第7話:駆け出す二人
「え、ユカリさん?なんでここ……」
「忘れ物!ほら、これ。タカシ君のペンケース。教室の机の中にあったよ」
彼女は、ふんわりとした白いブラウスをなびかせて駆け寄ってくる。
タカシの手を少しだけ強引に取って、ペンケースを握らせた。その自然なボディタッチに、私は息を止める。
「……あら?そっちの二人、タカシ君のお友達?」
ユカリさんの視線が、私と、そしてマサコちゃんに向けられる。
その瞬間、駅前の広場に形容しがたい火花が散った。
「こんにちは。ユキちゃんの友達、マサコ。君は、タカシ君の「今の」クラスメイトさん?」
マサコちゃんが、一歩前に出る。
笑顔なのに、声の温度が明らかに一段下がった。
対するユカリさんも、負けてはいない。
「へぇ……。私はユカリ。タカシ君とは、昨日からずっと隣で一緒なの」
私服で華やかなユカリさんと、制服で凛としたマサコちゃん。
二人の視線がぶつかり合う中心で、タカシが「あ、いや、えっと……」と泳いだ目をしている。
私はただ立ち尽くしていた。
マサコちゃんが私を守ろうとしてくれているのは分かる。
ユカリさんがタカシと親しいのも、事実。
でも、一番近くにいたはずの私は。
彼と同じ色の制服を脱いで、紺色のブレザーを選んだだけの私は。
「……っ」
四人でいるはずなのに、世界にたった一人取り残されたような寒気がした。
私の知らないタカシを知っている女の子が、目の前に二人もいる。
その事実に、私はもう、立っていることさえ辛かった。
「……タカシ君、このあと時間ある? 忘れ物届けたお礼に、お茶くらい――」
「ちょっと待ってよ。彼はこれから、ユキちゃんと一緒に帰るんだから」
ユカリさんの甘い誘いを、マサコちゃんの鋭い声が遮る。 二人の女の子が、私の頭越しに言葉の刃を交わしている。 その中心にいるタカシは、困惑した顔で私を見ていた。
その視線が、痛い。 「助けて」と言っているのか、「どうしたんだよ」と呆れているのか。 今の私には、そのどちらもが耐え難かった。
マサコちゃんは私のために怒ってくれている。 ユカリさんはただ、今のタカシと仲良くしたいだけ。 そしてタカシは、新しい世界で、新しい誰かと笑おうとしている。
(……私は、何をしてるんだろう)
彼を独占したい自分。それを隠して「自立したい」なんて嘘をついた自分。 結局、マサコちゃんに背中を押されないとタカシのところへも行けない、空っぽな自分。
「……もう、いいっ!」
喉の奥から、絞り出すような叫びが漏れた。 三人とも、一瞬で言葉を失って私を見る。
「ユキ……?」
タカシが手を伸ばそうとした。 でも、その指先が私の紺色のブレザーに触れる前に、私は思いきりその手を振り払った。
「もういい……放っておいてよ!!」
あの日、別の学校に行くと決めたのは私だ。 だったら、こんなに惨めに泣く資格なんて、私にはないはずなのに。
私は背を向け、また走り出した。 背後でタカシが私の名前を呼ぶ声がしたけれど、一度も、一度も振り向かなかった。
駅前の喧騒が、遠ざかっていく。 滲んだ視界の隅で、ユカリさんの綺麗なブラウスと、マサコちゃんの誇らしげな制服が混ざり合って消えた。
冷たい夜風が、涙で濡れた頬を刺す。 私はどこへ向かっているのかも分からず、ただ、彼も、彼女たちもいない「孤独な自由」の中へと、がむしゃらに駆け抜けていった。
家までの道。街灯がまばらな住宅街を、私はただがむしゃらに走った。 肺が焼けるように熱い。けれど、足を止めれば自分の醜さに押し潰されそうで、止まれなかった。
「……はぁ、はぁ、……っ」
ようやく家の前まで辿り着き、玄関の鍵を取り出そうとした時。 背後から、激しく地面を叩く足音が近づいてきた。
「……待てよ、ユキ……っ!」
肩で息をしながら、タカシがそこに立っていた。 私服のシャツは乱れ、額には汗が滲んでいる。あんなに大勢の人がいた駅前で、彼は迷わず私を追いかけてきてくれた。




