第14話:恋愛マンガな二人
「……タカシ、ちょっと休憩! 少し本を探してきてもいい?」
根詰めていたせいか、少しだけ目が疲れてきた。私の言葉に、タカシは参考書から目を上げることなく「ん……いいんじゃないか」と短く応じた。
私は席を立ち、奥にある古い書棚へと向かった。 お目当ての本は、見上げるような高い位置にある。
「……あ、あった。でも、あんなに高いところ……」
近くにあった木製のハシゴを引き寄せ、一段ずつ慎重に登っていく。 あと少し、あと数センチ。 指先がようやく本の背表紙に触れた、その時だった。
「わっ……!?」
バランスを崩し、足元がふわりと浮く。 重力に引かれるまま、私の体は無防備に後ろへと投げ出された。
(あ、終わった……)
思わず目を瞑った瞬間、硬い衝撃の代わりに、温かくて力強い何かが私を包み込んだ。
「ユキ!」
鋭い囁き声とともに、タカシが私を抱きかかえるようにしてキャッチしていた。 私の背中と膝の裏に、彼の腕がしっかりと回っている。
「……っ、た、タカシ……」
「お前、本当にドジだな」
すぐ近くでタカシが小さく笑った。 見上げると、呆れたような、でもどこか必死さが混じったような彼の瞳と視線がぶつかる。
心臓が、耳のすぐそばで警鐘を鳴らしているみたいにうるさい。 まさか、少女漫画みたいなベタな展開が自分の身に起きるなんて。驚きと恥ずかしさで、頭の中が真っ白になる。
「……もう、離してよ。重いでしょ」
「別に、重くねーよ」
タカシはそう言いながらも、名残惜しそうに、ゆっくりと私を地面に降ろした。 床に足がついても、腕を掴まれていた場所が、まだジリジリと熱い。
「……ありがと。助かった」
「ああ。……今度から、高いところは俺に言え」
ぶっきらぼうに私の頭をぽん、と叩いて、タカシは自分の席へと戻っていく。 私は、取ろうとしていた本のことも忘れ、しばらくその場で赤くなった頬を冷ますことしかできなかった。
席に戻ったものの、開いたままの参考書の文字が、ただの記号の羅列に見える。
(……お姫様抱っこから、頭ポンポン。なにそのフルコース! 本当に少女漫画じゃん、これじゃ勉強なんて集中できないよ……っ!)
私はペンを握ったまま、顔に昇った熱を必死に冷まそうと俯いた。 一方、隣に座るタカシは、何事もなかったかのようにペンを動かしている。
(……あー、なんとか間に合って良かった。にしてもユキ、本当にドジだよな。あそこで受け止めてなかったら今頃……)
タカシはタカシで、さっきの感触を振り払うように、心の中で自分に言い聞かせていた。けれど、私の様子を伺う視線はどこか落ち着かない。
「……ね、ねえ。タカシ」
消え入りそうな声で、私は彼を呼んだ。
「……さっき助けてくれたお礼と、勉強教えてくれたお礼、させてほしいんだけど……」
何か形にしないと、このもやもやした胸の鼓動が収まりそうになかった。 けれど、タカシはペンを止めてこちらを向くと、呆れたように小さく笑った。
「お礼なんて、いいよ。……助けるのなんて、当たり前だろ」
「っ……」
当たり前。 その一言が、どんな甘いセリフよりも深く胸に突き刺さる。
幼馴染だから当たり前なのか。それとも、ユキだから当たり前なのか。 そんなことを聞けるはずもなくて、私はただ、ますます赤くなる顔を隠すようにノートを睨みつけることしかできなかった。




