第10話:素敵な時を過ごす二人
放課後、駅の改札前。 昨日とは違う、穏やかな気持ちで彼を待つ。 人混みの中にタカシの姿を見つけた瞬間、私の心はパッと明るくなった。けれど、その隣には今日もユカリさんの姿があった。
「あ、ユキちゃん! ねえ、よかったらこの後、三人でどこか行かない?」
ユカリさんが、いつもの明るい笑顔で提案してくる。 昨日の私なら、ここでまた縮こまって、「……私はいいよ」なんて身を引いていたかもしれない。 けれど、タカシは私の顔を見るなり、迷わず口を開いた。
「ごめん、ユカリさん。……今日は先にユキと約束してるから。また今度な」
その言葉に、ユカリさんは一瞬だけ意外そうな顔をした。 けれど、タカシの揺るぎない視線に気づいたのか、すぐにふんわりとした笑みに戻る。
「……そっか。わかったわ。じゃあ、また明日ね、タカシ君。バイバイ、ユキちゃん」
ユカリさんが人混みの中に消えていくのを見送って、私は小さく息を吐いた。 タカシが、私のために「NO」と言ってくれた。 そんな当たり前のことが、今は何よりも嬉しくて、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……悪かったな、またユカリさんがいて」
「ううん。……ねえ、タカシ。駅前の本屋さん、寄っていってもいい?」
私は少しだけ勇気を出して、彼のシャツの袖を引いた。 タカシは一瞬驚いたように私を見たけれど、すぐに昨日見せてくれたような、優しい顔で笑う。
「ああ、いいぞ。……その後、軽く何か食べていくか?」
「……うん! お腹、空いちゃった」
二人で並んで歩き出す。 昨日までの「頼ってばかりの自分」とは、少し違う。 自分の足で立って、自分の言葉で彼を誘って、同じ時間を分け合っている。
夕暮れに染まる街路樹の下、私たちの影が長く伸びて重なる。 特別な場所じゃなくても、高級な料理じゃなくてもいい。
「タカシ、あのね――うーん……なんでもない……」
紺色のブレザーと、白いシャツ。 違う学校の制服を着ていても、今この瞬間の私たちは、世界で一番近い場所にいた。
本屋さんへと続く道。 タカシがふっと笑いながら、私の左手を取った。
「また転んだら危ないだろ。……ユキ、意外とドジだったんだな」
「も、もう! 朝はたまたまだよ!」
私は顔を赤くして言い返したけれど、振り払うつもりなんてさらさらなかった。 大きな掌から伝わる体温は、驚くほど温かくて。昨日までの不安をすべて溶かしてくれるような、不思議な安心感があった。
本屋に着くと、平積みにされた参考書の山を前に、私は小さく溜息をついた。
「……やっぱり、高校の数学って難しい。私、苦手なんだよね」
「だったら、これがいいんじゃないか? 解説が丁寧で分かりやすいぞ」
タカシが迷いのない手つきで、一冊の参考書を抜き取った。 昨日までは「私服」の彼に目を奪われていたけれど、こうして隣にいると改めて気づかされる。
(タカシって、幼馴染だから忘れてたけど……勉強も得意だったんだよね)
昨日届いたペンケースや、ユカリさんの視線を思い出す。 私がいなくても、彼はどこへ行ってもうまくやっていける。放っておいても、周りが彼を放っておかない。 そう思うと、繋がれた手の温もりが、少しだけ遠く感じて不安がよぎった。
「ユキ。そろそろテストも近いし……中学の時みたいに、また一緒に勉強しないか?」
「え……」
考えを見透かされたようなタイミングで、タカシが私の顔を覗き込んだ。
「うん……! うん、したい!」
思わず、二回も頷いてしまう。 タカシは「よし」と満足そうに笑うと、私の手をもう一度握り直した。
「じゃあ、あそこのハンバーガー屋で日程決めようぜ」
「……うん」
また、彼が私の手を引いて歩き出す。 人混みを避けるように、けれど離さないように優しく導いてくれるその背中。
(不安になっても、タカシはこうして私を呼び戻してくれる)
私は彼の歩幅に合わせて、さっきよりも少しだけ強く、その手を握り返した。




