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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第二章 王宮
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第八話 朱詩の場合

と、とりあえず、R15で収まったと思うのですが……。


注意)R15です。匂わせる描写あり

 その報せを、それぞれがそれぞれの場所で聞いた。

 ブクブクに肥った豚が居る。


 豚が動く度に、ギシギシと寝台が悲鳴を上げる。

 カーテンが閉め切られた濃蜜漂う薄暗い部屋に、けたたましく木霊する雑音。


 本当に、へったくそ。


 豚の下にいる存在は、心の中で吐き捨てる。

 相手の事を思いやるよりも自分の快楽を追うだけの、ただの無能な馬鹿。


「殺しちゃうおうか」


 残酷な台詞も、快楽だけを貪る豚には届かない。

 代わりに、彼の頭の中にそれは響いた。


「あ~、今取り込み中」


 とりあえず、この後はこの豚の解体作業があるのだから。

 しかし、無視すれば再度頭の中に叩付けられるように、それは響いた。

 問答無用の、勅命。


「ふ~ん、補佐のくせに、な・ま・い・き」


 愛らしい声で毒突くと、頭の中で是と返し、豚へと視線を向ける。

 数分後。

 床に広がる生臭い液体の中、ぷかぷかと浮かぶ幾つもの肉の塊があった。

 扉を叩く音が聞こえる。


「いいよ、入ってきて」


 豚の下に居た存在は、室内の惨状など気に留める風もなく言い放った。


「失礼します――」


 入ってきた一人の人物。

 一見して妖艶で怜悧な美貌の美女だが、本当の性別はまるっきり逆。

 美女の様な美しい顔立ちをしているが、あれはれっきとした男だ。


玲珠れいしゅ


 そして、自分の可愛い駒である。


「また、やんちゃをされたんですね」

「あ~~、玲珠のくせに生意気だよぉ」


 可愛らしく言えば、玲珠と呼ばれた青年が薄闇の中でも顔を赤く染めたのが分かった。


 ふふ、まだまだ子供だね~。


 年齢は相手が上だが、豚の下に居た存在はニタリと笑った。


「で、何のよう? ボク、部屋の掃除がまだなんだけど」

「掃除は此方で手配します。どうか、王の間へ」

「ああ、遅いから迎えに来たっていうわけだね。でも、こんな状態で行ったら逆に大変じゃない?」


 くれる流し目に、玲珠は下半身が疼くのを感じ、慌てて理性で押え付けた。

 そして相手を嗜めるように呼ぶ。


「おやめ下さい、朱詩様」


 朱詩しゅし――それが、彼の主であり、先程まで豚の下に居たこの部屋の主の名前であった。


「ふふ」


 朱詩が笑いながら、ゆったりとシーツの上で体を動かす。

 体に羽織っていた方のシーツが、するりと体から落ち、透ける様に艶めかしい白磁の肌が現れた。


 ゴクリと、玲珠の喉が鳴る。

 瑞々しさや張りは言うまでもなく、その極上の滑らかさは一目瞭然だった。

 首筋の一部分だけ長い朱色の艶やかな長髪が、動く度に白い背の上で踊る。

 蒼眼は、情欲の色を濃く残しており、修行を積んだ高僧でさえ一夜で堕落するだろう。

 全身から沸き立つ壮絶なる香は、『魔性の色香』と称され、老若男女問わずに抗えるものはごく僅かだった。


 しかし、誰もがその胸と下肢に視線を向ければ驚くだろう。

 その白い胸に、大ぶりだが形良い二つの双球がない事を。

 その股間にそそり立つ、一般男性よりも遙かに大きい男性の象徴がある事を。


 そう――彼は男だった。


 例え、その首から上が、想像上の麗しい天使など足下に及ばない清楚可憐で愛らしい美貌であろうとも。

 彼こそが、本当の天使そのものだと謳われようとも。

 れっきとした、二十歳の男だった。


 とはいえ、中性的な肢体と男にしては少し低めの背丈は、彼の見た目を実年齢よりも低めに見せている。

 だが、それ以前に、その美貌から彼を男だと一目で気付く者は少なく、誰もが美少女だと断じて疑わない。

 彼もそんな周囲の誤解を解くどころか、相手の誤解を楽しんでいる節がある。

 あらゆる性技に通じ、その魔性の色香でもって多くの男達を堕落させてきた彼にとって、自分の美貌などただの道具でしかないのだ。


 そんな彼は、生まれながらにして同性を狂わせる『天性の男狂い』だった。

 可憐な天使の風貌の中に隠れ潜んだ魔性の華は、美しく咲き誇る。

 玲珠は、そんな相反する幾つもの美を持つ主にゆっくりと近付くと、近くにあった白い一重でその裸体を包んだ。


「あんっ」


 胸の頂きが布に擦れ、痺れる様な甘い快楽が襲う。

 朱詩は、誘う様に微笑む。


「君の方がよっぽど上手いね。ふふ、どう?」


 主の誘いに、玲珠は表情を変えずとも心の中は焦っていた。

 普通であれば、こういうのは冗談が多いが、この主に限っては違う。

 嘘も真実も、その境界線はあって無きに等しく、簡単に反転する。


「ご冗談を」


 それが分かっていて、あえて冗談と言い切った。

 彼にとって、こんなのはただのゲームなのだ。

 愛らしく可憐な美貌とは裏腹に、この主は恐ろしいまでに無邪気な残酷さを持つ。


 怜悧冷徹、冷酷非道。

 残忍で非道な一面を、その甘い美貌の裏に隠す。

 彼を御せるのは、この国の王のみと言っていい。

 いつも飄々と振る舞い、時には脳味噌の足りない道化のように振る舞うが、その聡明さと策謀に気付いた時にはもう手遅れだ。


 玲珠の己が主を見る。

 朱詩を主と頂いた時の、あの魂が震える様な衝撃は今でも容易に思い出せる。

 彼の為ならば、命すら捨てても構わない――そう心から思った。


「ぶぅ~、玲珠の真面目~、むっつりすけべ~」


 頬を膨らませた朱詩は、どんな美少女よりも可愛らしかった。

 が、それに思わず見とれていた玲珠は、下肢に走った刺激にカッと目を見開いた。


「かわいい~」


 ほっそりとした指でぐりぐりと押され、刺激される。


「朱詩様っ」


 この方は、男を弄んで楽しんでいる。

 だが、それが彼なりの復讐でもあるのだ。

 自分を弄び、自分を奴隷の愛玩物として弄んだ、忌まわしき男達への。

 男でありながら、彼に女を強制した者達への。


「や、やめて下さい」

「え~? 前は嫌? 後ろの方が良い?」

「っ!!」


 玲珠の顔に朱が走る。

 わなわなと震える体は、怒りではなく、圧倒的な暴力で打ち据えられ変えられた恐怖によるもの。


「ふふ、君だって同じだよ。寵姫様」

「あ……」

「男に弄られて弄ばれる事で喜ぶように作り替えられちゃったんだもん」

「っ……」

「そう、後宮で寵姫として、あの馬鹿親子に遊ばれた」

「やめて下さい!!」


 玲珠の叫びに、朱詩はくつりと笑う。


「言葉責めは嫌い?」

「なっ」

「その顔、とっても良いよ~。もっともっと苛めたくなる」


 いつのまにか、涙目になっていたらしい。

 すっと抱きつかれたかと思うと、その目尻をペロリと赤い舌で舐められる。

 だが、その行動に驚くよりも、今までここで行われていた証とも言うべき濃厚な香りと血の臭いに体が疼き、朱詩の放つ甘い香りに酔いしれる。

 汗の匂いさえも、朱詩は甘い。

 汗――。


「っ!!」

「大丈夫だよ。飲んでるんでしょう?」


 朱詩の言葉に、玲珠は思い当たり冷静さを取り戻した。

 そうだ、あれを飲んでいた。


「ボクの体液は確かに極上の媚薬だよ。でも、制御してるし、君も飲んでるからね。ふふ、なるほど。薬の効果はばっちり、と」


 制御していれば薬の効果に問題なし、と笑う朱詩には性の残り香は全くなかった。


「っ!! あ、遊んだんですねっ」


「遊んでないよ。実験だよ、実験。薬の効果の中間報告。じゃないと医薬省が怒るんだもん」

 

 朱詩の体液は媚薬。

 朱詩が制御しても、その効果は抑えきれない。

 だから、その効果を相手側にも抑えて貰う為の薬が凪国では開発されていた。

 それを、玲珠は飲んでいた。

 一番近くに居る者達が飲み、その効果を測る。

 いわば人体実験のようなものだった。

 だが、朱詩の体液はそのまま野放しにしておくには危険であり、汗が蒸発しただけでその場に居る者達に反応してしまうのだ。

 それこそ、乱交パーティーが開催されてしまう。

 つまり、先程朱詩が玲珠を誘ったのは、その効果のほどを確かめたわけだ。


「ボク、人のものには興味ないの。君には綺麗な奥さんいるしね。美琳に怒られるのは嫌だもん」


 美琳(みりん)――それは、玲珠の妻の名だ。


「それとも、美琳と三人でしようか? ふふ、女の人も大丈夫だよ? ボク」


 相手にしてきたのは男が断然多いが、朱詩の色香は女性にも強い効果を発揮し、沢山の異性ともそういう事をしてきた。


「朱詩様っ!!」


 妻の事を持ち出され、本気で怒りを露わにする玲珠に朱詩はけらけらと笑った。


「ああもう、冗談に決まってるじゃない」

「冗談でも言わないで下さい!!」

「あ~、はいはい。玲珠は本当に愛妻家だね」

「朱詩様だって、小梅(しゃおめい)様が生きていらしたらそんな事は言わないでしょう」

「当たり前じゃん、小梅(こうめ)はボクだけのもの。他の男になんて触れさせるわけないじゃん」


 あまりにも身勝手な言い分に、玲珠はその場に倒れたくなった。

 だが、自分の主はこういう方なのだ。

 身勝手で残酷なまでに無邪気で、そして柳の様にしなやかで折れない強い心を持つ。

 一度だけ、その心が折れかけた時はあったが、それを彼の亡き想い人である小梅が救い強固なものとした。

 いまや、見た目がどれだけ美少女にしか見えずとも、その強い心には男の凛々しさを宿す美しき主。


 ――世間一般では、『男の娘』とか『オトメン』とか言われてるけど。


「それは玲珠もでしょう?」

「はぅっ!!」


 言外にお前も『男の娘』で『オトメン』と断ぜられた。

 確かに、妻の美琳の雄々しさにキュンとする事は多いけど!!


「基本的に凪国上層部は『男の娘』、『オトメン』じゃないですか!!」

「その上層部の駒達もね。はは、類は友を呼ぶって本当だね~」


 この方、鬼だ。

 しかも、自分が『男の娘』で『オトメン』である事を認めてるし。


「さ~てと、そろそろ準備するかな」

「……お早くお願いしますよ」

「うん、三時間ぐらい後には」

「はあ?!」

「だって~、汗でベタベタの体を綺麗にしたいし~。それに、このままの空気纏って行くのもね~。わいせつ罪で捕まれと?」


 確かに濃厚なる空気が漂っていて、その状態で王の間に向かえば悩殺卒倒させられる者達が続出する。


「って事だから、今から入浴タイム。あははは、大丈夫だよ。それに、他の奴等も、どうせすぐには集まれないし」

「朱詩様~」

「いいんだよ。やる事はきちんとやってるしね」


 仕事はきちんとしている。

 さっきの豚処理も仕事の一つだ。


「文句を言われる筋合いはないよ」


 そう言うと、身に纏っていた一重をするりと肌から滑り落とし、白い輝く裸体を見せつけるようにスタスタと浴室への扉へと歩いて行った。

 一人残された玲珠は溜息をついた。


「はぁ……仕方ない」


 とりあえず、部屋の掃除をしよう。

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