第22話:そっちの二人
駅に着いても、ユキは繋いでいた手を離したあとも、名残惜しそうにタカシの側に寄り添っていた。
「おい、ユキ。電車が行っちゃうぞ」
「……行きたくないなぁ」
ユキはタカシのパーカーの袖をきゅっと掴み、上目遣いで小さく零した。
(……待て待て。今日のユキは、距離感がバグってる。っていうか、可愛すぎて……おかしい、ずっとおかしい! 昨日の今日で、なんでこんなに無防備なんだよ!?)
爆発しそうな心臓の音を誤魔化すように、タカシは強引に腕を引いた。
「お、俺は行くからな! じゃあな、また後で!」
恥ずかしさのあまり背を向けて走り出した瞬間、後ろでユキが「あっ……」と寂しそうな声を漏らす。その響きがあまりに切なくて、タカシは立ち止まり「ユキ、ごめん……!」とだけ叫ぶように謝ると、逃げるようにホームの階段を駆け上がった。
(今日のユキには、どうにも調子を狂わされる……。嫌われてるどころか、あんな……あんなの、反則だろ)
一方、残されたユキが再び「行きたくないなぁ……」と幸せな溜息を吐いていると、背後からマサコが現れた。
「何してるの、ユキ。……あ、さては今の、タカシ君?」
電車の中、ユキから昨夜の出来事を聞いたマサコは、我がことのように目を輝かせた。
「えぇぇぇ! それもう完全に付き合ってるじゃん! おめでとう!」
二人がキャッキャと盛り上がっていることなど、タカシは知る由もなかった。
――学校。
タカシが教室で放心していると、ユカリがひょっこり姿を現した。
「なんだか、久しぶりな気がするね」
「いや、昨日も一昨日もいたわ」
そんないつも通りのやり取りの最中、ユカリがふと探るような目で尋ねてきた。
「あの幼馴染の子とは、どうなったの?」
「……うーん。よく、わからないんだ」
「でも、前より距離が近くなった気がするんだよな」
「へぇ……。距離が近いって、こんな感じ?」
次の瞬間、ユカリがタカシの腕にぴたりと身を寄せた。
「ユ、ユカリさん! 近いってば!」
「ふふ、恥ずかしがっちゃって」
「……こういうことは、好きな人にしろよ」
タカシが照れ隠しにそう言うと、ユカリは動きを止め、至近距離で彼を真っ直ぐに見つめた。
「……タカシ君だから、したんだよ?」
至近距離で囁かれた言葉に、タカシは一瞬、心臓が跳ね上がるのを感じた。
(いやいや、ドキッとしちゃダメだろ! 俺にはユキがいる……はず、だろ!?)
今朝のユキの潤んだ瞳と、目の前のユカリの熱い視線。対照的な二人の女の子の間で、タカシの心は大きく波立ち始めていた。
待ち合わせ場所の改札出口。ユキはいつもより早く着き、何度もスマホを確認していた。
「タカシ、早く来ないかな……」
昨夜の幸せな余韻を抱きしめるように、彼女は微笑む。しかし、その笑みは一瞬で凍りついた。
人混みの向こうから現れたタカシの腕には、ユカリがぴったりと、当然のような顔で腕を絡めていたのだ。
「ユカリさん、やめてくれよ……っ」
「えぇー? タカシ君が『好きな人にしろよ』って言うから、そうしてるだけだよ?」
ニヤリと笑うユカリ。その様子に、ユキは冷たく、震える声で問い詰めた。
「タカシ……どういうこと……!?」
「学校で、そういうのは好きな人にしなよって言ったら、なんだかこんな感じになって……」
困り果てた様子のタカシ。けれど、ユキの怒りは止まらない。
「『こんな感じ』って何よ! なんでそうなるのよ!」
激昂するユキを、ユカリの鋭い視線が射抜いた。
「タカシ君が、好きな人にしなさいって言ったの。だからしたの。……私、タカシ君のことが好きなの」
以前のユキなら逃げ出していただろう。けれど、昨夜の想いがある今の彼女は違った。
「ユカリさん! タカシが嫌がってる。……やめた方がいいよ」
毅然としたユキの態度。しかし、ユカリは瞳をさらに怪しく光らせた。
「ねえユキさん。タカシ君、本当に『嫌だ』なんて思ってるかしら?」
「タカシはどうなの?」
ユキは逃げ場を塞ぐように、タカシに真っ直ぐな視線を向けた。
「それは――」
答えようとしたタカシの言葉を、ユカリが残酷に遮る。
「だって、本当に嫌だったら、とっくに力ずくで振り解いているはずでしょ?」
「ユカリさん……私は、タカシに聞いてるのよ!」
火花を散らす二人。けれど、沈黙の末にタカシが呟いたのは、あまりに残酷な本音だった。
「……こんなに面と向かって『好き』って言われたの初めてで。どうしていいかわからなくて。……でも、そんな風に言われて、少し、嬉しかったのかもしれない」
ユキの心に、鋭いナイフが突き刺さった。
「はぁ……? じゃあ、昨日のは何だったの? あれも全部、嘘なの?」
「嘘なわけない! あの時は心からそう思ってた。……でも、ユキは俺の言葉、嫌だったんじゃないのか? だって、何も言わずに帰っちゃったから……」
(あっ……)
あの時、ちゃんと「私も」と答えていたら。後悔が波のように押し寄せる。
「でも……タカシは私をあんなに思ってくれた次の日に、もう違う人とそんなことするの……っ?」
「そんなに彼を責めたら可哀想じゃない? あなたにだって、落ち度はあったでしょ」
ユカリの追い打ちが、ユキを黙らせる。
「タカシ君。……今日は私と、カフェに行こう?」
ユカリの腕は最後まで振り解かれることはなかった。二人が夕闇の中へ消えていくのを、ユキは見送ることしかできなかった。
一人残された改札前。
「何これ……っ」
ポツリと溢れた呟きとともに、堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出した。




