第21話:噛み合わない二人
「わからないものは、わからないんだ!」
タカシは叫んでいた。ユキはブランコから立ち上がり、彼を真っ直ぐに見据える。
「だから、『わからない』ってどういうことなの!?」
「ユキを一番大切に思ってるのは俺だし……一番幸せにしたいと思ってるのも俺だ! 隣に、俺の知らない男がいるなんて、想像しただけでおかしくなりそうなんだよ! けど……!」
一度決壊した言葉は、もう誰にも止められなかった。
「けど、それが俺の一人よがりだったら、そう思ってるのが俺だけだったらって考えたら……怖くて堪らないんだよ!!」
夜の公園に、タカシの荒い呼吸だけが響く。彼は、自分が今何を口走ったのかさえ分かっていなかった。
「……最初から、それ。言ってくれたら、良かったのに」
ユキの声が、震えていた。彼女の瞳からは、大粒の涙が次から次へと溢れ出し、頬を伝っていく。
(あれ……? 俺、いま、心で思ってたこと全部言っちゃったか?)
あまりの失態にタカシが凍りつく中、ユキは涙に濡れた顔で、けれど花が綻ぶような最高の笑顔を見せた。
「ねえ……私がずっと欲しかったの、その言葉だよ」
「えっ……」
タカシが固まっている間に、ユキは弾かれたように走り出した。彼女はやはり一度も振り向かなかった。けれど、暗がりに消えていくその背中からは、世界中の誰よりも幸せなオーラが溢れていた。
「……何なんだよ、一体。俺、取り返しのつかないこと言っちまったんじゃ……」
一人残されたタカシは、頭を抱えて茫然と立ち尽くした。その後、どうやって帰ったのかも覚えていない。トボトボと自宅の前に辿り着き、ふと隣の家を見上げる。……ユキの部屋の窓には、まだ明かりは灯っていなかった。夜の静寂だけが、火照ったタカシの頬を冷まそうと風を運んでいた。
(わわっ、タカシが……あんなこと言ってくれた。なのに、そのまま走ってきちゃった……。同じ気持ちだったんだ)
帰宅したユキは、部屋の電気もつけずに布団へと潜り込んだ。さっきまで流していた涙の跡がまだ熱いけれど、暗闇の中でニヤニヤと頬が緩むのを止められない。
(今、世界中探しても私より幸せな人はいないかも……)
――翌朝。
玄関を出たタカシは、一晩で数年老けたかのような、死にそうな顔で放心していた。そこへ、昨日よりもずっと晴れやかな表情のユキが駆け寄る。
「タカシ、おはよう!」
「あっ、あぁ……。おはよう、ユキ……」
「もう、シャキッとしなよ。今日も駅まで一緒に行くんでしょ?」
「……っ、い、嫌じゃないのか? 昨日の今日で、俺なんかと歩くの」
「なんで嫌なのよ。ほら、早く……手」
ユキが差し出した手を、タカシはおっかなびっくり握り返した。いつものように車道側を歩くタカシ。けれど、すぐに違和感に気づく。
(……待て。手の繋ぎ方がおかしい。今日は……指が絡まってる。ユキ、どうしたんだ?)
指先同士が深く絡み合う、恋人繋ぎ。タカシがその感触に心臓をバクつかせていると、ユキが顔を覗き込んできた。
「タカシ? どうしたの。早く歩かないと電車に遅れるよ……。あとさ、今日も、一緒に帰れるか?」
「うん。……あぁ、大丈夫だ」
ユキの穏やかで、どこか嬉しそうな声音に、タカシの頭の中はさらにパニックに陥る。
(あれ!? 一緒に帰りたくないんじゃなかったのか? 昨日の俺の暴走、泣くほど嫌だったんじゃ……?)
無理もない。昨夜のタカシは、自分の想いを叫んだ衝撃で頭が真っ白になり、ユキが最後に残した「ずっと欲しかった言葉」という最高の返事を聞き逃していたのだ。
絡まる指先の熱。けれどタカシの頭上には、依然として巨大な「?」が浮かんだままだった。




