「公爵令息の真実の愛の相手に選ばれたけど、私は親友のほうが大切」と言い切った女の話
貴族学園の全生徒が集まる、学期末のパーティー。
公爵令息マヌエル様が、私の肩を抱きながら声を張り上げる。
生まれる前からの婚約者である、伯爵令嬢ダニエラに向かって。
「ダニエラ、僕はルシアを愛してしまった。私たちの愛は真実の愛なんだ。だから婚約を解消してほしい」
ダニエラが姿勢を正す。
「マヌエル様、私との婚約を破棄するということは公爵家嫡男の立場を放棄することを意味します。よろしいのですね?」
「ああ。真実の愛には代えられない!地位よりも、形式よりも、愛が大切なのだ!君も、愛のない結婚で不幸になるのは嫌だろう?」
「それは…ええ」
「だったら決まりだ」
会場がざわめく。
「婚約破棄だって!?実際には初めて見た」
「でも本当に…こんなの子どもだけで決めて大丈夫なの?」
マヌエル様の弟であるエリアス様が、ダニエラを支えるように彼女の傍に立つ。
「ふふん」とマヌエル様が笑った。
「ダニエラ、君はエリアスと結婚すればいいさ。僕から父上にも、そう言っておこう。だから決してルシアのことを悪く言ったり、意地悪したりしてくれるなよ」
「わかりました。私がルシアを謗ることはあり得ません。彼女は…親友ですから」
ダニエラの目が潤む。
「婚約者を奪われたのに、親友ですって!?」
「ダニエラ嬢は、あまりにお人好しすぎないか」
「ルシア様があんな人でなしだとは思わなかったわ」
そんなざわめきは気にしない。
達成感が、喜びが、私の身体を満たしているから。
エリアス様がダニエラに「少し外に出ましょう」と声をかけて、二人は会場中の視線を浴びながら優雅に場をあとにした。
「目障りな奴らはいなくなった。踊ろう、ルシア」
「ええ、マヌエル様」
「今日が僕たちの新しい記念日だ」
「そうですわね」
私は満面の笑みを浮かべた。
◆
パーティーの一週間前。貴族学園の中庭にある、噴水の前。
私は親友の婚約者に愛を囁いていた。
「本当はマヌエル様のことをずっとお慕いしていました。けれどマヌエル様にはダニエラがいて、彼女は私の親友だったので、気持ちを抑えなくてはいけないと、自分に嘘をついていたんです」
「僕にはわかっていたよ、ルシア。ずっとそう聞いていたんだから」
「ああ…憶病だった私をお許しください、マヌエル様」
「何度だって許そう」
抜け目なく近づいてくる彼の唇を、人差し指で制す。
「まだ…恥ずかしいですわ」
「いいじゃないか」
「だめですわ。初めては大切にしたいのです。ご理解いただけますか?」
上目遣いで見つめると、彼は「ああ、可愛いルシア…!」と私を抱きしめた。
「そうだね。もっとロマンチックな場所で、思い出に残るファーストキスにすると約束しよう」
私は「ふふ」と笑う。
「ルシアは、僕のどこが好き?」
「すべて…と申し上げたいところですが、それではマヌエル様は満足されないのでしょう?」
「そうだね」
「でしたらやはり一番は、真実の愛を貫く勇気ですわ。私の目を開かせてくださったことを、尊敬いたします」
「ああ、ルシア…!嬉しいよ…!!」
そろそろ、仕上げの時期だろうか。
「マヌエル様は、ダニエラと結婚する…のですよね?」
「そんなことはない。私は君と結婚したいと思っている」
「でも『公爵家と伯爵家の婚約は揺るがないのだから、ルシアは結局愛人止まり』と言ってくる方が多いのです。真実の愛を信じていない方も多いのですわ」
「なんてことだ!そんな根も葉もない噂で、私たちの真実の愛を穢すなんて!」
「皆様の私たちの愛が真実であり、他には何もいらないと宣言してほしい」と涙ながらに頼んだら、彼はあっさりと頷いた。
「できるだけたくさんの方に知っていただきたいですわ。もう私たちの愛が穢されないように」
「そうだね、ルシア」
ああ、もうすぐだ。
◆
パーティーの一か月前。貴族学園の裏庭。
私は親友の婚約者を叱りつけていた。
「マヌエル様…!何度も何度も、いい加減にしてください!私はあなたの『真実の愛の相手』なんかじゃありません!婚約者のダニエラに向き合ってください!」
けれど彼にはまるで通じない。「小動物のような君がそうやって顔を真っ赤にして怒っているのは、なんて可愛いんだろう」なんて言葉が帰ってくるのだから。
「恋愛沙汰よりも親友のほうが大事なんです!もう失礼します!」
「本当に素直じゃないな。そこも可愛いけど」
「…っ!」
ぷりぷりしながら教室に戻ろうとしたところで、マヌエル様の婚約者であるダニエラが「ルシア」と私の腕を掴んだ。
「ダニエラ、今の…まさか見てたの…?」
「ええ」
裏庭に二人でいるなんて、怪しすぎる。
「少し前から、その…マヌエル様がよく話しかけてくださって。でも誓って、変な関係ではないの!」
「わかっているわ、あなたにその気がないことは。でもマヌエル様はそうじゃないということも」
ダニエラは眉を下げて「ごめんなさいね」と謝る。
「やめてよ!ダニエラが謝ることじゃないわ」
「でも、私にルシアのような魅力がないからこんなことに…」
「違うわ!ダニエラはとっても魅力的よ。背が高くて、青みがかった黒髪は艶やかで、色も白くて。それに気品に溢れていて、いつだって淑やかで冷静で。私にない要素ばかりで、憧れだわ」
昔大好きだった絵本のお姫様にそっくりで、私は貴族学園で彼女を見た瞬間に駆け寄って「お友達になってください」と頼んだのだった。
彼女は戸惑いながらも頷いてくれて、私たちは一緒に宿題をしたりご飯を食べたり、ときには互いの寮の部屋を行き来したりしながら仲良くなった。
「でも私はマヌエル様のタイプではないの。彼はルシアのように活発で可愛らしい女性がお好きだから」
「だからって、こんなの不誠実だし不公平だわ。ダニエラだってマヌエル様のこと全然タイプじゃないでしょ?だけど彼のこと、ちゃんと大切にしているじゃない。なのにマヌエル様ったら…!」
「私、許せない!やっぱりもう一回がつんと言ってくる!」という私を、ダニエラは止めた。
「もう、いいの」
「でもダニエラ…!」
「何をどう言っても、彼は変わらないわ」
彼女の瞳が、潤んでくる。
「彼が『真実の愛』を告げた女性は、ルシアが初めてじゃない。あなたがきっぱりと断って、彼があなたのことを諦めたとしても…また彼は別の女性に『真実の愛』を囁くだけよ」
彼女は諦めようとしているのだと、私は悟った。
浮気を止めようとしない不実な婚約者を受け入れ、自分を待ち受けている不幸な結婚生活をも受け入れようとしているのだと。
「そんなのだめよ、ダニエラ」
「だけど私にはどうしようもないわ。我が家と公爵家の婚約はおじい様たちの代から決まっていたことで、揺るがないもの」
「伯爵家と公爵家の婚約は揺るがない…」
「そうよ」
私はひとつ閃いた。
「マヌエル様には、一つ下に弟様がいらっしゃるわよね?」
「ええ、エリアス様ね」
「ダニエラはエリアス様のこと、どう思う?」
「彼は私のことをよく気遣ってくださって、もし婚約者が彼だったらと思うことも…って、まさかルシア!」
「ええ、そうよ。ダニエラ」
伯爵家と公爵家の婚約は。決して揺るがない。
もしマヌエル様が真実の愛に溺れて婚約破棄を宣言すれば、大切な婚約を勝手に蹴ってしまったマヌエル様は廃嫡されるはずだ。
だったら、マニエル様を私に夢中にさせて、ダニエラとの婚約を破棄させればいい。
そしてマヌエル様の弟様とダニエラを結婚させるのだ。「ダニエラのことをどう思っているか」と聞いたら顔を真っ赤にしてもごもご言って、「幸せになってほしい」と絞り出した彼と。
「そんなのいけないわ、ルシア。私たちは婚約破棄したあと、あなたはどうなるの?マヌエル様と結婚するの?」
「まさか。即座に振るわよ」
「でも『婚約者のいる男性に近づく令嬢』だなんて思われてしまったら、あなたの将来に影響するわ」
「大丈夫よ。うちって貧乏でしょ?持参金が用意できないから、私がどこにもお嫁にいけないことは決定なの」
だからこれは、私にしかできないことだ。
「でもルシア、あなたにそんなことさせられない」
「させられるんじゃないわ、ダニエラ。私がやりたいのよ。どうか、やらせて」
美しくて、優しくて、賢いダニエラ。どうか幸せになってほしい。
◆
そして今。パーティーの翌日。
私は「婚約破棄の手続きが行われた」とマヌエル様から報告を受ける。
「本当にありがとうございます、マヌエル様」
初めての、心からの彼への感謝。
「そして、さようなら」
「え…?どういうこと…?」
「言葉の通りです。他人の婚約者を奪った私は、父に勘当されました。もう貴族令嬢ではないので、貴族学園にはいられません。これからは家庭教師として生きていきます」
「ま、待ってルシア!だったら僕も一緒に…」
「いえ、マヌエル様。私の人生にあなたはいりません」
今までも、これからも、あなたは私にとってゴミに過ぎない。ただダニエラの前からあなたを取り除けたことだけが、私の誇り。
「待って、ルシア…!君は僕を愛してるんだろ…?僕はそう聞いて…」
「誰から何を聞いてそう思い込んでいるのかは存じ上げませんが、勘違いです。今までのは全部、ダニエラをあなたから解放するための演技ですよ」
マヌエル様は廊下に崩れ落ち、私はこの上なく軽い気持ちで、貴族学園をあとにした。
◇
「エリアス、ようやく堂々と一緒にいられるわね」
「そうだね、ダニエラ」
エリアスは私の手にキスをして、くすっと笑う。
「こんなにうまく行くとはね」
「ルシアは私を女神みたいに崇めてるから。それに結婚する気もないから、失うものが少なかったの」
相思相愛の私とエリアス。結婚したい私たちは考えた。
まずエリアスが「ルシアがあなたのことを慕っているようだ」とマヌエルに吹き込む。
マヌエルはすっかりその気になってルシアに言い寄り、ルシアに断られてはエリアスに「彼女は照れ屋」「ダニエラに遠慮しているだけ」と励まされ、また彼女の元へ向かった。
ルシアに「マヌエルへの嫌悪感」と「私への罪悪感」を山盛り抱かせたあとで、私が彼女に弱った様子を見せる。そうしたら思った通りに彼女は義憤に駆られて、「自分が犠牲になる」と言い出した。
そう、その言葉が欲しかったのよ。
いくらマヌエルが馬鹿でも、相手の女性がまともなら恋愛関係にはならないから、彼が私と婚約破棄するまでは至らない。見目も頭も良くないマヌエル相手に馬鹿になってくれる相手役の女性が、どうしても必要だった。
だから私は口では彼女を止めながらも、目では涙で「お願い」と縋って。
「でもよかったのかい?親友を失ったじゃないか」
「親友?誰のこと?」
ルシアを親友だと思ったことなんて、一回もない。
不躾に「友達になって」と寄ってきて、自分の理想を私に押し付けて、「親友だ親友だ」と騒いで。まるで私の周りを飛び回る羽虫。
「親友」という言葉に酔っていた彼女も、「真実の愛」に酔っていたマヌエルと変わらない。
「虫が二匹とも片付いて、いい気分だわ」




