第九番地獄の新年
「あの、薬草なんですけど、納品に来ました。それと魔石なんですけど、買い取りって大丈夫でしょうか?」
「常設依頼の薬草ですね。拝見します。……問題ないですね。雑草も毒草も混じってないですし、状態も良好です。納品は1キロ単位で8ゴールド、1キロに満たないものは百グラム1シルバーで買い取りします。魔石はこの簡易鑑定機に乗せてください。ここの画面に鑑定結果が出ますので、納得いただけましたら表示された金額で買い取ります」
「ここに乗せるんですね。……あ、『種別:ゴブリンの魔石/品質:粗悪/重量:104g/買い取り額:10.4ゴールド』って出ました」
「10ゴールドと4シルバーですね。この金額で買い取りしてよろしいですか?」
「はい、お願いします」
支払われたコインを大事そうに小さな巾着袋に入れて、新人冒険者はカウンターを離れ、依頼掲示板を見に行った。
初めてゴブリンを討伐して、少し成長した気分なのだろう。
そろそろ仲間を見つけてパーティーを組んでほしいものだ。
いつまでもソロでいるのは良くないから。
カウンターに置かれた薬草と魔石を片付けながら、ギルドの受付嬢は新人冒険者の幸運をそっと祈った。
隣接する酒場では複数の冒険者クランのメンバー達が情報交換をしている。
共同で高難易度ダンジョンにアタックするつもりなのだろう。
テーブルに手描きの地図を広げて盛んに議論を交わしている。
クラン同士の連携を強めるのは良いことだ。
冒険者は個人主義的傾向が強く、仲間割れも珍しくはないが、協調性は重要だ。
事務的にでもいいから、言葉を交わせる関係性を作り上げてほしい、と受付嬢は思う。
「依頼を完了した。確認を頼む」
依頼票を提出しに来たのは中堅クラスの冒険者パーティーだ。
探索と討伐の実績は十分で、今回初めて護衛依頼を受けていた。
依頼票には依頼人が完了のサインを入れている。
その他確認事項をチェックして、受付嬢は『達成済み』のスタンプを押した。
「初めての護衛はいかがでしたか?」
「緊張の連続だったよ。誰かを守りながら戦うというのは予想以上に神経を使うものだな。依頼人を死なせないことばかりに気が行って、精神的ケアにまで気が回らなかった。予定では血まみれの戦闘は見せないつもりだったんだが」
「それでも無傷で守り抜いたのですから大したものですよ」
「そう言ってもらえると助かる。切り飛ばした賊の手首が依頼人の肩に落ちてな……。トラウマになってないといいんだが」
「それは……お気の毒でしたね」
「次からはもっとうまくやる」
命のやり取りに慣れてきた中堅冒険者でも、他人をかばいながら戦うのは勝手が違うものだ。
自分と仲間が生き延びるだけでなく、依頼人の命を守り、その心のケアを考えるようになったのなら、この冒険者は良い成長を続けている。
受付嬢は冒険者の考査に『A』判定を付けた。
「次の方、どうぞ」
カウンターの前には次の冒険者が順番を待っている。
年の瀬の冒険者ギルドは忙しい。
※
冒険者ギルドのカウンターの奥、関係者以外立ち入り禁止のバックヤードで職員たちが会議を開いている。
「昨年の総括をします。年間死亡者のうち、この第九番地獄で受け入れた亡者数は六百五十一人です。受け入れ条件は、[①親より先に死んだ子②極楽に直行するほど功徳を積んでいないがミジンコからやり直すほど罪業を重ねてもいない者③ゲーム的システムに慣れている者]です」
「六百五十一人か。案外多いね」
「平均寿命が延びたため五十代・六十代の死亡でも親が存命なケースが増えています。交通死亡事故は減少していますが、五十代でもゲームに親しんだ世代ですので、病死でこちらに運ばれてくるケースも多いです」
「五十代まで生きてて功徳も罪業も積んでないってのも意外だね」
「戦争を知らない世代ですので。と言いましても、こちらにくる亡者の大多数は十代から二十代です」
「現世に恨みや未練を残しやすい年齢だね。どう? 彼らちゃんとやってる?」
「前向きに取り組んでいる者がほとんどです。一部の者はすでに浄化傾向が認められています」
「そうか。どんどん洗われて綺麗になって、輪廻の輪に戻ってくれるといいね」
長らく八大地獄システムで運営していた冥界だが、近年になり亡者の変化に合わせて第九番目の地獄が試験的に運用開始された。
その新しい地獄では亡者は『異世界に転生した』と説明される。
そして冒険者という身分を与えられ、ダンジョンで生成する薬草を採取したり、魔物と戦ったりする仕事を与えられる。
薬草も魔物も無限に湧くので、この仕事はいくら続けても終わりが来ない。
賽の河原で石を積むのと同じ無限作業なのだが、こういう終わらない業務をコツコツと続けることで、魂は浄化され、健全化していく。
生前引きこもっていた亡者も、冒険者としてダンジョンと冒険者ギルドを往復する事なら厭わない傾向がある。
冒険と称して社会生活に慣れさせ、いつか生まれ変わる時に備えて準備をさせるのだ。
暴力傾向の強い亡者はダンジョンの深層で徹底的に強い敵と戦わせる。
加害欲求をとことん満たし、同時に自分も無限にボコられるうちに、
『俺何やってんだろう』
『そもそも何に怒ってたんだっけ。何かに復讐したかったんだけど』
と自問し始めればしめたもの。
そういう自省心が芽生えないなら、それはそういう生き物なのだから次は蚊とかノミとかに転生して人間に危害を加えるなり、げっ歯類に転生してクルミなどの殻をひたすら齧るなりすれば良い。
引きこもり傾向を維持してアイテム作成に励む亡者もそれならそれで良い。
作ったアイテムは売らなければならないのだから、必然的に商業活動が生まれる。
アイテムの売買を通じて人とのコミュニケーション能力が養われれば転生の目もある。
無理そうなら植物に生まれ変わるもまた良し。
パーティーを組み、クランを編成する亡者もいる。
というかそういう亡者がほとんどだ。
本能的に群れを作り、社会生活を営む、人間はそういう生き物だからだ。
大多数は今を生きる(死んでるけど)ことで精いっぱいだが、中には冒険を通じて成長を遂げる者もいる。
解脱していく者もいるかもしれないし、悟りを開くところまではいかなくても浄化傾向が見られれば次の人生へのルートが開ける。
すでに多くの魂が浄化され、輪廻の輪へと戻っていった。
全体的に第九番地獄の試験運用は好成績を上げていた。
「……以上の結果を持ちまして、新たに第十番地獄を作ろうという計画が持ち上がっています」
「それって前に誰かが提案していたアレ? 聖女とか悪役令嬢とかの配役を作って、貴族的な雰囲気で恋愛ごっこさせようっていう」
「それです。未婚で亡くなった女性の煩悩浄化に効果的なのではないかと期待されています」
「亡者の満足度は高そうだけど、ダンジョンに比べて舞台装置にコストがかかるし、エキストラの負担も大きいんじゃない?」
「ラスボス役よりモブキャラをやりたいという出演者もいますので。最初は小規模で実験的に行うそうです」
「二匹目のドジョウが上手くいくといいけどねえ。ま、うちは直接関係ないし、このままダンジョン攻略路線で冒険者をバックアップしていこう。今年も多くの魂が浄化されますように」
「浄化されますように」
第九番地獄の閻魔大王(冒険者ギルド長)獄卒(受付嬢)は共に新年の祈りを捧げた。
親より先に死んだ若い(若くないのもいるが)亡者たちに地蔵菩薩の導きがありますように。
<完>
これを持ちまして新年のご挨拶に替えさせていただきます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。




