第18話:分かり合う二人
隣の家では、タカシが一人、机に置かれた単語カードを眺めていた。
「……せっかく最近はユキといい感じだったのにな。なんであんなに怒ってるんだろう」
自分の何が彼女をあんなに冷たくさせたのか、正解が見つからないまま、彼はパラパラとカードをめくる。すると、一番最後のページに、他の単語よりも少しだけ丁寧に書かれた文字が目に飛び込んできた。
『タカシ、一緒に勉強頑張ろうね!』
心臓が、ドクンと跳ねた。
「……っ。これ、一緒に問題を出し合いたかったってことか?」
ユキが夜遅くまで自分のためにこれを作っている姿。そして、これを渡した時に抱いていたはずの期待。それを、自分は別の女の子との時間に充ててしまった。
(……それをユカリさんとやったから、嫌だったってことか。俺、最悪じゃん)
ようやく自分の犯した「間違い」の正体に気づいたタカシは、頭を抱えて激しく後悔した。
――翌朝。
「……あーあ。ひどい顔してる」
鏡の前に立つ私は、自分の顔を見てため息をついた。 一晩中泣いたせいで、まぶたは赤く腫れ、昨日の明るい表情はどこにもない。
(……タカシに、なんて言えばいいんだろう。あんなに冷たくしちゃったのに……)
会いたいけれど、合わせる顔がない。
そんな重い気持ちを抱えたまま、私はカバンを手に取り、いつものように玄関のドアを開けると、そこにはいつもと変わらない姿で、タカシが待っていた。
「ユキ!」
私の姿を見つけた瞬間、タカシが駆け寄ってくる。 彼は私の腫れたまぶたに一瞬だけ痛ましそうな視線を向けたけれど、すぐに意を決したように声を張り上げた。
「あのさ、単語カード……! 最後まで見た。一緒に勉強頑張ろうって書いてあったのに……本当、ごめん! ユキが作ってくれたのが嬉しくて、俺、有頂天になってた。俺は……俺はユキと一緒に勉強を頑張りたいんだ!」
「ちょっと、タカシ……わかったから! 声が大きいから、もうっ!」
静かな朝の住宅街に響き渡る声。私は慌てて彼の口を塞ごうとしたけれど、胸の奥には温かい光が差し込んでいた。
(気づいてくれたんだ……。よかった……)
安心と、彼からの真っ直ぐな言葉が嬉しくて。私は自然と笑顔になり、今日は自分から、タカシの大きな手をぎゅっと握り締めた。
駅に着くと、改札の前でいつものようにユカリさんが待っていた。
「単語カード、手作りなんてすごいね! タカシ君、今日も電車の中で一緒にやろうよ」
ユキがいることもお構いなしに、タカシの腕に手を伸ばそうとするユカリさん。 けれど、タカシは一歩も引かなかった。
「……ごめん。この単語カードは、ユキが俺のために作ってくれたものだから。一人で、大事に使いたいんだ」
タカシのきっぱりとした拒絶。
(タカシ……そんなこと言ったら、私のわがままだよ。本当は、誰と使ったって……)
ユキの心の中で、理性と独占欲が複雑に混ざり合う。でも、彼が私の「本当の願い」を守ろうとしてくれたことが、何よりも誇らしかった。
「……そっか。残念。じゃあ、先に行くね」
ユカリさんは少しだけ肩をすくめると、深追いすることなくホームへと消えていった。
残された私たちは、繋いだ手のひらから伝わる確かな鼓動を感じていた。




