2話:もどかしい二人
ご覧いただきありがとうございます。
本作は全年齢対象の[恋愛]です。
短いお話ですが、お楽しみいただければ幸いです。
【タカシ】
「それ、どこのブランド?お洒落だね」
休み時間。
隣の席の女子に声をかけられた。
名前もまだ知らない彼女は、僕のパーカーの紐を面白そうに眺めている。
「あ、いや……適当に選んだだけで」
適当、というのは嘘だ。
今朝、ユキにどう見られるかを一時間も悩んで決めた服だなんて、口が裂けても言えない。
周囲を見渡せば、派手なシャツの男子や、着崩したカーディガンの女子。
私服校という自由。
けれど、僕を縛る制服も、僕を知るユキもいないこの教室で。
僕は自分が、ただの「どこの誰でもない男の子」になったような心細さに襲われていた。
【ユキ】
「ユキちゃん、お弁当一緒に食べよ!」
華やかな笑い声に囲まれて、私は無理に口角を上げた。
揃いの紺のブレザーを着た女の子たち。
みんな可愛くて、優しくて。
なのに、私の心だけが、冷たいガラスケースの中に閉じ込められたみたいに静かだった。
「ねぇ、ユキちゃんって好きな人いるの?」
デザートに旬の苺を頬張りながら、新しい友達が顔を覗き込んできた。
好きな人。
その言葉を聞いた瞬間。
ホームで小さくなっていく、あの頼りないパーカーの背中が脳裏をよぎる。
「……いないよ。今は、勉強で精一杯かな」
嘘をつくたび、胸元に光る金色のボタンが、チクリと心臓を刺す。
このブレザーは、タカシのいない街に行くための私の鎧。
脱ぎ捨ててしまいたいのに、私はそれを、強く握りしめる今年か出来なかった。
【タカシ】
自分の部屋に戻り、僕は迷わず部屋の明かりを消した。
暗闇の中、窓の外をじっと見つめる。
数メートル先。
すぐ隣の家の窓から、漏れてくる光がある。
あそこには、ユキがいる。
さっきまで彼女が着ていた、あの冷たい紺色のブレザーは、今ごろ椅子の背もたれにでも掛けられているのだろうか。
制服を脱いだ彼女は、僕の知っているユキに戻っているのだろうか。
僕は、机の上に置いたスマホを手に取った。
今日、教室で女子に話しかけられたこと。
本当は、すごく居心地が悪かったこと。
全部ユキに言いたくて、画面をなぞる。
けれど。
僕が私服で所在なく過ごしていた時間に、彼女は僕の知らないところで、僕の知らない誰かと笑っていたのだ。
そう思うと、親指が動かなくなった。
僕はただ、隣から聞こえてくる微かな生活音に、耳を澄ませることしか出来なかった。
【ユキ】
カチリ、と隣の部屋の明かりが消える音がした。
私は、開けようとしていたカーテンの隙間から手を離す。
窓を開けて、いつものように「タカシ、起きてる?」と声をかける。
昨日まで当たり前だったその勇気が。今の私にはなかった。
脱ぎ捨てた紺のブレザーが、月の光を浴びて鈍く光っている。
これを着ている間の私は、もうタカシの幼馴染じゃない。
ただの「女子高生」という記号に変わってしまう。
スマホの画面が明るくなった。
タカシからの連絡かと期待して、すぐに消沈する。
届いたのは、今日新しく友達になった子からの、スタンプだらけの賑やかなメッセージだった。
「……バカみたい」
私は膝を抱えて、暗い部屋で一人つぶやく。
タカシは今、何を考えているんだろうか。
あの私服、本当はすごく似合ってた。
私よりずっと、大人に見えたよ。
伝えたい言葉は、窓一枚を超えることができず、私の部屋の冷たい空気が溶けていった。
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次回更新は一週間後の予定です。




