第10話 光の英雄
「本当にありがとう!! 感謝してもしきれぬ。娘を二度も救ってくれただけでなく、ノルトに住む数千人の命を救ってくれた……。ワシの一生をかけてこの恩を返させてくれ」
城内の謁見の間。
リエスタ国王は俺に向かって深々と頭を下げた。
部屋の後方に控えている貴族、将校たちから溢れんばかりの拍手が聞こえる。
「国王様、頭を上げてください。ノルトの住人を救ったのはエマ王女です。俺ではありません。エマ王女の勇気と覚悟が太古の厄災を打ち破りました。俺はただサポートしたまでです」
「いいえ、御父様! ノーズさんこそが真の功労者です。自分の足を犠牲にしてまで私を助けてくれました。最後にヌルゴンを封印したのもノーズさんです!!」
俺の隣に立っているエマが反論する。
「それはエマ女王が石化されるのを覚悟であいつをおびき寄せてくれたからです。ノルトの住人を少なったのは紛れもなく、エマ女王、あなたです!」
「なんど聞いても凄まじい戦いじゃ……。お互いを信じ、助け合い、協力し合ったからこそ太古の厄災を封じることができたのだろう。二人とも本当にありがとう。そしてよくぞ無事に帰ってきれくれた」
国王はエマと俺を同時に抱きしめる。
拍手がよりいっそう大きくなる。
「さあ、ノーズ殿よ、なんでも欲しいものを言ってくれ。遠慮はいらぬ。わしに少しでも恩返しをさせてくれ!」
「そうですね……すぐには思いつきませんのでしばしお時間をいただけませんか?」
「もちろんじゃ! いくらでもこの城でゆっくりしていってくれ。いつか欲しいものを思いついたときに教えてくれれば良い。広大な領地、莫大な財産、貴族の爵位。ワシにできることならすべてさせてもらうぞ」
「ありがとうございます。ゆっくり考えさせていただきます」
「そうしてくれ。ワシはこの王座さえ、お主に与えても良いと本気で感じでおる。実際には我が国のルールがありできぬのじゃが……」
口ごもる国王。
不意にエマの顔から笑顔が消える。
虚ろな目で下を向く。
そのとき――
「光の英雄様が戻られました! 最難関ダンジョンの攻略成功です!!」
謁見の間の扉が開き、兵士が叫ぶ。
室内にどよめきが走る。
だが、おかしい。
どこからも歓声が聞こえない。
拍手もない。
最難関ダンジョンを攻略すれば、最下層にある神器や財宝が手に入り、国は大きく発展する。
本来であれば大歓声が聞こえてくるはずだ。
それなのに、みんな緊張した面持ちで黙って突っ立っている。
扉から一人の青年が現れる。
青い瞳に透き通るような銀髪。
全身に光り輝くオーラをまとっている。
こいつは強い。
戦えば命を賭けたやり取りになる。
俺の直感がそう告げている。
だが……妙な違和感がある。
「お取込み中のところ申し訳ございません、国王様。最難関ダンジョンを攻略してきました」
国王の前にひれ伏す青年。
青年を近くで観察して違和感の正体が分かった。
こいつには眉と髪以外の体毛が一切ない。
顔や手や腕の産毛すら見当たらない。
そしてこいつには……鼻毛もない!!
相手の鼻を覗き込まなくても俺には分かる。
俺の鼻毛がそう告げているからだ。
「よくぞやった、光の英雄ツルスベスキーよ! リエスタ王国の建国以来、誰も達成できなかった偉業じゃ。なんでも欲しいものをいってくれ!」
「ありがとうございます、国王様。しかし、欲しいものはありません。これで僕が王国最強と証明できました。聖典に従い、明日に式を実施いたします」
「明日じゃと!? そんなに急ぐことはあるまい! 遠征から帰還し疲れておるだろう。ゆっくり休んでからでも遅くはないぞ!」
焦る国王。
「いえ、善は急げといいます。聖典に従わないものを一刻も早く一掃する必要があります。そのためにも明日に式を行います。エマ女王、それでは明日にまたお会いしましょう」
ツルスベスキーは国王とエマに一礼し、その場を去ってゆく。
その間、誰も一言も口を開かない。
ツルスベスキーの足音だけが広間に響いた。
「そんな……明日なんて……」
小さく呟くエマ。
「大丈夫ですか、エマ王女?」
心配になりエマに声をかける。
「ノーズさん……えっ……ええ。私は大丈夫です。でも今日は疲れたのでこれで失礼しますね!」
「ちょ、待ってくだ――」
「では失礼します!!」
こわばった笑顔を振りまいて、エマは逃げるように広間から去る。
「エマ王女のようすがおかしかったですが、何かご存知でしょうか?」
国王に尋ねる。
「じつはの……王国最強の戦士は王女と結婚できるのだ。戦士が望めば王女は拒否することはできぬ。これは我が国の聖典に記されている厳しいルールじゃ……」
「エマ王女が明日に結婚……。いくらなんでも急すぎます! なぜそんな理不尽なルールがあるのですか?」
さっきまでの幸福感が一瞬で消え去る。
心に鉛を乗せられたかのように俺は息苦しさを覚える。
「戦争の多かった時代に作られたルールじゃ。こうすることで世界中から強いものが我が国に集まり、その中の最強の戦士が王になる。我が国はそうやって栄えた歴史があるのだ……」
「そんな……国王の力でそのルールを変更できないんですか?」
「無理じゃ……。聖典は我が国では法律と同じ。王族といえど聖典に背けば罰せられる。聖典を変えることができるのは大司祭でもある光の英雄ツルスベスキーだけだ。だが、あやつは極端な聖典の原理主義者。聖典を変えることも、聖典からわずかに逸脱した行為も絶対に許さぬ」
苦しそうな顔をする国王。
「国王様、ダンジョン遠征について追加のご報告がございます。ダンジョンの攻略は成功しましたが、遠征中に聖典に背いたという理由で20名の精鋭隊が投獄となりました……」
先ほど部屋に入ってきた兵士が気まずそうに報告する。
「またか……聖典に背いたとはどんな理由だ?」
「はい……神を軽視するような冗談を口走ってしまった、聖典を地面に落としてしまった、モンスターに襲われている異教徒の子どもを助けたなどです……」
「そうか……刑を軽くすることはこのワシにもできぬ。だが、できるだけのことはしよう。今からその兵士たちに会いにゆくぞ!」
深いため息をつく国王。
「ノーズ殿、すまぬ。本日はこれで閉会とさせてくれ。おぬしの部屋は用意しておる。こころゆくまでわが国でゆっくりしてくれ」
国王は兵士とともに去っていった。




