第17話:すれ違いの二人
昼休みの教室。私は仲良くなったマサコに、日曜日におきた奇跡のような出来事や、今朝タカシに渡した英単語カードの話を聞いてもらっていた。
「あんまりタカシ君に尽くしすぎたら、他の女に利用されちゃうかもよ?」
マサコが、ストローをくわえたまま、どこか予言者のような目で私を見た。
「えっ、どういうこと……?」
「なんとなくよ。私の『なんとなく』って、当たるのよね。……っていうか、あんたたち、まだ付き合ってないの? 十分いい感じじゃない」
「えぇぇぇ、そんなことないよ……付き合うとか、まだよくわかんないし……」
「へぇー。じゃあ、私がまた『タカシ君かっこいい!』って会いに行っちゃおうかな」
「もぉー、マサコは!」
冗談を言い合って笑う。女子校に来てから、こんなふうに笑えるようになったのは、間違いなくタカシが自信をくれたおかげだった。
けれど。 放課後の駅、合流したタカシに期待を込めて聞いた問いが、私の心を一気に凍らせた。
「ねえ、タカシ。英単語カード、使ってくれた……?」
「あー。学校でも一人で使ったけど……朝は、ユカリさんとクイズ出し合ったりしてたぞ」
頭の中が、真っ白になった。
「えっ……どういうこと……?」
「ユカリさんが、使って問題出し合おうよって言うからさ。結構、覚えられたぞ」
「……なんで、見せちゃったの?」
「え? あ……ダメだったのか? ごめん、なんか……」
動揺して焦るタカシの声が、遠く感じる。
(なんで……。なんでユカリさんなの? 私がタカシのために作ったんだよ? 私と、一緒にやるためのものだったのに……)
タカシのことが好きなら、彼の成績が上がるのは喜ばしいこと。そう頭ではわかっているのに、胸の奥がチリチリと焼けるように痛い。
(マサコの言ってたこと……当たってるじゃん)
私の知らない場所で、私の知らない「ユカリさんと楽しそうにするタカシ」を想像して、視界がじんわりと滲む。
家までの帰り道。 あんなに温かかったはずの繋いだ手も、今はどこか、他人のもののように冷たく感じられた。 私が一言も発さないまま、気まずい沈黙だけが、夜の道に重くのしかかっていた。
家までの道中、私のあまりの無言ぶりに、タカシはとうとう耐えきれなくなったように口を開いた。
「……ユキ。気を悪くさせたなら、謝る。……ごめん」
その言葉に、私はさらに心が冷え込んでいくのを感じた。
「何が悪いか分かってないのに謝られても……。本当にもう大丈夫だから。気にしないで」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。 タカシはそれ以上何も言えず、困惑したように私を家まで送ると、逃げるように自分の家へと入っていった。
自分の部屋に戻り、バタンとドアを閉めた瞬間。 張り詰めていた糸が切れたように、視界が涙で歪んだ。
(……私が一緒に、問題を出し合いたかったのに。なんで、よりによってあの子とそれをするの?)
ベッドに倒れ込み、枕を抱きしめる。 タカシが私の作ったカードを使ってくれているのは、たしかに嬉しい。 でも、そのカードがきっかけで、タカシとユカリさんが楽しそうに笑い合っていた場面を想像すると、胸が引き裂かれそうになる。
(私がタカシを想って書いた一文字一文字が、あの子との会話のネタにされたみたいで……。嫌だ。そんなの、悲しすぎるよ)
せっかく女子校に慣れて、タカシとの距離も縮まって、ようやく自分の居場所を見つけたと思っていたのに。
「……せっかく、最近までいい感じだったのになぁ……」
ぽつりと呟いた言葉が、暗い部屋の中に虚しく消えていく。 タカシからもらった「自信」という魔法が解けてしまったみたいで、私は独り、夜の静寂の中で泣き続けた。




