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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第二章 王宮
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第九話 茨戯の場合

注意)R15です。匂わせる描写あり

 気だるげな空気の中、ゆっくりとそれは起き上がる。

 頭の中に響いた、勅命に従って。


「主様?」


 隣で寝ていた相手が、不安げな声をあげる様に、思わず笑みをこぼす。


 先の仕事はそれは凄惨なものだった。

 再三にわたる警告も最早効果はなく、処分対象になったある地方の領主を抹殺した。

 それは、腐りきった彼の一族全てがその対象だった。


 女も、老人も関係なく、その手を血で染めた。

 かの領主の罪状は、人身売買、拉致監禁、そして大量虐殺とその証拠抹消だ。

 罪は巧みに隠されていたが、地道な証拠集めが功を奏して予想より早くに始末をつけられた。


 長年この仕事に携わってきた。

 この国が建国した当時から。

 覚悟は決めたし、感傷に耽るつもりもない。

 しかし、強すぎる血の臭いは心を酔い乱し、凶悪な興奮状態が収まらなければ他者にも害を及ぼしかねない。


 実際に、異常な戦闘の興奮や血酔いした馬鹿が、民間人に危害を加えたり、強姦する事件が多発した時期がある。

 それを防ぐ為に、性欲として花街で発散するのが一つの方法とされている。

 しかし自分の様に、仕事以外では潔癖な性分ではそれはままならないし、何よりも花街で何人か抱き殺し寸前まで追い遣った事から、心ある楼主から仕事直後の出入りを禁じられている。


 普段なら率先して客引きしているというのに、とんだ狸達だ。

 おかげで割を食っているのが、隣に居る少女だ。

 今年十六歳になる彼女は、自分の養い子。


 最初はただのやせ細ったガキンチョだったくせに、自分を主様と呼び慕う。

 そんな彼女が初めて花を散らされたのは、まだ十三歳の頃だった。

 それから、何かにつけて自分は呼び出し彼女の幼い肢体を貪る。

 この国の王の所行を諫められない鬼畜の所行である。


「主様?」


 少女はシーツに包まれたまま、自分の養い相手であり、主たる存在を見上げる。

 美しい人だった。

 まるで大輪の赤薔薇が咲き誇ったかの様な、麗しく華やかな美貌は、誰もが彼を美女と称える。


 しかし、彼はれっきとした男だった。

 先程自分を責めさいなんだそれは、一般男性のそれより遙かに凶悪で大きい。

 無駄な贅肉のない体は白く滑らかで、以外にも筋肉質と分かったのは肌を合わせてからだ。

 だが、彼を女性と見誤らせているのはその風貌だけではない。

 女性的な仕草、女口調、そして何よりも何時も身に纏う服は女性物のそれなのだ。

 そこに、麗しく華やかな薔薇の如き美貌が加われば、男だと言われても疑うのは間違いないだろう。


 そんな彼の本当の名も、また薔薇そうびと言うが、それを知る者はごく僅か。

 王の影となった時に、彼はその名を変えた。

 そう――薔薇を守る騎士の名を冠する、『茨戯いばらぎ』と言う名に。


「まだ寝てなさい」


 濃厚なるアルトの声が、少女の耳に注がれる。

 平凡な容姿の自分では到底触れる事すら許されない、気高き薔薇姫の囁き。

 凪国上層部女性陣からは、『オカマ』とか『オネエマン』とか『男の娘』とか『オトメン』とか言われてるけど。

 本当に、気高く美しい方。


「そうよ、寝てなさい――葵花きっか


 養い子。

 痩せすぎた醜い餓鬼。

 それが、彼の中で形を変えたのは何時だったか。

 手放せず、その幼い肢体を貪り尽くす鬼に落ちても、なお。

 十人並みの容姿をした葵花が、主の言葉に酔うように眠りに就くと、茨戯はすっと寝台から起き上がった。

 濃厚で気だるげな空気が漂う中、手際よく用意していた一重を身に纏う。


「シャワーを浴びる時間はあるわね」


 葵花に関しては、話が終わった後に綺麗にしてやればいい。


「ったく、一体何なのよ。こんな時間に」


 ようやく、夜が明け始めた空は、まだ濃い藍色をしている。


 茨戯は苛立ちを抑えきれず、浴室に入るとシャワーをひねる。

 温かいお湯がふんだんに頭上から注がれ、蒸気が浴室に立込める。

 このシャワーなるものも、人間界の技術を取り入れて作られたものだ。

 評判は抜群で、水道管や下水管が各地に行き渡ったところで、このシャワーや湯船が作られた。

 しかも、湯船はボタン一つで、お湯もボタン一つで沸かせられるとあって、お風呂好きの茨戯には最高の代物と言ってもいい。


 足下のタイルに、茨戯の汗とお湯が混じり合った液体が流れ落ちていく。

 ぬるりと粘着質の高かったそれが、次第にさらさらとしたものに変わっていく。


「あ~、めんどい」


 ボディーソープは薔薇のエキスを抽出して作られた最高級品。

 それをスポンジにたっぷりと出すと、体にこすりつけていく。

 よく茨戯からは薔薇の香りがすると言う。

 しかし、それはこのボディーソープだけではなく、茨戯の元々の体臭だった。


 茨戯は好む薔薇の香りに浸りながら、泡をシャワーで落とすと、今度は髪を洗っていく。

 長い、ゆるやかなウェーブがかかった薄い青髪を。

 髪の色からすれば、蒼薔薇と称えられるべきなのに、何故か周囲は茨戯を赤薔薇にたとえる。

 だが、それは茨戯の持つ華やかな美が影響しているのかもしれない。


「ったく、勅命勅命煩いのよ」


 とっとと来い――その勅命は、よりにもよって部下からもたらされた。

 普通、勅命を出せるのは王ただ一人だ。

 が、その王から渡された代理印が押された書状に関しては、王の元に直行で辿り着くと同時に、勅命クラスの問題が起きたと認識される。

 それにより、長官クラスや宰相、王でなくともその側近達が招集をかける事が出来るのだ。

 但し、それはよほどの事がなければ無理だ。

 となると、それほどの問題が起きたという事だ。

 現在、その代理印を持っているのは、あの使者団の長だけ。

 となれば――。


「あの子に何かあった?」


 二十年前、王宮から追放同然で瑠夏州という辺境の地に追いやった少女。

 そう――この国の。


 と、茨戯の中で強い拍動が鳴り響く。


「っ!!」


 ガクリと、その場に膝を突く。


「あの子に……」


 あれ?あれ?おかしいな。

 使者?

 なんで?

 だって、使者は、もう。

 確かに今まで使者は出していた。

 だが、それもあの時まで。

 王が、愛妾を迎えた後は……。


「なんで、どう……」


 おかしい。

 記憶が、こんがらがる。

 線が、複雑にからまり、どこが始まりなのかも分からない。


「アタシ……達……」


 誰が?

 誰が?

 誰が、あの子を迎えにやった?

 アンタ達よ。


「っ!!」


 響く声は――。


「あ……」


 そう、アタシ。

 アタシ達が、みんなで決めた。

 迎えに行く、取り戻す。

 そう……例え、それがあの子を……。

 流れるシャワーの水音の中、茨戯は美しい青の双瞳にギラリとした欲深き光を宿した。


後は、宰相と、王様と――(笑)

そしてみんなでの会議、ですね~。

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