第12話:加速する二人
ハンバーガーショップを出ると、夜の帳がすっかり降りていた。 家へと続く道すがら、私たちの間にはどこか落ち着かない沈黙が流れている。
タカシは何も言わず、さりげなく車道側に回って歩幅を合わせた。 私の右手は、またいつの間にか彼の大きな左手に包まれている。繋がれた場所から伝わる熱が、冷たい夜風の中でそこだけ浮いているみたいだった。
踏切の警報機が鳴り響き、遠くから電車の地響きが近づいてくる。 その騒音に紛れるように、隣を歩くタカシがポツリと何かを呟いた。
「……ただの幼馴染なんて言って、ごめんな……」
(俺みたいな奴と付き合ってるなんて勘違いされたら、ユキが可哀想だと思ったんだ……)
そんな、あまりにも不器用で卑屈な自責の念がタカシの胸を支配しているなんて、今の私には知る由もなかった。
「えっ?」
私は足を止めて、彼の横顔を仰ぎ見た。 けれど、ちょうどその時。目の前を凄まじい風圧とともに急行電車が通り過ぎていく。
ガタン、ガタン、ガタン――。
激しい駆動音がすべてを塗り潰し、彼の言葉をさらっていった。 電車の風で、私のスカートとタカシのシャツが激しくなびく。繋いだ手から伝わる震えが、電車の振動なのか、彼の心の揺れなのか判別がつかない。
「……タカシ、今、なんて言ったの?」
電車が通り過ぎ、再び静寂が戻ってきた街路。 タカシは一瞬、ハッとしたように私を見たけれど、すぐに照れくさそうに視線を逸らして空いた方の手で後頭部をかいた。
「……いや、なんでもねーよ。ほら、早く帰るぞ」
そう言って、彼は逃げるように歩みを速める。 繋がれた手は離れないままなのに、彼の心だけが少し遠くへ行った気がした。
聞こえなかった。物理的には、確かに一文字も聞き取れなかったはずなのに。 私の胸の奥には、彼が吐き出した微かな熱だけが、しびれるような余韻として残っていた。
(……謝ってくれたのかな。それとも……)
「待ってよ、タカシ!」
私は、自分の胸の高鳴りから逃げるように、彼の背中を追いかけて走り出した。 聞こえなかった言葉の正体を知りたいような、でも、知ってしまうのが怖いような。
そんなもどかしさを抱えたまま、二人の影は夜の闇に溶け込んでいった。
「タカシ……少し、遠回りしていかない?」
私からのお願いに、タカシは一瞬驚いたような顔をして、それから「……ああ、いいよ」と小さく頷いた。
いつもの帰り道から少し外れた、街灯の少ない静かな道。 見上げれば、澄んだ夜空に星がキラキラと瞬いている。二人でこうして歩いていると、世界に私たち二人しかいないような錯覚に陥る。
私は空を仰いだまま、勇気を出してもう一度聞いた。
「ねえ、タカシ……さっき、なんて言ったの?」
「……本当になんでもないんだって」
「そっか」
食い下がる私に、タカシは困ったように視線を彷徨わせていたけれど――やがて、観念したように短く息を吐いた。
「だーもう! ……ユキ! さっきのは……ただの幼馴染なんて言って、ごめんな……」
絞り出すような、掠れた声。
(でも……俺みたいな奴と付き合ってるなんて勘違いされたら、ユキが可哀想だと思ったのは本当だ。俺より相応しい奴がいるはずだって……。……だけど、もしユキが他の奴と隣に並んでいたら。俺は、それを素直に喜べるか……?)
タカシの胸の内で渦巻く、独占欲と自己犠牲。そんな彼の葛藤が、繋いでいる手から微かな震えとなって伝わってくる。
私は、立ち止まって彼の顔を覗き込んだ。
「いいよ、タカシ。……タカシが何考えてるか、私、たぶんわかるから」
そう言って、私は最高の笑顔で微笑んでみせた。 タカシは一瞬、魂を抜かれたように呆然と私を見つめた。
「バイバイ! また明日ね、タカシー!」
家の前まで着くと、私は彼が何か言い返す前に、弾けるように駆け出した。 バタン、と勢いよくドアを閉め、玄関の三和土で自分の胸を押さえる。
「……っ、ふぅ……」
暗い玄関の中、さっきまで抑えていた熱が一気に吹き出した。 冷たいドアに背中を預け、あからんだ頬を手で押さえる。
わかってるよ、タカシ。 私だって、「私なんか」ってずっと逃げてたんだもん。 でも、今の私にはわかる。 タカシの隣にいたいのは、他の誰でもない、私なんだってこと。
外からタカシの歩き出す足音が聞こえるまで、私の心臓はうるさいくらいに鳴り続けていた。




