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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

嫌気枝

掲載日:2026/03/02

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 先輩は、これまで踏みしめた階段の数を覚えていますか?

 いやあ、さすがに食べたご飯粒の数とかよりは少ないと思いますが、把握している人は少ないと思いますよ。それこそ、数えられるくらいしか踏んだことがない、踏むことを許されないような人でなかったなら。

 階段。人に多く踏んでもらおうと思ったら、これ以上はなかなかない手段だと思いません? エレベーターなどが増えた昨今でも、いざすべてが停まる事態となったら彼らの出番です。運動不足が心配されがちなら、積極的な使用を促される場合もありましょう。

 それより昔ならば、高所への移動に際して、頼る頻度はますますアップ。建物の中であったならば実に効果的でありましょう。

 しかし、利用が増えればそこにつきまとうのがトラブル。私が最近、聞いた話なんですけれど耳に入れてみませんか?


 つい最近、数日間休んでいた友達が学校へ復帰してきた際に、聞いたことなんですけどね。どうも友達は「嫌気枝けんきし」にやられたという話をしてくれました。

 嫌気けんきといったら、先輩も聞いたことがあるんじゃないですか? 嫌気いやけのほうじゃないですよ。

 科学的には呼吸に酸素を必要としないことを指すみたいです。場所としては主に土の中で、生き物とすれば菌類などでしょうか。

 かつて地球ができたばかりのころは地表に酸素はなかったと考えられていますし、もとはこの嫌気性の生き物しか存在しなかった。我々の遠い遠いご先祖様にあたるところでしょう。

 そして彼らもまた、現在に至っても存在し続けている。そしてこの好気性な我々の近くにいるのが、友達のいう嫌気枝なのだそうです。


 彼らはこぞって、階段の近くに生息しているようですが、雑に掘り起こしたとしても見つけることはできません。

 普段の彼らは土中で体を完全にバラしていて、手にすることはできても、それが嫌気枝であると判断するすべは、公にはないとされているとか。

 しかし、その彼らがばらばらの身をにわかに集めるタイミングがあります。それが頭上の階段で起こる振動なのだとか。

 音は土の中だと伝わりにくいというのは、広く知られているところ。しかし、嫌気枝たちはその吸収されがちな微細な振動さえも敏感に感じ取り、その出どころたる階段下へ集まるそうです。


 嫌気枝を研究している、ごくマイナーな人の話によると彼らは階段音から刺激を受け取っている説が有力らしいんです。

 土壌の活性化のため、土に音を聞かせる試みというのが近年増えてきているようですが、この嫌気枝たちのはたらきも関係しているかもしれませんね。

 しかし、何事も過ぎたるはなお及ばざるがごとし。

 限界を超えた嫌気枝は、地上と地中の境を越えて害をなすこともあるんです。


 友達のケースだと、こうです。

 友達が毎日利用している最寄り駅は、上りと下りの線路がひとつずつという小さなものです。それぞれのホームへは10段ほどの階段が横たわっています。最近は車いすの人用のスロープも設けられましたが、一日を通してみると相当数が階段を利用します。

 その夜は、友達も少し遠くの町の花火大会へ行くために電車を使いました。帰りなどは同じように花火帰りの人が集中し、車両はぎゅうぎゅう詰めに。

 限られた空間ならきゅうくつも我慢する友達ですが、自由を許されたなら、早さより自由を追い求めがちな友達。ホームへ降りるやベンチに腰をおろし、我先に改札へ向かうみんなを見送ります。

 そうしてすっかり人がはけたあと、悠々とホームの階段へ向かった友達ですが。


 数段降りたところで、ふと耳へ飛び込んできたメロディが。

 それはほんの数年前まで、この駅で電車の発着時に流されていた、地元出身の音楽家の曲だったとか。

 なぜこのタイミングで? と思ったところで、階段から見える改札横の窓口から駅員さんが顔を出しました。


「おーい、君。危ないから、階段からスロープのほうへ回ってくれ。嫌気枝だ!」


 嫌気枝の名を、友達はそこではじめて耳にしました。

 はたと足を止めましたが、その次の段へ踏み出した右足のほんの数センチ横。コンクリートを数センチ破って、銀色の枝が飛び出したそうです。

 針のように鋭い先端は、並ぶ形になった友達の右足全体よりも、わずかに高い。もしじかにぶつかっていたら、貫通していたのは間違いありません。

 銀色の枝は出たときと同じように、たちまち地下へ引っ込んでしまいます。ごくごく小さな穴を残して。おっかなびっくりの友達はそこからスロープに大回りし、念のため、駅員さんにケガがないことを確かめてもらいました。

 普段はまずないのですが、今日のように一日で乗降する客が特に多い日などは、あの嫌気枝が顔を見せるときがある。あのメロディは階段が踏まれたカウントと連動していて、嫌気枝が機嫌を損ねる恐れのある歩数になると流れ出すのだとか。

 直接のけがは避けることのできた友達ですが、そこから右足がときおり、石像になったかのように固まってしまうときが幾度かあったようです。

 病院でも原因はわからず、イップスのたぐいではないかと判断されたとか。それが友達の数日間休んだ原因で、あの嫌気枝が自分にとっては思いのほかショッキングだったのかも……と話していましたよ。

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