第15話:カフェでの二人
「お礼じゃないけど……帰り、少しカフェ行こうよ! そこは私が奢るから」
これくらい言わないと、きっと彼は受け取ってくれない。 私は勢い込んでそう提案した。タカシは一瞬、目を丸くして私を見たけれど、すぐに口角を上げて楽しそうに笑った。
「おー、ユキの奢りか。……じゃあ、キリのいいところまでもう少し勉強したら行くか。あと三十分、集中できそうか?」
「……うん、余裕だよ!」
さっきまであんなにパニックになっていたくせに、私は現金なもので、俄然やる気が湧いてきた。
(……カフェに行ったら、何話そうかな。あそこのお店、新作のケーキが出てたはず……)
こっそり横目で、タカシの横顔を盗み見る。 彼はもう、自分の世界——集中モードに入っている。 時折、真剣な表情で眉を寄せるその横顔。それをこれほど間近で、一番近くで眺めていられるのは、私だけの特権だ。
(タカシの真剣な顔……いいなぁ、やっぱり格好いい)
違う学校。違う制服。 そんなことは、もう今の私を不安にさせない。 この三十分が終われば、また二人きりの、甘いご褒美の時間が待っているんだから。
カツカツと、二人のペンが机を叩く規則正しい音が、図書館の静寂に心地よく溶けていった。 今はただ、この静かな熱を共有している時間が、堪らなく愛おしかった。
「じゃあ、カフェ行くか」
時計の針が約束の三十分を指すと同時に、タカシが声をかけてきた。
「うんっ!」
私は待ってましたとばかりに大きく頷き、二人で図書館を後にした。
しばらく歩いて見つけた、落ち着いた雰囲気のカフェ。 店員さんに案内された席に座ると、タカシがメニューを広げた。
「タカシは何にするの?」
「うーん……ケーキセットでいいか。ユキは?」
「私も! ケーキは、さっきから決めてた新作のやつにする」
「じゃあ、俺はショートケーキだな」
タカシが呼び出しボタンを押して、手際よく注文を済ませてくれる。 運ばれてきたのは、宝石みたいにツヤツヤした新作ケーキと、真っ白な生クリームに真っ赤なイチゴが乗ったショートケーキ。
「わぁ……美味しそう!」
目を輝かせる私を見て、タカシがふっと自分の皿にフォークを伸ばした。
「ほら、ユキ。これやるよ」
タカシのフォークの先には、ショートケーキの主役である大きなイチゴ。 それが私の口元まで運ばれてくる。
「えっ……ちょ、ちょっと、恥ずかしいじゃん……っ」
顔を熱くして周りをキョロキョロ見渡すと、タカシもハッとしたように顔を真っ赤に染めた。
「あ……っ。いや、そういうつもりじゃ……」
差し出されたフォークが、空中で気まずそうに止まる。
でも、私はその不器用な優しさが嬉しくて、エイッという気持ちで彼のフォークにぱくついた。
「……ん。甘酸っぱくて、美味しい」
「……そっか。なら良かった」
「えへへ」とはにかむ私に、タカシは照れくさそうにコーヒーを啜る。 甘いケーキを楽しみ、お喋りをしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
「あのさ――」
お皿が空になったタイミングで、二人の声が重なった。
「「へっ!?」」
お互いに目を見合わせ、思わず笑みがこぼれる。
「……ユキ、どうした?」
「タカシこそ、何?」
「……いや、その。また勉強会しようぜ。ユキと一緒に勉強したら、なんか捗ったからさ」
(あー……テスト前だけじゃなくて、また二人で会いたい、なんて。……口が裂けても言えねーな)
俯いて頭をかくタカシの心の内を、私は知らない。 でも、「勉強会」という名前をつけて、また私を誘ってくれた。それだけで、胸がいっぱいになる。
(これって……また会いたい、ってことだよね?)
「……うん、いいよ! ぜひお願い」
私は溢れそうになる笑みを堪えながら、精一杯の笑顔で頷いた。 窓の外には夕暮れが迫っていたけれど、私たちの「次」は、もうすぐそこまで来ている気がした。




