第13話:図書館の二人
日曜日の朝。 私はいつもより少しだけ時間をかけて髪を整え、タカシの家の前へと向かった。 春の陽光が、静かな住宅街を優しく照らしている。
カチリ、とドアが開く音がして、タカシが家から出てきた。 学校指定のシャツではない、柔らかな質感の私服。そんな彼の姿にも、ようやく少しずつ慣れてきた気がする。
「……おはよう、ユキ。早いな」
「おはよう。タカシこそ」
タカシは「じゃあ、行くか」と短く言うと、私の隣に並んだ。
歩いて数分の場所にある図書館。 どちらからともなく、ごく自然に指が絡まり、手のひらが合わさる。
昨日までは、あんなに緊張して、手汗を気にして、心臓が壊れそうになっていたのに。 今の私たちにとって、こうして手を繋いで歩くことは、もう、朝の挨拶と同じくらい当たり前のことになっていた。
「……ユキ、手、冷たくないか?」
「ううん、タカシの手が温かいから、ちょうどいいよ」
そう答えると、タカシは照れたように少しだけ前を向いて、繋いだ手にぐっと力を込めた。
違う制服を着て、違う場所で過ごす月曜日から土曜日。 けれど、こうして手を繋いでいられる日曜日があるなら、私はもう迷わない。
静まり返った図書館の入り口が見えてくる。 勉強会という名の、私たちだけの特別な時間が、今始まろうとしていた。
図書館の隅、窓際の席。 午前中の柔らかな光が、古い木製の机に並んだ二人の参考書を照らしている。
「……ここ、この公式を使えばもっと簡単に解けるぞ」
「え、あ……本当だ」
タカシが私のノートを覗き込みながら、シャープペンシルで図形を指し示す。
(……タカシ、顔が近すぎるよ)
隣から伝わってくるタカシの体温と、かすかな服の匂い。 ペンを動かす指先ばかりが気になって、心臓の音が 図書館の静寂に響いてしまいそうで怖い。
「ねえ、タカシ……タカシって苦手な科目とかないの?」
動揺を隠すように、私は小声で尋ねた。 タカシは手を止め、うーん、と少し天井を仰いでから苦笑いした。
「強いて言うなら、英語かな。単語とか、いまいち覚えきれなくてさ」
「ふふ、それなら私、英語は得意だよ。今度は私が教えてあげようか?」
「マジか? ……じゃあ、頼もうかな」
お互いに顔を見合わせて、小さく笑い合う。 そのまま、私たちはまた黙々とペンを走らせ始めた。
紙が擦れる音。遠くで誰かが本をめくる音。 一言も交わさない時間。 けれど、ふとした瞬間に視界の端に入るタカシの横顔は、中学時代と何も変わっていない。
制服が違っても、行く場所が違っても、こうして隣で一緒に頑張れる。 あの日、進路が分かれるのが怖くて泣きべそをかいていた自分に教えてあげたい。 大丈夫、私たちは今、中学時代よりもずっと強い絆で繋がっているよ、と。
ペンを握る手に、ふっと心地よい力が宿る。 懐かしくて、でも新しい。そんな不思議な幸福感の中で、私たちはそれぞれの「明日」に向けて、一歩ずつ歩みを進めていた。




