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第13話 結婚式 その3



「これはあなたのスキルですか? 王女の結婚式を妨害するなんて処罰の対象ですよ」


 祭壇の前に立つツルスベスキー。

 その足元ではコウモリが燃えている。


 俺が鼻毛から作った陽動用コウモリだ。

 並みの戦士ではこのコウモリに触れることすらできない。

 やはりこいつは強い。


「結婚式は中止だ! 俺はお前に決闘を申し込む!! 聖典では最強の戦士が王女と結婚できるとされている。お前は最強だとまだ証明していない。この俺が残っている!!」


 俺は聖典を開き、そのページをツルスベスキーに見せつける。

 昨夜、エマの部屋から帰ったあと、徹夜で聖典を読んで見つけたこの制度の隙だ。


「少し遅かったですね。結婚式は今から行いますが、僕とエマ王女は既に婚約が成立しております。今朝、婚約を証明する書類にサインしました。我が国では結婚成立は結婚式の前に書面にて行う法律となっています」


「なっ……」


 聖典は読んでいたが、この国の法典には目を通していなかった。


「残念でしたね。ノーズさん、あなたの処遇はあとで決めます。まずは結婚式が優先です。さあ、エマ王女、僕の前にお越しください」


 ツルスベスキーは俺の後ろにいるエマに手を差し伸べる。


「えっ……ええ……」


 エマは顔を下に向け、小さく呟く。

 だが、その場から動かない。

 両手をぎゅっと握り締めたまま固まっている。


「どうしましたか? さあ、祭壇の前にお越しください」


 感情のこもっていないツルスベスキーの声がエマに投げかけられる。


「……はい」


 エマは下を向いたまま両手で顔を隠す。

 その手は震えている。


 静まり返る式場内。

 結婚式とは思えない重苦しい空気満たされている。


 エマは顔を隠したまま一歩、また一歩とゆっくりと前に進み、ツルスベスキーの前に立った。


「なんで顔を隠しているんですか、エマ王女? さあ、顔をお向けください」


 ツルスベスキーはエマの腕に手を伸ばす


「まっ……待ってくださいっ……もう少しだけ待ってください……」


 今にも泣き出しそうな声のエマ。


「申し訳ございませんが、待てません。式のあとですぐに異教徒を排除する政策を実施する予定です。ここで時間を無駄にはできないのです」


 ツルスベスキーがエマの腕を掴んだとき――


「そこまでじゃ! この結婚式は中止とする!! 国王の命により結婚成立は結婚式の後とする法律に変更する。結婚のタイミングについては聖典に記載されておらぬ!」


 リエスタ国王が叫ぶ。


「一体どうされたのですか? 僕とエマ王女が結ばれればこの国は栄えます。敵国から攻められることもなくなるでしょう」


「たしかにその通りじゃ。だが、ワシは国王であるまえに一人の父親じゃ! これがずっと娘のためになると自分に言い聞かせておった。じゃが今は確信しておる! 娘はお主との結婚を望んでおらぬ!! お前ではエマは幸せにできぬ!」


「これは昔から聖典で定められている習慣です。エマ王女の希望は関係ありません」


「ツルスベスキー、お主は確かに強い。歴代最強かもしれん。だが、人の心を持たぬ男に大切な娘を預けることなんぞ一人の父親としてできぬと言っておるのじゃ!」


「国王、落ち着いて良く考えてください。国王と言えど、聖典に背けば罰せられます。僕は国王だからといって特別扱いはしません」


「分かっておる。覚悟の上じゃ! 皆の者、良く聞け! リエスタ国王としてここに宣言する。本日より結婚成立は結婚式の後とする!!!」


 国王の叫び声が教会内に響き渡る。


「お父様、やめてください!! 私は大丈夫ですからっ! さっきの涙はうれし涙だっていったじゃありませんかっ!」


 顔を上げて国王を見つめるエマ。

 その目は涙で滲んでいる。


「それに……王族が結婚相手を自分で選べないことなんて珍しいことではありません! 私は大丈夫ですから! 心配なさらないでください!」


 笑顔を作るエマ。だが、その目は悲しみに溢れている。


「もう良いのだエマ。お前が一人で抱え込んで犠牲になる必要なんてない。すぐに気づいてやれずすまなかったな……」


 国王はエマを抱きしめる。


「お父様……でもっ!」


「もう何も言うな。母さんの棺の前で泣き叫ぶお前を見たとき、ワシは母さんの分までお前を幸せにすると神に誓ったのじゃ。目の前でこの小さな可能性を見過ごして一生後悔するくらいならば、牢獄の中で生涯を終えたほうが一人の父親としてましじゃ」


「お父様……」


 二人は強く抱き締め合う。


「理解できませんね。親衛隊長、聖典の習慣に背いた罪で国王を牢獄へ連行してください」


 ツルスベスキーは長いひげを生やした中年の兵士に話しかける。

 サイ獣人と戦ったときにスキル・鼻毛オペレーションで治療したエドガーという親衛隊長だ。


「…………」


 何も答えない親衛隊長。

 苦悩に顔を歪めている。


「どうしたんですか? 罪人を捕まえるのは兵士の職務です。さあ、早く国王を連行してください。この結婚式は国王不在にて執り行います」


「で……できません……」


「んっ、今なんとおっしゃいましたか?」


「できません! 私はエマ様を子供のころからお守りしています。エマ様の結婚式ごっこで新郎役を務めたことが何度もあります! 今のエマ様はあの時の幸せそうなお姿とは似ても似つきません!! 私はこの結婚式に反対です! その手助けをした国王様を罰することにも従えません!!」


「親衛隊長、あなたは兵士です。兵士が意図的に命令に背けば極刑となります。分かっているのですか?」


「承知しております……それでもご命令には従えません!!」


「たとえ極刑になってでもですか? 相手が誰だろうと、僕は罪人に情けをかけないのを知っていますよね」


「はい……承知のうえです」


 親衛隊長はまっすぐにツルスベスキーを見つめる。


「エドガーさん、やめてください! あなたがここで命を落とす必要はありません!!」


「承知しております、エマ様。それでも、私は国王様を連行できません。王妃様が亡くなったときにエマ様はまだ12歳でした。そんな若い年齢から自分のしたいことをすべて我慢して王妃様の代わりに公務を務めていただいてきました。エマ様が国のためにずっと自分を犠牲にされてきたのをこの目で見ております。私はこれ以上、エマ様に自分を犠牲にしてほしくありません」


「これは命令です! ツルスベスキーさんの指示に従いなさい!!」


「ワシからも命令する! エドガーよ、ワシを連行するのだ!!」


 国王とエマは必死の形相で叫ぶ。

 親衛隊長はエマと国王を黙って見つめている。


「これが最後の忠告です。国王を捕まえてください。命令に背けばあなたを今ここで極刑に処します」


 ツルスベスキーは顔色ひとつ変えない。その声からも感情は全く感じられない。


「私には心があります。あなたとは違う。心の失くして生きながらえるならば、ここで死を選びます!」


「そうですか。親衛隊長、兵役に背いた罰によりあなたを極刑に処します」


 ツルスベスキーが左手を開くと、そこに金色に輝く書物が現れる。


「聖典45ページ『裁きの(いかずち)』」


 ツルスベスキーが書物を開くと親衛隊長の頭上に金色の魔法陣が現れる。


「親衛隊長、最後の言葉はありますか?」


 右手を空高く上げ、攻撃の姿勢をとるツルスベスキー。


 親衛隊長は国王とエマに顔を向けてひざまずく。


「国王陛下のもとで働けて幸せでした。今までありがとうございました。エマ王女様、どうか子どものころの夢がかないます。結婚式ごっこをしたときの本当の笑顔を結婚式でもできることを祈っております」


 満面の笑みでエマを見つめる親衛隊長。


「やめてぇええええ!!」


 エマは泣きながら親衛隊長のもとに走る。


「エマ様、危険です! 離れてください!」


 近くにいる兵士に止められるエマ。


「それでは刑を執行します」


 右手を振り下ろすツルスベスキー。

 魔法陣から雷が放たれる。


「エドガーさん!!!!!!!」


 エマの悲痛な声が教会に響く。


「スキル・避雷鼻毛!!」


 左の鼻の穴から細長い真っ直ぐな鼻毛を引き抜く。

 エドガーの隣にその鼻毛を植えると、鼻毛は急成長し、3メールほどの一本の棒になる。


 雷はその鼻毛の下に落ちる。


「ツルスベスキー、お前の相手はこの俺だ! 俺が立っている間は、お前に誰かを罰することなんてさせん!!」


 ツルスベスキーを睨みつける。


「……いいでしょう。では先にあなたとの決闘を終わらせましょう。決闘場はこの近くです。今から相手になりましょう。こちらです」


 聖典を閉じるツルスベスキー。決闘場に向かって歩いていく。

 俺はその後を追う。



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