第37話 諦められない恋心(2)
紅茶を運んできた太陽君は、私に耳打ちする。
「舛谷先輩が一番好きな紅茶の銘柄にしたけど、合ってた?」
「太陽ありがとう。多分ね」
香取さんは紅茶を片手に、学校に持ってきて良いか分からないまま持ってきた茶話部の来客用菓子をムシャムシャ食べている。
闇系女子と思ったのは見た目だけで、実際に喋ってお菓子を摘んでいる限りでは、香取さんとも友達になれそうな気がする。これが彼女の素なのだろう。
色々背景を聞いたし、観測分体で覗いたけれど。結局、香取さんは舛谷先輩の女の子の好みとはズレているんだよね。
秋見先輩が清楚系細身ギャル?でしょ、香取さんのインドア巨乳系ぶりっことは対極にあると思うし。同じ男の子が両方ストライクゾーンだと言ったとしても、あまり説得力は無い。
香取さんも男子からの一定の需要はあると思うよ。舛谷先輩でさえなかったら、付き合える可能性は十二分にある。
(太陽君なら秋見先輩よりも香取さんを選びそうな気がするし……って、何かイラつく)
ただ現実は非情だ。舛谷先輩の嗜好的に、この恋が叶わないことが分かってしまう。太陽君も私を選んだ。
解決の方策も見えないし、今日のところは一旦帰って貰って太陽君にも相談してみよう。
「かなり長話していたけれど、スッキリした?」
「はい!また来てもいいですかぁ?」
「良いですが、先輩には迷惑をかけないで下さい。舛谷先輩は勉強するために部活を辞めたんですから」
「……私って迷惑ですかぁ?」
「お悩闇相談を始めたのは私だから、迷惑では無いです。対応案を考えておくので、また来て下さい」
彼女はニコッとすると、「ありがとぅ」と言って帰って行った。
香取さんの鼻につく口調も、好きな男子は居そうだけれどね。地雷系が好きな男子とか特に。
香取さんを選ぶような男子は見る目が無いとは思うけれど、誰でもいいから彼女を幸せにして欲しいものだ。
――舛谷先輩以外の誰かに。
秋見先輩を何とかして、出来ることなら香取さんも部員になって欲しい。茶話部にいないキャラで、普通にしてれば普通の子だったし。
秋見先輩は部員にするのは絶対ダメと言うだろうから、後で太陽君に良い案が無いか聞いてみたい。
ちなみに、今現在の印象はどうだろう。舛谷先輩もようやく小テストを解き終わったようだし、聞くだけ聞いてみるか。
「皆に質問なんだけど、香取さんを部員にしたいって言ったらどう――」
「絶対反対ー!!」
「……ですよね」
言い終わる間もなく秋見先輩に拒否された。予想以上に無理そうだ。舛谷先輩はハグされ得だと思うのだけど、秋見先輩の手前気まずいよね。
今日の小テストは満点で、特に分からない箇所も無いとのこと。
ここで今日の部活はお開きとなった。
さっさと帰る秋見先輩を、舛谷先輩が急いで追いかけて教室を出て行く。部屋にはティーセットを片付ける太陽君と私の二人きりになる。
「太陽、今日は一緒に帰ろ。ちょっと相談したいことがあるから」
さっき観測分体で覗いた香取さんの感情の余韻がまだ少し残っていて、いつもより心が寂しい。
何となく、後ろから太陽君にギュッとハグをしてみた。
「どうかしたのかい?一緒に帰るのはいいけど、まずは片付けないと」
「……太陽はさ。私が何をしたら嬉しい?」
「うーん?んー。今のままで変わらなかったら、とか」
「そういうことじゃなくて。私のこと、すごく好きだったりするの?」
ティーカップの水気をタオルで拭き取る太陽君の手が、ビクッと止まる。
ずっと香取さんの話を聞いていたから、自分から何か喋りたかった。少しメンタルが崩れてるし、今の私はおかしいと思う。そんな私でも太陽君には受け止めてほしい。
私が今、太陽君に何を言ってもらいたいか、分かる?
…
五秒の沈黙。何かしらの反応というか返事をくれると思っていたのに、太陽君は時間が止まったように動かない。
あまりに話さないので、こちらが恥ずかしくなってくる。
「ごめん。急に変なこと言われても困るよね。いや、あの。香取さんの心を覗いてちょっとメンタル崩壊してて?私もおかしくなってて。全然大したこと無いんだけどね。……って、太陽聞こえてる?」
ここまで言って、ようやく返事があった。
「聞こえてるよ。結姫のこと、大好きだよ。これからも好きでいたい。……さあ!早く帰ろうか。帰る準備を済ませて来てよ」
「うん、分かった」
ハグをやめて、太陽君から離れる。
良い言葉は聞けたけれど、大した反応もないし、終止落ち着いているし、拍子抜けな感じだ。もっとあたふたしてくれるのを期待していたのに。
『今の感想は?』
『うわーーーーーーー!!!!!!なんだ今のは!?!?!??!?!』
ふふっ。いつも通りの太陽君だった。
脳の処理限界を超えて思考停止してたクセに、素直じゃない奴だ。さっきの沈黙もきっと、心を落ち着かせる為の時間だったのだろう。
しかも、まだ私に本心がバレてないと思ってるみたい。本当に太陽君は甘いね。
「はい、太陽。このハンカチで涙を拭いて。早く帰るよ!」
「な!泣いてないから!」
「心の中では、嬉し泣きしてるでしょ?」
「ぜ、全部バレてる??」
■
太陽君との下校途中、学校近くの公園のベンチで二人きり。学校のカバンをベンチの両端に置いて、隣どうしで座る。くっつけば寒くないので、手も繋いでしまおう。
相談したいことは、もちろん香取さんについて。まずは、今までに心を読んで分かったことを太陽君に伝える。
「――という訳で。その上で聞きたいのだけど、太陽ならどうする?」
全く答えが出てなさそうな、困り顔をしてくる。
「結局、香取さんをどうしたいんだい?完全に舛谷先輩を諦めさせたいのか、単に部員を増やしたいってことなのか」
「欲を言うならどっちも。諦めもさせたいし、部活に入ってくれるならそれが良いけど」
「ちなみに、結姫の中でアイデアはあるのかな?」
アイデア……ね。
この問題は香取さんが舛谷先輩を諦めて、秋見先輩が納得すれば、それで部員も増やせて万事解決する。私的にはそれを望んでいる。
でも、私のしたいようにだけすると、香取さんや秋見先輩の思いを無視することになってしまう。
今回の問題は私がどうしたいかというよりは、どうやって香取さんの感情を整理するかということに懸かっているだろう。彼女が諦めれば、秋見先輩の気持ちも治まるだろうから。
先輩達を別れさせて、香取さんと舛谷先輩をくっつけるというのは私的に無しだ。
「アイデアは無いんだけどね、香取さんの気持ちに整理をつけられたら良いかな。私にとって一番都合がいいのは、舛谷先輩をすっぱり諦めて貰うことなのだけど、それは流石に無理というか。香取さんの気持ちを無視しすぎていると思う。だから例えば、他の誰かを好きにさせるとか、そういう類いの方法で何とか出来ないかなと」
「香取さんの気持ちを納得させて解決したいことは分かった。……うん。結論から言うと、解決することは出来る」
――出来るの?そんなにあっさり言う?
私でも策を思いつかないのに……。
思わず驚く私の方を見て、解決できることがさも当然かのように淡々と言う。
「結姫の観測分体は相手の考えていることが分かるし、二城さんの観測分体は壊れたものを元通りにすることが出来る。こんな風に観測分体を使えば色々なことが出来るよね。それで考えて貰いたいのは、どういう観測分体があれば、今回の香取さんの問題を解決出来るのかということさ」
解決に観測分体を使うってことだよね。
私の観測分体は心を読むだけで、心変りさせるようなことは出来ない。三花ちゃんの観測分体は壊れたものを元に戻せるけれど、人間に使ったことは無いだろうし、流石に同級生で人体実験する訳にはいかない。
――興味が無いと言ったら嘘になるけれど。
「ダメ元なのだけど。例えば、三花ちゃんに頼んで、香取さんが舛谷先輩を好きになる前に戻してもらうとか、どう?」
「二城さんの観測分体の性質的に多分出来ないかな。それに戻せるとしても半年以上前だよね。授業で習ったこととかも含めて全部の記憶が消えてしまいそうな点も怖い。そうじゃなくてさ、こういう観測分体があったらいいなを考えてみてよ。結姫と二城さんの範囲に拘らなくていいから」
拘らなくていいって、太陽君のコネを使って丁度いい観測分体を持ってる人を紹介してくれるってこと?
前(※12~14話)にUOONの集まりに行ったけれど、何か観測分体に詳しい大人の知り合いとか居そうだよね。そういうことか!
そうなると、色々とやりようはありそう。
一つは好きな人を別人に入れ換えるという案。それが出来なければ、好きを別の感情に変換するでも良い。
とにかく、香取さんの好きな気持ちを直接どうにかしたい。
「ざっくりとだけれど、人の気持ちを変えられれば良いかな。時間経過で、自然と好きじゃなくなる感じには出来ない?」
「普通の人なら時間の経過で心変わりをするかもしれないけど、香取さんに通用するかは微妙かもしれない。放っておいたら一生好きでいそうな気さえするからね。僕の考えでは少々刺激が強くても一気に解決した方がいいと思ってる」
「具体的に言うと?」
「最終的に香取さんを部員にする路線で考えると、好きという感情を嫌いとかの他の感情に変換するのはやめた方がいい。だって、大嫌いな人間がいる部活って居心地悪そうだからね。となると、例えば舛谷先輩に関する記憶だけを封印する。もしくは削除するかな。時間を戻すのでは無くて、限定的に記憶を無くすという方向ではどうだろう?」
――記憶を無くす?
そんなこと出来るんだという以前に、太陽君がそういう発想をしたことを一瞬疑った。私が考えた案みたいに容赦が無い。けれど分かりやすいし、安全が確保されているなら確実そうだ。
時間を戻すにせよ、記憶を消すにせよ、もう少し考慮すべきことがあると思う。本当に記憶を消す方法が最善なのだろうか。
常識の限度を越えて先輩のことが好きなこと自体は悪いことじゃない。自分が報われない、叶わないと決まっている恋を貫くことも、そう。人に迷惑をかけなければ、頭のなかで何を考えていようが私は許せる。
香取さんは記憶を消さなければいけないほどに、舛谷先輩に迷惑をかけているのだろうか。他に方法は、本当に無いのかな。
正直言って、私は香取さんの恋の部外者だ。
私の一存で、記憶を消すとか消さないとかそういう決定をするのは越権行為と思うし、勝手に人の記憶を消してしまうのは良くない。
舛谷先輩が本当に迷惑に思っていて、それこそ記憶を消して欲しいほど迷惑に思っているなら、記憶を消すというのも案の一つとして良いような気がしてくる。もちろん、香取さん本人にも承諾をとらないといけない。
「……分かった。記憶を消す案で進めよっか。でも条件はつけるよ。舛谷先輩が記憶を消したいほど迷惑していて、香取さんが記憶を消すことに承諾することが前提ね」
太陽君は、私の意見に同意して頷く。
「記憶を消すのって危なくないの?安全なんだよね?」
「安全第一にも出来るけど、それには香取さんに協力して貰うことが必要かな。
舛谷先輩が香取さんの記憶が消えることを望んでいる。先輩のことが大好きな君なら彼の為に記憶を消してくれるよね?
というような説得をして、彼女が受け入れるかどうか……」
「ん?太陽の知り合いの大人を呼んで観測分体を使って貰うんじゃないの?」
「違うよ。彼女が記憶を消せるように、僕がするんだ」
太陽君は何を言っているのでしょうか?
とにかく記憶を消そうとしているようです。
次話、太陽君の能力が明らかになります。




