第16話:有頂天な二人
カフェを出て、家へと続く道を二人で歩く。 繋いだ手と手の熱は、もうすっかり「当たり前」のものになっていた。
(タカシは、転んだら危ないからって手を繋いでくれているけど……本当に、それだけなのかな?)
時折、私の歩幅に合わせて力を込め直してくれる彼の大きな掌。単なる「保護」以上の何かがそこにあるような気がして、私はそっと指先を絡め直した。
やがて、見慣れたお互いの家が見えてくる。
「タカシ、今日はありがとう。……すごく楽しかった」
「こちらこそ、ありがとな。……助かったよ」
(楽しい時間は、どうしてこんなに早く過ぎちゃうんだろう……)
名残惜しさに胸が疼く。 それはタカシも同じだったようで、彼は離したばかりの自分の左手を所在なさげにポケットにねじ込んだ。
(……あー。あと少し、あと数分でもいいから、ユキと一緒にいたかったな)
そんな言葉が彼の喉元まで出かかっているなんて、今の私にはまだ分からないけれど。
「……また、明日な」
「うん。明日も、一緒に駅まで行こうね」
「ああ、約束だ」
タカシが小さく笑って、自分の家へと消えていく。その背中を見送ってから、私も自分の部屋へと駆け込んだ。
その夜。 私は机に向かい、真新しいカードの束を広げていた。 タカシが苦手だと言っていた英語。少しでも彼の力になりたくて、一文字ずつ丁寧に英単語を書き込んでいく。
(明日、これ渡したら喜んでくれるかな……)
タカシの驚く顔や、少し照れたような笑顔を想像するだけで、ペンを持つ手が弾む。 完成した単語カードをカバンに仕舞い、私は心地よい疲れと共にベッドに潜り込んだ。
明日の朝、またあの温かい掌に触れられる。 そう思うだけで、明日に続く眠りは、最高に幸せな時間になった。
「タカシ、おはよう!」
「おぉ、ユキ。おはよっ」
月曜日の朝。タカシはいつものように私の手を取り、さりげなく車道側に回って駅へと歩き出す。繋いだ手から伝わる体温が、週の始まりの緊張を優しく解いてくれた。
駅に着き、お互いに違うホームへと向かおうとした時。私はカバンから昨夜一生懸命作った「それ」を取り出した。
「タカシ、これ! 英語苦手って言ってたから……私、タカシのために作ってみたの」
「えっ……これ、俺のために作ってくれたのか?」
タカシが目を見開いて、手作りの単語カードを受け取る。 その瞬間、彼は今まで見たことがないくらい、子供みたいに嬉しそうに笑った。
(ユキが、俺のために……。わざわざ時間を使って、作ってくれたのか。……なんか、ちゃんとお礼しないとな)
「タカシ、使ってね! じゃあ、行くね」
「ああ、ユキ! ありがとな。……今日の帰り、一緒に帰れたら帰ろうぜ」
「うん!」
私は胸を弾ませながら、自分のホームへと駆け出した。
一方、タカシが自分の乗る電車の列に並ぶと、後ろからユカリさんが声をかけた。
「タカシ君、その手のやつ、何?」
「これ? 単語帳だよ。ユキが作ってくれたんだ」
タカシが自慢げにカードを見せると、ユカリさんは一瞬だけ目を細め、すぐにいつもの笑みを浮かべた。
「へぇ……手作りなんだ。ユキちゃん、優しいね」
電車がホームに滑り込み、二人は並んで乗り込む。
「ねえ、せっかくだし。早速、電車の中で使ってみましょうよ。私が問題出してあげる」
「そうだな。……よし、やってみるか」
揺れる電車の中、ユキがタカシのためにと作った単語帳を広げ、ユカリさんとクイズを出し合う二人。
「あ、これ昨日ユキに教わったやつだ」
なんて笑うタカシの隣で、ユカリさんは楽しそうに相槌を打っている。
自分の送った贈り物が、今この瞬間に二人の距離を縮める道具になっているなんて。 ホームで電車を待つ私は、知る由もなかった。




