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第12話 結婚式 その2



 純白のウエディングドレス。

 お母様もかつては着た、王家に伝わるドレスだ。

 子どもの頃に結婚式ごっこを何度もして、その度に着ることを夢見ていたドレス。

 それを私は今、身に着けている。

 あとはお父様とバージンロードを歩き、ツルスベスキーさんが待つ祭壇に向かうだけだ。


「本当に綺麗じゃ、エマ。若いころの母さんそっくりだ……」


 お父様は目を細めて私を見ている。


 鏡に映った自分を見つめる。

 純白のドレスに身を包んだ私。

 子どものころにずっと憧れていた姿だ。

 自分でも、今が一番綺麗だと思う。


 それなのに――


「なっ……!? どうした、エマ? 何があったのじゃ?」


 心配そうにのぞき込むお父様。


 涙が止まらない。

 意思に反してボロボロと頬を伝う。


 私は相手を選べない。

 そう知ってから覚悟はしてきた。

 それなのにノーズさんに出会って、何も知らなった子どものときの気持ちを思い出してしまった。


 好きな人の横でウエディングドレスを着ている私。

 そんな姿を夢みていた気持ちを思い出してしまう。


「……あれ……なんででしょう? き、きっと感極まってしまったのかもしれません。結婚式は女性の憧れですから」


 作り笑いをしても、涙が止まらない。

 『自分のこころに嘘はつけない』か……。

 ノーズさんの言ってたことは本当だったな。

 涙を拭きながら昨日のやり取りを思い出す。


「エマ……もしお前がこの結婚を望まないならば正直に言ってくれ。お前は私の唯一の家族じゃ。国王としてではなく、一人の父親として話してくれ」


 私をみつめるお父様。その瞳には強い覚悟が潜んでいる。


 でもこれでいいんだ。

 これが正解なんだ。

 この気持ちを秘めて私はずっと生きていくんだ。


「いえ……違うんです。お母さまもこのドレスを着たと思ったら、お母さまのことを思いだしてしまったんです」


「エマ……わしはお前の父親じゃ。お前の幸せをいつも願っている。だから本音で話してくれ」


「お父様……たっ……」


――助けてください。


 そう言いそうになって、ごくりと唾を飲みこむ。

 言えない。

 言えばお父様はこの結婚式を中止にし、聖典に背いた罪で投獄される。

 お父様のご年齢を考えると投獄中に生涯を終えることになるかもしれない。


 私がツルスベスキーさんと結婚すれば、お父様は投獄されない。

 国も平和になる。

 みんな幸せになれる。


「単に感情的になってしまっただけなんです。さあ……ツルスベスキーさんが待つ祭壇へ行きましょう」


 涙を拭き、前を向く。

 カーテンの向こうは式場。


 私は王女。みんなを守るんだ。

 これでいいんだ。

 これが正しい選択なんだ。


「新婦、エマ王女のご登場です!!」


 司会の声ともに、式場からは溢れんばかりの拍手が聞こえてくる。

 今の私にはそれがとても乾いた音に聞こえる。


 お父様の横に並び、お父様の腕を掴む。

 二人でバージンロードへ一歩踏み出したとき――


「なんだあれはっ! コウモリ?? 早く追い出せ! 英雄と王女様の結婚式だぞ!?」


 カーテンの向こう側が急に騒がしくなる。


「一体どうしたのじゃ!? ワシは様子を見てくる。お前はここで待っていてくれ」


 お父様は式場に入っていく。




「エマ、話がある!」


 私の目の前にノーズさんが現れた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



「エマ、少しだけ時間をくれ! 非常識なことは分かっている。だが、ここでお前と話さないと俺は一生後悔すると思ったから来た」


「……」


 純白のドレスに身を包んだエマ。

 下を向き俺と目を合わせようとしない。


「なんで……なんで来たんですかっ! ノーズさんには関係ないじゃないですかっ!?」


 涙目で俺をにらむエマ。


「すまん……。だが少しだけ時間をくれ。迷惑だと分かっているが、俺も自分の心に嘘はつけない。俺のために答えてくれ。エマ、お前は本当にツルスベスキーと結婚したいのか? お前がこの結婚を望まないなら、俺がお前を助けるぞ」


「余計なお世話です!! これ以上、私にかかわらないでください! 私は王女なんです!! みんなを守る義務があるんです!!」


「それは立派な志だと思う。だが、王女だって誰かの助けを借りてもいいハズだ。今までの旅でも俺たちは助け合って来ただろう?」


「その優しさが辛いんです!! 私にこれ以上、優しくしないでください……」


 大粒の涙をポロポロと流すエマ。


「今、ノーズさんと話すと一緒に旅した思いでが蘇ってしまいます。私を助けてくれたときのこと。一緒に冗談を言い合って笑ったこと。宿屋に泊まったときに見た夢のこと。子どものころに憧れたあの気持ち……。今……一番思いだしたくない気持ちなんですっ!!」


 「鼻毛ナンバー182『真実の鼻毛』、発動!」


 鼻の左穴の入り口にある鼻毛を引き抜く。

 真っ直ぐな直毛。

 鼻毛は小さい棒になる。


「これは「真実の棒」だ。この棒に向かって話すと自分のこころが分かる。心の底から思っていることならこの棒は曲がらない。本心と逆のことを言うとこの棒は曲がる」


 真実の棒をエマに手渡す。


「お前の人生だ。だから俺は口を出せない。この棒を使う、使わないもお前次第だ。だが、自分の気持ちに嘘はつけない。だから俺はここ来た。あとで一生後悔したくないから、俺は俺のためにここに来た。エマ、俺を信じてくれ。俺ならお前を助けることができる。もし助けが必要なら言ってくれ」


「ありがとうございます……」


 真実の棒を涙目で見つめるエマ。


 俺にできることはここまでだ。

 エマがどんな選択をしても、俺はそれを受け入れるだけだ。


……


 長い沈黙が流れる。

 真実の棒を持つエマの手はずっと震えている。


……


 エマは握りしてめいた真実の棒を手放す。


――カラン


 真実の棒は床に落ちて乾いた音を響かせる。


「……これは必要ありません……」


 下を向いたまま話すエマ。


 床に落ちた真実の棒を見て、俺は胸が苦しくなる。

 だがしょうがない。やれるだけのことはやった。


「そうか……こんなときに悪かったな。伝えたいことはそれだけだ。俺はもう行かないとならん」


 そう言ったとき――


 エマが俺の懐に飛び込んできた。


「真実の棒なんて必要ないんです……。最初から知っていたんです。ただ、ずっと見ないようにしてきました」


 俺の胸に顔を埋めたまま呟くエマ。


「子どものころにずっと憧れていた光景。好きな人の横でウエディングドレスを着ている私。でも……ノーズさんに出会ってそれはどんどん大きくなっていったんです。目を逸らすことなんてもうできないほど大きいんです。やっぱり、自分の気持ちに嘘なんてつけないんですね……」


 両腕を俺の背中にまわし、力いっぱい抱きしめてくるエマ。

 エマは顔を上げ、潤んだ瞳でまっすぐ俺を見つめる。


「ノーズさん……助けてください……」


「ああ……もちろんだ」


 その一言だけで十分だ。



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