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幼馴染は振り向かない(1500PV越えありがとうございます)  作者: 一年目の平凡な中小企業の社長


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第8話:溶け合う二人

 嬉しい。そう、叫びたいくらいに。 なのに、私の口から出たのは、可愛げのない氷のような言葉だった。


「……タカシ、なんで来たの?」


 振り返った私の声は、自分でも驚くほど低く、震えていた。


「ユカリさんにお礼、しなくてよかったの? わざわざ忘れ物を届けてくれたんでしょ。……マサコちゃんだって、私のために怒ってくれてたのに、あんなところに置き去りにして……」


 最低だ。 来てくれた彼に対して、私はまた、自分から距離を置くような言葉を投げつける。 心の中では『追いかけてくれてありがとう』って、そのシャツの袖を掴んで泣きたいのに。


「……そんなの、どうでもいいだろ」


 タカシが、一歩詰め寄る。


「どうでもよくないよ! 今のタカシの友達は、あの子たちでしょ? 私とは、もう学校も制服も違うんだから……」


 言いながら、視界がまた歪み始める。 タカシが私のために走ってくれたという事実が、今の私にはあまりにも眩しすぎて、直視できない。 素直になれないまま、私は逃げるように自分の家のドアに手をかけた。


「帰ってよ。……私、もう疲れたの……」


 嘘だ。本当は、一秒でも長く、私の名前を呼んでほしくてたまらないのに。私が吐き出した冷たい言葉を、夜の静寂が飲み込んでいく。 「帰ってよ」と、もう一度突き放そうと唇を震わせた、その時だった。


「……ごめん」


 タカシが短くそう呟くと同時に、視界が大きく揺れた。 強い力で腕を引かれ、気づいた時には、私は彼の胸の中に閉じ込められていた。


「っ……あ……」


 鼻先をかすめる、洗剤の匂い。 着慣れないはずの、少し硬いシャツの感触。 朝、あれほど私を絶望させた「私服のタカシ」の体温が、今は驚くほどダイレクトに私に伝わってくる。


「ちょっと、タカシ、何してるの……っ。ここ、家の前だよ。誰かに見られたら……」


 動揺して声を荒らげても、タカシの腕は解けない。それどころか、彼は私の背中に回した手に、さらに力を込めた。


「見られたっていい。……お前がそんな顔して泣きそうなのに、放っておけるわけないだろ」


 耳元で響く、タカシの低い声。 その震えから、彼もまた、余裕なんてこれっぽっちもないことが分かってしまう。 マサコちゃんの前でも、ユカリさんの前でも見せなかった、私だけが知っている「余裕のないタカシ」。


「タカシ……」


 私の紺色のブレザーが、彼のシャツと擦れて音を立てる。 違う学校、違う制服。 今日一日、私を苦しめてきたその「境界線」が、抱きしめられる強さの分だけ、少しずつ溶けていくような気がした。

 私は、彼のシャツの裾をぎゅっと握りしめた。 素直になれない心とは裏腹に、私の身体は、彼の温もりを離したくないと叫んでいた。

 彼の胸の中で、ドクドクと速い鼓動が伝わってくる。 抱きしめられた温もりに、さっきまで私の心を縛っていたトゲが、スッと消えていくのが分かった。


「……タカシ」


「ん?」


  「……そのシャツ、すごく似合ってるね。……本当は、朝、一番に言いたかったんだよ」


 勇気を振り絞って見上げると、タカシは一瞬目を見開いた後、 「っ……あ、ありがとう」 と、照れくさそうに、でもこれ以上ないくらい優しくニコリと笑った。

 その笑顔を見て、ようやく気づく。 私、ずっとこれが欲しかったんだ。

 けれど、タカシは急に我に返ったように腕の力を緩めた。耳まで真っ赤にして、バツが悪そうに視線を泳がせる。


「あ……ごめん。いきなり抱きしめたりして……。俺みたいなやつに、こんなことされて……気持ち悪い、だろ?」


 何を言っているの、この人は。 私は解けかけた彼のシャツの裾を、今度は自分から強く握りしめた。


「なんで……? ……っ、ずっとしててほしい」


 今まで自分でも出したことのないような、甘えた声が出た。 タカシの身体が、びくんと硬直する。


(……やばい。なんだ、今のユキ。可愛すぎるだろ……!)

 タカシの胸の鼓動が、さらに一段と高鳴るのが伝わってくる。 なんですぐに、こうしてあげられなかったんだろう。


(あの進路面談の時……。ユキが別の学校に行くって言ったから、てっきり俺は嫌われてるんだと思ってた。……好かれてるのかはまだ自信ないけど、でも、少なくとも嫌われてはないんだよな、これ……?)

 タカシは心の中で、必死に自分に言い聞かせていた。 そんな彼の不器用な戸惑いを知ってか知らずか、ユキは彼の胸にそっと額を預ける。

 春の夜風が二人を追い越していく。 違う制服を纏っていても、今は、この腕の中だけが、私たちの確かな居場所だった。


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