第20話:公園の二人
「あーそうだ! 英語だ。ユキが英語を教えてくれるって、約束だったもんな!」
タカシは、今にも決壊しそうな自分の顔を隠すように、無理やり話題を切り替えた。
「あっ、そうだね。単語、単語やらなきゃ……」
ガシャン――!!
静かな店内に、陶器が砕け散る無機質な音が響き渡った。タカシの手が激しく震え、飲みかけのコーヒーカップを床に落としてしまったのだ。
(あぁぁぁ……最悪だ。俺、何やってんだ……)
ユキの横顔に目を奪われ、「可愛い」なんて口走った挙げ句のこの失態。タカシは真っ青になりながら狼狽える。
「今、片付けに参ります」
店員の落ち着いた声に、タカシは「すみません……!」と何度も頭を下げた。そんな彼を心配そうに見つめていたユキが、そっと肩に手を置く。
「タカシ……今日はあんまり体調良くなさそうだから、もう帰ろう?」
「ユキ……ごめん。俺」
本当は、もっと一緒にいたかった。でも、今の自分の「異常さ」をこれ以上隠し通せる自信がない。
「じゃっ、一緒に帰りましょう!」
ユキの声も、どこか裏返って不自然に上ずっていた。彼女自身も、タカシのあの言葉を聞いてから、心臓の鼓動が耳元まで響くほど高揚しているのだ。
店を出ると、夕暮れの冷たい風が吹いていた。いつものルーティン。タカシは無意識にユキを車道から遠ざけるように歩く。ぎゅっと繋いだ手のひらは、いつもよりずっと熱く、しっとりと汗ばんでいた。
「ねえ、タカシ……。ちょっとだけ、家の近くの公園に寄って行かない?」
「えっ……う、うん。いいぞ」
ぎこちない返事のまま、二人は吸い込まれるように公園へと歩みを進めた。街灯が灯り始めた公園は、静寂に包まれようとしていた。
公園には、夕闇と静寂が降りてきていた。
ユキはブランコに腰を下ろし、小さく揺れながら口を開いた。キィ、キィと鎖の鳴る音が、妙に耳に響く。
「小さい頃さ、よく二人で遊びに来たよね」
「……ああ、そうだったな」
タカシの返事は、心ここにあらずといった風に短い。ユキはブランコを止め、まっすぐにタカシを見上げた。
「ねえ。やっぱり今日のタカシ、変だよ。……どうしたの?」
(絶対に聞こえてたんだ。俺なんかに『可愛い』なんて言われて、ユキは嫌だったんじゃないか……)
タカシは逃げるように視線を逸らし、精一杯の言い訳を捻り出した。
「なんでもないって。……ただ、マサコさんがさ。『付き合ってるの?』なんて突拍子もないこと言うから、少し動揺しただけだ」
(マサコさんには『変なこと言わないで』って即答してたもんな。ユキにとっての俺は、ただの幼馴染に過ぎないんだろうな)
そう自分を納得させようとした時、ユキが少し意地悪そうに目を細めて笑った。
「……本当に、付き合ってないの?」
「付き合ってないだろ。俺たちは小さい頃からずっと一緒の、ただの幼馴染だ」
そうだ、これでいいんだ。幼馴染という名の「特等席」から、こうして彼女を眺めていられるだけで。この心地よい居場所さえ壊さなければ、彼女を失わずに済む。タカシは自分にそう言い聞かせた。
けれど、ユキの表情からふっと色が消えた。
「……タカシは、本当にそれでいいの?」
その儚げな微笑みに、タカシの胸の奥が激しく軋む。
(いいわけないだろ。全部、嘘だ。一番ユキを幸せにしたいのも、大切に思ってるのも俺なんだ。他の男が隣にいるなんて想像すらしたくない。ずっと自分を誤魔化して、嘘ばっかりついて……!)
溢れ出しそうな想いが喉元まで迫り、けれど拒絶される恐怖がそれを押し留める。出口のない葛藤の末、タカシは絞り出すように呟いた。
「……わからない」
「……っ、『わからない』って、何が?」
ユキは俯き、震える声でそう返した。ブランコの鎖を握りしめる彼女の指先が、白く強張っていた。




