第23話:幼馴染は振り向いた(完)
「タカシ君。ユキちゃんは、タカシ君のことそんなに想ってないんだと思うな。……もう忘れて、私と付き合っちゃえばいいじゃない。私は、こんなにタカシ君が好きなんだよ?」
カフェのテーブル越しに、ユカリはなりふり構わずグイグイと距離を詰めてくる。
「でも……(昨日思ったことは、嘘じゃない。ユキが一番大切なんだ。……でも、ユキはそう思われたくもないのか?)」
葛藤するタカシに、ユカリは逃さず「『お試し』でいいから、付き合ってみない?」と甘い罠を仕掛けた。しかし、その言葉が逆にタカシの目を覚まさせた。
「……そんなこと、できるわけないだろ。俺、ユキが好きなんだ!」
椅子が倒れる音も構わず、タカシは叫んでお店を飛び出した。残されたユカリは、ただポカーンとその後ろ姿を見送るしかなかった。
一方、駅の近くの道。すべてを諦めたユキが、力なくうなだれてトボトボと歩いていると――。
「ユキ! ユキィィィ!!」
静かな通りに、聞き慣れた、けれど今は一番聞きたかった声が響き渡った。
「……タカシ?」
肩で息を切りながら、タカシが目の前で立ち止まる。
「ごめん……ユキ! 昨日の気持ちに、何一つ嘘はないんだ。……でも、ユキが走って行っちゃったから、本当に嫌で帰っちゃったのかと思って。俺、怖かったんだ」
「……そんなわけないじゃない。そんなわけ、ない……っ」
ユキの瞳から、再び涙が溢れ出した。
「だって……私もタカシのこと、誰よりも大切だと思ってるもん。隣に違う女の人がいたら嫌だし、苦しいし……。タカシのこと、ずっと、ずっと好きだったんだからぁっ!」
堪えきれずに泣きじゃくるユキ。タカシは慌てて「あっ、ユキ……ごめん。でも、ここで泣いたら目立っちゃうから……な?」と困惑しながらも、その表情は幸せそうに綻んでいた。
(ユキも、俺のこと好きでいてくれたんだ……。同じ気持ちだったんだ。夢みたいだ……)
タカシは、泣きながら歩くユキの歩幅に合わせて、ゆっくり、ゆっくりと彼女を家へと送り届ける。
繋いだ手からは、さっきまでの不安が嘘のような温もりが伝わってくる。夕闇の中、二人の気持ちはようやく、真っ直ぐに重なり合った。
昨夜、どうやって家まで帰り、どうやって眠りについたのか――ユキは何も覚えていなかった。けれど、容赦なく朝はやってくる。カーテンの隙間から差し込む光に目を細め、ユキは昨日の記憶を必死に手繰り寄せた。
「私……昨日……タカシに、好きって言った……よね?言ったよね、たぶん」
思い出した瞬間、ボッと音がしそうなほど顔が熱くなる。昨夜、タカシが何を言ってくれていたのかも、興奮と混乱で霧の向こうだ。ふと自分を見ると、着替える余裕もなかったのか、制服はシワシワのまま。鏡を覗き込めば、泣き明かしたせいで真っ赤に腫れ上がった目が自分を睨み返していた。
(……これ、今日の私、学校に行ける顔なの……?)
絶望的なコンディションに頭を抱え、自問自答を繰り返していた、その時。
「おーい!ユキ!!」
窓の外から、自分を呼ぶ声が聞こえた。昨日までとは違う、どこか誇らしげで、弾んだタカシの声。ユキは慌てて窓に駆け寄り、でも自分の酷い顔を思い出して、カーテンの陰に身を隠した。
「ひ、ひどい顔なんだから! お願い、今は見ないで!」
ユキはカーテンをぎゅっと握りしめたまま、窓の外へ向かって叫んだ。真っ赤に腫れたまぶたに、シワだらけの制服。昨日、魂を削るような告白をした代償はあまりに大きく、とてもじゃないが「恋人」に見せられる姿ではない。
けれど、下から返ってきたのは、驚くほど明るくて余裕のある声だった。
「ははっ、いいから早く出てこいよ。どんな顔してたって、俺は構わないから」
「……バカ、タカシのバカ!デリカシーがないんだから!」
ユキは口では毒づきながらも、その声の優しさに抗えなかった。昨日まで、あんなに遠く感じていた背中。「幼馴染」という言葉に逃げて、自分の気持ちに蓋をしていた長い時間。
ユキは意を決して、カーテンを開けた。朝の光の中に立っていたタカシが、眩しそうに目を細めて自分を見上げている。不器用で、真っ直ぐで、世界で一番大切な人。
二人の新しい朝が、そこにはあった。
呼び声に応えるように、幼馴染は振り向いた。
完




