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幼馴染は振り向かない(1500PV越えありがとうございます)  作者: 一年目の平凡な中小企業の社長


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第19話:縮まる距離の二人

ユキはタカシに向かって、消え入りそうな声で「ありがとう」とだけ告げると、弾かれたように駅のホームへ走り出した。


「おい、気をつけて行けよ!」


 背中越しにタカシの声が追いかけてくる。けれど、ユキは一度も振り向かなかった。いや、真っ赤に染まった顔を見られたくなくて、振り向くことができなかったのだ。

 階段を駆け上がる足取りは、羽が生えたように軽い。


(……一人で大事に使いたい、なんて。あんなにハッキリ言ってくれるなんて思わなかった)  


 タカシがユカリさんに見せた、毅然とした拒絶。自分のために「NO」と言ってくれた彼の姿を思い出すたび、ユキの口角は勝手に上がってしまう。

 電車に揺られながら、ユキは何度もスマホの画面を見つめた。文字を打っては消し、深く呼吸を整えてから、ようやく「送信」ボタンをタップする。


『今日の放課後、また会える……?』


 それは、今までの強がりな自分を脱ぎ捨てるような、精一杯の勇気だった。  数十秒後、手の中でスマホが震える。


『駅で待ってる。……一緒に帰ろう』


 その短い返信を見た瞬間、ユキの胸の奥がトクンと大きく跳ねた。


 ――放課後。


 約束の場所である駅の改札の出口。家路を急ぐ人混みの中に、少し所在なげに立つタカシの姿を見つけた。彼は私の姿を認めると、ぱっと表情を明るくし、照れくさそうに頭をかきながら歩み寄ってくる。


「……待たせた?」


「ううん、今来たところだ」


 ありふれた、けれどどこか特別な挨拶。まるで少女漫画のワンシーンみたいだ、なんて……柄にもないことを考えて、少し気恥ずかしくなる。でも、二人の間に流れる空気は、今朝までとは明らかに違っていた。私はカバンの中から、一冊の参考書を取り出す。


「あの……タカシ。もしよかったら、これ。……二人で、カフェで勉強しない?」


 差し出したのは、昨夜、腫れた目で必死に準備した単語カードの続き。タカシは一瞬だけ驚いたように目を見開いたあと、世界で一番幸せそうな顔をして笑った。


「……ああ。ユキ! 今度は、二人で頑張ろうな」


 差し出された彼の大きな手が、私の頭をぽん、と優しく叩く。その温かさに、私の心はまた、少女漫画のヒロインみたいに激しく鼓動を刻んでいた。

 カフェの隅の席。ノートを広げたユキの横顔が、視界の端でやけに鮮明に映る。


(……近い。こんなに近かったっけ?)  


 ページをめくる指先や、伏せられた長いまつ毛。タカシの心臓は、さっきから勉強どころではないリズムを刻んでいた。


「ねえ、タカシ。聞いてる?」


「あー、うん……。聞いてる、聞いてるって」


「嘘だ。なんだか、さっきからずっとぼーっとしてるよ!」


 ユキが教科書から顔を上げ、ぷくっと頬を膨らませてこちらを睨む。


(お前の横顔に見惚れてて集中できなかったなんて、死んでも言えねえ……)  


 タカシが必死に視線を泳がせていると、不意に聞き覚えのある声が降ってきた。


「あら、ユキ……タカシ君と一緒なんだ」


 同級生のマサコだった。彼女は二人の距離を値踏みするように眺めると、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。


「ねー、もう付き合ってる?」


「ちょっとマサコ! 今、勉強してるんだから変なこと言わないで!」


 ユキが顔を真っ赤にして抗議すると、マサコは「はいはい、お邪魔虫は退散するね」と、ひらひら手を振って友達の待つ席へと去っていった。


(あの子なりの、お節介なんだろうな……)


 ユキは火照った頬を隠すように、再びノートに視線を落とした。

 一方、タカシはそのやり取りを、どこか呆然と見守っていた。


(ユキと、付き合う……?)  

 幼馴染という今の距離感は、何よりも心地いい。この関係を壊したくないという臆病な自分がいる。……けれど。


(もし、ユキの隣に別の男がいたら……?)  

 そう想像した瞬間、胸の奥が焼けるように疼いた。答えの出ない自問自答が、頭の中でぐるぐると渦巻く。


「……またタカシ、ぼーっとしてる! もう、怒るよ?」


 必死に自分を呼び戻そうとするユキの、一生懸命な表情。


「……可愛いな」


 ふいに、心の堤防が決壊したように本音が漏れた。


「えっ!?」


「あ、いや……! なんでもない、今のなし! マジでなんでもないから!」


 焦って教科書に顔を埋めるタカシ。


(今、タカシ……私のこと『可愛い』って言わなかった?)

 ユキの心の中で、小さな期待が確信へと変わり始める。カフェの喧騒が遠のき、二人の間には、これまでで一番甘くて、少しだけ苦い、沈黙が流れた。


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