だったか。


 思い出せない。


 けれど、あれは誰にでも渡せるものではないから、信頼おける者であるのは確かだ。

 詳しい内容まで知らせてこなかったが、既に他の者達にも連絡済みだという。

 だとすれば、朝一、下手すれば、朝が完全に明けきらないうちの会議が始まるだろう。


「本当に、面倒ですね」


 何が起きているのか分からないが、どうせろくな事ではない。

 浴室に入り、一重を脱ぎ去った時、ふと胸元が寂しい事に気付いた。


「ん?」


 首にかかっているものがない。


「ああ、また玉瑛ですか……」


 先程まで腕に抱いていた少女――玉瑛がまた取ってしまったらしい。

 酷く興味を持っていたから。


「仕方ないですね」


 苦笑しつつも、急く心。

 今はあの首飾りが酷く恋しかった。

 なぜなら、あれだけが彼女と自分を――。


 あれ?

 彼女?

 彼女とは?


 その時、脳裏に夢の中の少女が蘇る。

 平凡な少女。

 地味で、美しさとは無縁の姿。

 だが……。


「あれ……は」


 ……な筈がない。

 そう……筈がないのに。

 あの少女が……。


「……か……じゅ」


 それは、自分の妻の名。

 それも、正式な妻――王妃の、名だ。


 そう……自分には王妃が居た。

 正式な、妻が。

 だから、少女を愛妾にするしかなかったのだ。

 妻が、邪魔な女が居たから――。



 ち が う。



 頭に鋭い痛みが走る。


「ち……が……」


 その場に膝を突く。


 邪魔。


 邪魔?

 邪魔って何だ?

 妻は、邪魔ではない。

 なぜなら、自分が……。


 男はハッとした。

 何時の間にか、記憶の書き換えが起きていたことを。

 一体何時の間にそれが起きたのか……。

 だが、愛しく大切な存在は邪魔で忌々しい存在と認識していた自分が確かにそこに居る。


 何故?

 何故?


 ああ、そうだ。

 諦めた時だ。

 妻の事を、諦めるしかなかった時。

 あの日、決断するしかなかった日に、自分は。


 ――もう二度と、会えない。


 それまで一月ごとに送っていた使者を止めた。

 愛妾を迎えたその日に、それを命じた。

 妻に会いたい、取り戻したい。

 しかし此処に戻せば、奴等にとって邪魔な存在として葬られてしまうから。

 奴等が望む事――愛妾である少女を正式な王妃にするには、彼女の存在が邪魔だから。


 殺されたくない、死なせたくない。

 それぐらいならと、決断するしかなかった。

 多くの者達が苦渋の決断をする中、断腸の思いで、諦めた。


「……果竪……」


 もう、会えない。

 自分の大切な宝物。

 強引に奪い、妻とした。

 せめてその思い出だけでも大切にしたかった。

 なのに、いつのまにか行われていた記憶の書き換え。

 愛しい存在を忘れ、更には邪魔な相手と認識していた。


 何故?

 これは、彼女を失った心の痛みがそうしたのか?


 だが、それはそれで腹立たしい。

 もう二度と会えないからこそ、大切な思い出だけは守りたかった。

 なのに。


「果竪、果竪……私の」


 どうして。

 どうして。


 まさか、奴等が?


 あいつらにとっては、果竪の存在は邪魔で仕方ない。

 もしや、奴等の計画の一環として自分の記憶の書き換えが行われたのか。

 それなら、話も繋がる。

 奴等にとって、自分達はただの駒なのだから。

 そう……あの、愛妾でさえも。


「果竪……」


 会いたい、会いたい、会いたい。

 この腕に取り戻し、会いたい。

 力が及ばず、二十年前に失った愛しい妻。

 その後も、彼女は戻ってきてくれなかった。


 それでも、いつかはと願っていた。

 しかし……今思えば、彼女が帰らなくて良かったと思う。

 でなければ、彼女はとっくの昔に殺されていただろう。

 そう……これで良かったのだ。

 彼女だけは、堕としたくない、殺したくない。


「愛してます……」


 自分を闇から救い上げてくれた彼女を。


 たった一人の、光り。


 ナノニナゼウシナワナケレバナラナイ。


「っ?!」


 心の底から、響く声に男は目を見開いた。


「な……」


 ナンデ、私ばかり、我慢シナケレバならない。


「何を」


 記憶をカキカエられる?

 ジョウダンじゃない。

 失うなんて、アリエナイ。


「そう……だから……だから、私は」


 負け犬。


「っ」


 失うのか?

 諦めるのか?


 全く変わらないんですね、お前は。


「誰ですかっ」


 嘲る声に、男が声を上げる。

 だが、頭に響く声は笑い続けた。

 そんなんだから、失う。


「黙りなさい」


 もっと素直になれ。

 欲しいものを欲しいと言って何が悪い。


「……」


 どうして自分だけ失わなければならない?

 諦めなければならない?

 隠して、抑えて。

 思わないのか?

 どうして、自分だけ。


「あ……」


 いくら隠しても、抑えても、無駄だ。

 そう……無駄なんですよ。


「無駄?」


 すると、頭の中に響く笑い声がすっと収まる。


「そう、お前は既にしているのだからな」


 まるで頭の中の声が自分の口を借りた様に紡がれた言葉に、ギョッとした。


「何を」


 既にしている?

 何を?


 最初から。


 何を?


 お前如きに私は止められない。


 強い目眩が起る。


 床に手を突き、男は歪む視界に呻いた。

 そうしてどれだけ時間が経った頃か。

 すっと、立ち上がった。


「早く、体を綺麗にしなければ」


 まるで何事もなかったかのように、振る舞う。


「ああ、玉瑛に首飾りを返して貰わなければ」


 あれは大切な妻を思い出す唯一のものだから。

 ただ、少しだけ違っていた。


 浴室から水音が聞こえる。


 それをぼんやりと聞きながら、玉瑛は寝台の上で首飾りを弄んでいた。

 あの人が持っていたものだ。


 男なのに、性別を超越した女性的な美貌。

 暗闇の中でも燐光を放つ雪白の肌に、中性的だが、野生の獣の様な無駄な肉のない肢体。

 雪の様に白い艶やかな髪は、くせがなくまっすぐ腰下まで伸びている。

 物腰が柔らかく、高貴な雰囲気が漂う中、ぞくりとする程の色香が漂う。


 あの紅い瞳に見つめられたいと願うのは、異性ばかりではない。

 氷雪の如き冷徹さと儚さを併せ持つ――白き麗人。

 そして……自分を愛妾に迎えた、この国の偉大なる王。


 賢君と名高く、多くの国民から絶大な支持を得て、絶対的なカリスマ性で貴族達を魅了する彼は、紛れもなく炎水界の中で一、二を争う大国の王だった。


 だが、玉瑛の頭の中にあるのは、そんな王の事よりもこの首飾りだった。

 繊細な銀の鎖の先にぶら下がる、双突六角柱の石英。

 それを、玉瑛は王がするようにして力を込めた。

 ふわりと、石英が光ったかと思うと、淡い光を放ちながらそれは現れた。

 青みがかった黒髪と、勿忘草色の瞳をした少女。

 透けていて、まるで幻の様な姿だが、玉瑛はそれを食い入るように見た。


 そっと手を伸ばす。

 だが、それはただの映像。

 石英に記憶された、幻でしかない。

 すり抜ける手を見つめたのも一瞬。

 何度も、その少女に向けて手を伸ばす。


 少女は何も言わない。

 ただ、優しく微笑むだけ。


 触れられないもどかしさは、いつしか苛立ちに、苛立ちは狂気へと変わる。


「カジュ」


 王が呼ぶように、その名を紡ぐ。


 見ていた。

 知っていた。


 王が、毎夜この石英の少女を見つめている事を。

 彼の心は今も彼女にだけ注がれる。


 王の心を手に入れろと命じられ、毎夜自分は服を脱ぎ捨て彼の元に侍る。

 徹底的に仕込まれたそれは、息をする様に自然に行えた。


 けれど、王は自分と出会ってから一度もこの体を抱こうとしない。

 触れても、ただ優しく撫でるだけ。

 口づける事すらない。

 おかげで、いつまでも手つかずの生娘の体。

 散らされる筈の花は、いまだ誰に手折られる事もなく咲き続ける。


 任務一つこなせない体は、ただのガラクタだと蔑まされた。

 でも、それでも良いと思った。

 このぬるま湯の様な時間が、玉瑛は何よりも好きだった。


 なのに……心の何処かで叫ぶ。


 足りない、と。


 それは、この少女の姿を見てから、特に強く頭をもたげる。


「カジュ……」


 ペロリと、石英を舐める。

 少女に触れられない分、何度も紅い舌で冷たい石を舐める。

 ああ……美味しい。

 けど、もしあの少女の肌に直接触れられれば……。


「アイタイ」


 会いたい。

 だから、我慢なんてする事はないのだ。

 ぼんやりとした眼差しで、少女を見ながら玉瑛は笑う。


 会いたい。

 会いたい。

 会いたい。


 ただ、少女と会えるその日を夢見て、玉瑛は石英をペロリと舐めたのだった。


次ぎは、会議です。

中々、本題に入らないな……。

久しぶりのコメディ頑張ります~♪

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