第九話 茨戯の場合
注意)R15です。匂わせる描写あり
気だるげな空気の中、ゆっくりとそれは起き上がる。
頭の中に響いた、勅命に従って。
「主様?」
隣で寝ていた相手が、不安げな声をあげる様に、思わず笑みをこぼす。
先の仕事はそれは凄惨なものだった。
再三にわたる警告も最早効果はなく、処分対象になったある地方の領主を抹殺した。
それは、腐りきった彼の一族全てがその対象だった。
女も、老人も関係なく、その手を血で染めた。
かの領主の罪状は、人身売買、拉致監禁、そして大量虐殺とその証拠抹消だ。
罪は巧みに隠されていたが、地道な証拠集めが功を奏して予想より早くに始末をつけられた。
長年この仕事に携わってきた。
この国が建国した当時から。
覚悟は決めたし、感傷に耽るつもりもない。
しかし、強すぎる血の臭いは心を酔い乱し、凶悪な興奮状態が収まらなければ他者にも害を及ぼしかねない。
実際に、異常な戦闘の興奮や血酔いした馬鹿が、民間人に危害を加えたり、強姦する事件が多発した時期がある。
それを防ぐ為に、性欲として花街で発散するのが一つの方法とされている。
しかし自分の様に、仕事以外では潔癖な性分ではそれはままならないし、何よりも花街で何人か抱き殺し寸前まで追い遣った事から、心ある楼主から仕事直後の出入りを禁じられている。
普段なら率先して客引きしているというのに、とんだ狸達だ。
おかげで割を食っているのが、隣に居る少女だ。
今年十六歳になる彼女は、自分の養い子。
最初はただのやせ細ったガキンチョだったくせに、自分を主様と呼び慕う。
そんな彼女が初めて花を散らされたのは、まだ十三歳の頃だった。
それから、何かにつけて自分は呼び出し彼女の幼い肢体を貪る。
この国の王の所行を諫められない鬼畜の所行である。
「主様?」
少女はシーツに包まれたまま、自分の養い相手であり、主たる存在を見上げる。
美しい人だった。
まるで大輪の赤薔薇が咲き誇ったかの様な、麗しく華やかな美貌は、誰もが彼を美女と称える。
しかし、彼はれっきとした男だった。
先程自分を責めさいなんだそれは、一般男性のそれより遙かに凶悪で大きい。
無駄な贅肉のない体は白く滑らかで、以外にも筋肉質と分かったのは肌を合わせてからだ。
だが、彼を女性と見誤らせているのはその風貌だけではない。
女性的な仕草、女口調、そして何よりも何時も身に纏う服は女性物のそれなのだ。
そこに、麗しく華やかな薔薇の如き美貌が加われば、男だと言われても疑うのは間違いないだろう。
そんな彼の本当の名も、また薔薇と言うが、それを知る者はごく僅か。
王の影となった時に、彼はその名を変えた。
そう――薔薇を守る騎士の名を冠する、『茨戯』と言う名に。
「まだ寝てなさい」
濃厚なるアルトの声が、少女の耳に注がれる。
平凡な容姿の自分では到底触れる事すら許されない、気高き薔薇姫の囁き。
凪国上層部女性陣からは、『オカマ』とか『オネエマン』とか『男の娘』とか『オトメン』とか言われてるけど。
本当に、気高く美しい方。
「そうよ、寝てなさい――葵花」
養い子。
痩せすぎた醜い餓鬼。
それが、彼の中で形を変えたのは何時だったか。
手放せず、その幼い肢体を貪り尽くす鬼に落ちても、なお。
十人並みの容姿をした葵花が、主の言葉に酔うように眠りに就くと、茨戯はすっと寝台から起き上がった。
濃厚で気だるげな空気が漂う中、手際よく用意していた一重を身に纏う。
「シャワーを浴びる時間はあるわね」
葵花に関しては、話が終わった後に綺麗にしてやればいい。
「ったく、一体何なのよ。こんな時間に」
ようやく、夜が明け始めた空は、まだ濃い藍色をしている。
茨戯は苛立ちを抑えきれず、浴室に入るとシャワーをひねる。
温かいお湯がふんだんに頭上から注がれ、蒸気が浴室に立込める。
このシャワーなるものも、人間界の技術を取り入れて作られたものだ。
評判は抜群で、水道管や下水管が各地に行き渡ったところで、このシャワーや湯船が作られた。
しかも、湯船はボタン一つで、お湯もボタン一つで沸かせられるとあって、お風呂好きの茨戯には最高の代物と言ってもいい。
足下のタイルに、茨戯の汗とお湯が混じり合った液体が流れ落ちていく。
ぬるりと粘着質の高かったそれが、次第にさらさらとしたものに変わっていく。
「あ~、めんどい」
ボディーソープは薔薇のエキスを抽出して作られた最高級品。
それをスポンジにたっぷりと出すと、体にこすりつけていく。
よく茨戯からは薔薇の香りがすると言う。
しかし、それはこのボディーソープだけではなく、茨戯の元々の体臭だった。
茨戯は好む薔薇の香りに浸りながら、泡をシャワーで落とすと、今度は髪を洗っていく。
長い、ゆるやかなウェーブがかかった薄い青髪を。
髪の色からすれば、蒼薔薇と称えられるべきなのに、何故か周囲は茨戯を赤薔薇にたとえる。
だが、それは茨戯の持つ華やかな美が影響しているのかもしれない。
「ったく、勅命勅命煩いのよ」
とっとと来い――その勅命は、よりにもよって部下からもたらされた。
普通、勅命を出せるのは王ただ一人だ。
が、その王から渡された代理印が押された書状に関しては、王の元に直行で辿り着くと同時に、勅命クラスの問題が起きたと認識される。
それにより、長官クラスや宰相、王でなくともその側近達が招集をかける事が出来るのだ。
但し、それはよほどの事がなければ無理だ。
となると、それほどの問題が起きたという事だ。
現在、その代理印を持っているのは、あの使者団の長だけ。
となれば――。
「あの子に何かあった?」
二十年前、王宮から追放同然で瑠夏州という辺境の地に追いやった少女。
そう――この国の。
と、茨戯の中で強い拍動が鳴り響く。
「っ!!」
ガクリと、その場に膝を突く。
「あの子に……」
あれ?あれ?おかしいな。
使者?
なんで?
だって、使者は、もう。
確かに今まで使者は出していた。
だが、それもあの時まで。
王が、愛妾を迎えた後は……。
「なんで、どう……」
おかしい。
記憶が、こんがらがる。
線が、複雑にからまり、どこが始まりなのかも分からない。
「アタシ……達……」
誰が?
誰が?
誰が、あの子を迎えにやった?
アンタ達よ。
「っ!!」
響く声は――。
「あ……」
そう、アタシ。
アタシ達が、みんなで決めた。
迎えに行く、取り戻す。
そう……例え、それがあの子を……。
流れるシャワーの水音の中、茨戯は美しい青の双瞳にギラリとした欲深き光を宿した。
後は、宰相と、王様と――(笑)
そしてみんなでの会議、ですね~。




